第89話 人事面接


 僕は、人事希望調査票に異動希望を記した。

 希望異動先は、更新世ベース基地。

 時は、佳苗ちゃんが江戸から更新世に跳ぶ1年前。

 この希望が通ったら、芥子係長と僕と是田のチームは解散だ。

 人事希望調査票は個人情報の最たるものだから、是田がどう書いたか僕は知らないし、聞くというのもありえない。


 ただ、僕が思うに、是田は異動希望を出さないんじゃないかと思う。だって、外見上僕たちは、ヨーロッパやアフリカを管轄する係には行けない。せいぜい中東止まりだろう。それだって、相当に目立っちゃうけれどね。

 となると、庶務関係とか広報とか、いっそ局外への異動希望になる。これはこれでけっこう厳しいと思うよ。庶務関係が務まるほどコマメな人じゃないし、広報が務まるほど陽キャでもないからね。



 人事面接は、所属長とウシガエルじちょーが相手となる。

 僕の異動希望はかなりイレギュラーなものだ。だから、その面接でのアピールもイレギュラーなものとなった。


 ま、具体的にだけど、更新世ベース基地は一芸と体力が無条件に必要となる所属だ。だから、僕は準備をしておいたんだ。

 まず一芸は、大根を桂剥きにしてみせた。板前並みに料理できるアピールだ。

 とはいえ、コレ、3日くらい夜も寝ずに特訓したら、案外かんたんにできるようになった。


 あとは、口からのでまかせだ。

 どんな魚でも捌けるとか嘘言ったけど、実は1匹だって魚を捌いたことなんかない。けれど、これから練習するさ。土日の度に何匹かずつ練習すれば、それなりにできるようになるだろう。それに、魚以外の料理の知識は平日の夜だって身に付けられる。なんせ僕は、おひささんの料理を見て、食べた経験があるんだから。

 それでも、桂剥きの威力で、所属長とウシガエルじちょーは僕が料理の腕を持っていると信じ込んでくれた。


 ウシガエルじちょーは、「江戸で蕎麦の店を開いて、千両箱を積み上げた男」とか僕のことを所属長の前で評してくれた。

 うん、アンタの無茶振りには応えたんだから、そのくらいしてくれてもいいんだよね。


 その次は僕、その場で腕立て伏せをしてみせた。

 立て続けに100回やってみせたら、所属長とウシガエルじちょー、驚いた顔になった。これは毎日毎日、積み重ねたトレーニングの結果だ。

 これだけできれば、更新世ベース基地で足手まどいになることはないと思うし、人事権者もそう思ってくれると思うんだ。


 その上で僕、更新世ベース基地に異動したい理由を話した。

 もちろん熱意に満ちた作り話を、だ。

 だって、佳苗ちゃんに会いたいなんて、そんなこと言ったら間違いなく異動できない。所属長とウシガエルじちょーが意地悪だからじゃない。公務員の組織は、公私混同を一番嫌うからだ。

 ま、意地悪なこと自体は否定しないけどね。


「時の本質を見極め、将来の時空行政を担う一員として、ノンキャリアであってもできることはあるはずです。

 短期間とはいえ江戸の町で生活し、江戸の生活の隅々まで見てきました。そこで、まだまだ人道的に時間の流れを改善する余地は多いと思いましたし、その解決の一助として私にもできることがあると思ったのです。

 次長に気が付かせていただいたこの問題を、俯瞰的に解決できる所属に行かせてください」

 もちろん、こうやってウシガエルじちょーを持ち上げることも忘れない。

 こう言われると、次長も責任を感じるはずだしね。少しは親身になるだろ。

 

 人事じんじ人事ひとごと

 そんな言い方もある。

 最終的には僕たちは駒に過ぎないし、他人事として無情に動かされる。でもさ、少しでも他人事にさせない努力は僕だってするんだよ。


 最後に所属長が口を開いた。

「場所が場所だからな。

 約束はできないが、交流人事で1人受け入れているから、逆の話は持っていきようがあるかもしれない。

 あくまで約束はできないけれどな。

 最後にもう一つ確認したい。

 更新世ベース基地に異動したいということは、ここから出たいというということか?」

 来たー。

 コレに首を縦に振ると、上層部から恨まれるんだよね。絶対、逆恨みなのにさ。


「いいえ、違います。

 更新世ベース基地への異動が適わない場合は、引き続きここで頑張らせてください。

 ここは良い所属ですし、係長や次長にもお世話になっています。よりよく仕事をしたいと思っただけで、ここが嫌ということはまったくありません」

 おお、あまりの嘘八百に歯が浮くぞ。

 自分でも、嘘1600とか、嘘3200とかだと思うもん。


 でも、この程度の嘘なら社交辞令のうち。閻魔様に舌を抜かれるまでは行かないと思う。いや、思いたい。

 でないと、社会人全員の舌がなくなってしまうぞ。それでいいのか、閻魔様?


「そうか。

 次長、次長も普段からご苦労さん。

 若手に目を掛けていてくれて助かるよ」

「四係は係長が優秀ですからね。

 次長の私は、楽させてもらってますよ」

 面接の場は、僕たちの笑いで包まれた。


 この場にいる僕たち全員か嘘つきだ。

 本音で所属長にぶつかって、殺伐とした面接になるパターンだってあるだろう。でも、そういう手段はもっとあとに取っておけばいい。今の僕はまだ、嘘を言ってでも平和的に話を済ませられる余裕がある。

 こうして、僕の人事面接は終わったんだ。

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