第74話 エピローグ その2


 僕、ついに爆弾を投げ込んだ。

「係長、佳苗ちゃんでしょ?」

「ノーコメント」

 否定しないって、実質肯定だよね?

 僕の爆弾に、係長に動揺は見られないけれど声は低くなった。きっと、意識して低くしている。


「佳苗ちゃんだから、僕たちが過去で佳苗ちゃんを救う行動を自発的に取るように仕向ける必要があった。

 佳苗ちゃんだから、カレーうどんの顛末を知っていた。

 佳苗ちゃんだから、時空を越えて自分を守るという理屈で、生宝氏の時間跳躍機のオペレーターどころか秘書に対しても正当防衛が成立した。

 そもそも、本人が時間を越えて過去の自分にどうこうするってなると、法律上の条項がまったく変わってきます。今回の件、最初から全部グレーにはならない。緊急避難だって成立しますし。

 違いますか?」

「ノーコメント」


 係長のそっけない返答にめげず、僕は続ける。

「佳苗ちゃんは、あのあと時間管理部でスカウトされた。

 一芸に秀でていて、根を張っている時代があって、僕たちと縁ができた段階でスカウト対象になっていても可怪しくありません。

 そして、時間管理部で現代教育を受けて10年くらい仕事をし、現代のお化粧も覚え、人事交流で時間整備部に来た。今回の生宝氏の件を担当するためです。

 生宝氏に更新性のデータベースに入り込まれた時点で、生まれる前の生宝氏の存在を抹殺するとかの根本的な方法も採れなくなった。なら、対症療法しかないし、緊急避難的に法を運用しなければならない事態も想定される。そんな中でベストの方法を採るならば、その時の流れの中で生まれ育ったエキスパートが必要です。

 時間管理部でスカウトされた、現時職員の身元はあくまで隠されると聞いたことがあります。死んだことにもされることがあると。

 名前もそれで変えているんでしょう?

 今回に限り復命書があの簡潔さで了とされたのは、上が今回の出張の意味と係長の身元を知っていて、それを隠すためですよね?

 違いますか?」

「ノーコメント」

 くっ、3回連続かよ。

 でも、これだけの内容について、否定はされなかったぞ。




「佳苗ちゃんだから、生宝氏のたくらみを事前に知っていた。

 佳苗ちゃんだから、あの出会い茶屋で自分を説得できたし、オペレーターを捕まえる依頼ができた。

 佳苗ちゃんだから、『はずれ屋』のメニューからカレーうどんを外せた。

 佳苗ちゃんだから、僕を座席から引っ剥がしてエアロックに放り込む技を使うことができた……。

 結末を知っていたから、係長が密かにおひささんをあの木賃宿に誘導したという想像すらできる。実は、あのおひささんとの出会いの偶然はもっとあとだったのかも……」

「雄世、やかましい」

「否定はしないんですね」

「黙れ」

 今気がついたれど、この「やかましい」とか「黙れ」って、横暴ではなくて逃避なんじゃないかな。係長の正体が佳苗ちゃんだとしたら、こういうことになるよね。


 僕、コーヒーを飲み干す。

 そして、宣言した。

「係長、僕、このところ鍛えているんです。

 それこそ、夜も寝ずに。

 勉強もしています。一芸を身につけるために。

 そして僕、異動希望出して、時間管理部に行きます」

「唐突だな」

「佳苗ちゃんに会いに、江戸にスカウトしに行くためです。

 そして、この僕の希望、通るんでしょう?」

「狭き門だが、本人の努力次第だろう」

 係長、いや、佳苗ちゃん、あくまで一線を引いてしらを切るつもりなんだろうか?

 普通なら、部下が努力しているんだから、「ガンバレ」の一言ぐらいあっていいだろ。


 でも、ここまで話して、係長の反応を見て、新たにわかったこともある。

 係長が佳苗ちゃんと会ったのは、業務上自分の身を守る正当防衛という位置づけだろうけど、同じ時間に、同じ人間がいること、これも基本的には法令違反だ。それを可とすると、同時間に100人でも1000人でも自分を集合させてのテロができてしまう。

 

 だから、人事交流が終わって係長が時間管理部に戻るまで、僕たちのデートは、出張にかこつけての別の時間でしかできなかったんだろうな。未来の僕が更新世からここへ戻って来ただけで、法に触れてしまう。そして、個人で時間跳躍機を持てるほど、公務員の給料は高くない。

 そして、今回の出張に限っては、せめて事情を知っている係長が、僕同士が決して顔を合わせないようにしていたんだ。


 係長が江戸への出張になると、あんないそいそした感じになるのもわかった。だって、それこそ里帰りだよ。嬉しくないわけがない。

 それに、男に会うためって、そこまではわかっていたけれど、それがまさか現時人どころか僕だっただなんてな。

 引眉お歯黒にしなかった理由も、会うのが江戸の価値観を持たない僕だからだろ。

 佳苗ちゃんってば、ずいぶんと健気じゃねーか。



 こうなったら、最後の駄目を押してやるっ。

「あの出会い茶屋で、係長、『見せてやる』って言いましたよね。

 あそこで待っていたら、現れたの、僕でしょう?

 だから、あんなことが言えたんだ」

「……是田かもしれないぞ」

 口調が白々しいって。


「いいえ、違います!

 係長のことなんかどーでもいいです。

 でも、佳苗ちゃんは僕の許嫁です。僕が守ります。

 遅くても、これからの2年の間には守れるようになります。

 そして、あの出会い茶屋の一番いい部屋で、係長の顔見ながら、『佳苗ちゃんの頃は可愛かったのになぁ』って言いますっ」


 ……強い衝撃。

 僕の肩に係長の拳がめり込んでいる。

 ひょっとして係長、赤くなっていたりしないか?

 怒りなのか、照れているのか……。


「その時は、肩じゃなく左頬だった。

 覚えておけ」

 はい、僕、覚えておきます。

「それから、今の私は今のお前には惚れないぞ」

 はい、それはもう、肝に銘じます。



 時間の織りなす布がどこに伸びていくのか、僕にはわかからない。

 未来への時間跳躍は、「改正時間整備改善法」で禁じられていてできないからだ。公用車もそういう仕様になっている。

 それをしたら、ごくごく短期間のうちにこの世界は未来を失う。人類だけが永遠に栄え続けるということはありえない。そうなると、単に、人類が時間の行き着く先へたどり着くのが早まるだけで、滅びの先に瞬時でたどり着いてしまうからだ。


 でも、僕個人としてなら、進む方向を希望することは自由だ。

 係長はともかく、佳苗ちゃんを僕は守ろう。守れるようになろう。

 すべてはそれからだ。

 それからなんだ……。

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