第24話 死刑囚の朝食


「雄世、お前忘れたのか?

 お握りの中身に昆布の佃煮入れて売ったのを……」

「やだな、まだボケてませんよ。

 評判良かったですよね、あれ……、あれぇ? あれっ!?」

 全身の血流が、一気に逆に回りだしたような気がした。


「ど、どうしましょう?

 じじじ、時間の流れ、変わっちゃいましたかね?

 ってか、僕たち、佃煮って単語を使いました?」

「思いっきり幟に書いちまったじゃねーかっ。

 忘れんなよっ!」

「忘れたいですっ!」

 ここで是田、僕のことをものすごーーーーく嫌な目つきで見た。


「なあ、雄世。

 幟を書いたのはお前だったよな」

 ちょ、アンタ、それはねーだろっ!?


「幟の文言の原案のメモを書いたのは、是田先輩です。

 僕、後輩ですから信用してますし、異議も唱えられずにそのまま写しただけですっ!」

「お前は毎日、異議ばかりだようがよっ!」

 ふーっ、ふーっ。

 互いに肩で息をして、責任の押し付け合いっこしたけど、これも埒が明かない。


 人間がちっちゃいとか、言いたければ言え。

 でも、マジで生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ。

 是田が死刑になって僕が助かるなら、墓参りはしてやるよっ!


「それより、なあ雄世、た、端末見ろ。

 佃煮の起源、どうなっている?

 異論とか、別の説とか出てないよな?

 出ていなかったら、セーフかもしれない」

「い、嫌ですよ。

 死刑宣告の確認、な、ななんで僕にさせるんですか?

 自分で見ればいいじゃないですか」

「おおおおお、お前がやろうが俺がやろうが、死刑になるときは死刑だぞ」

「だからって、だからって、なんで僕にさせるんですか!?」

「いいじゃないかっ!

 なぁ、そのくらいいいじゃないか。

 見てくれ……。

 ……いや、やっぱり見てくれなくてもいい。見るな。見るなよーーー」

「……いくじなし」

「じゃあ、見ろよっ!!」

「やだっ!」

 僕たちの口論、いつの間にかやたらと大声になっていたらしい。


 すーーっと襖が開いて、顔をのぞかせたのは、隣の部屋の行商人らしき老人。

 まぁ、宿と言ってもホテルじゃないからね。個室じゃなく、大部屋を襖で仕切ってあるだけだから、こういうこともあるのだろう。

 

「しゅーどちゃべくり、いじくらしぃっちゃ。ちんとしとられま?」

 は?

 なに?

 なんだって?


「……『ゲイ同士の痴話喧嘩でしゃべっているの、うるさい。静かにしてくれ』だ、そーだ」

 是田、どこのかわからないけど、方言の通訳できるのかよ。

 で、冗談じゃねーぞ!

 偏見があるつもりはねーけど、是田と、じゃ、ちっとも笑えねぇっ!

 って、この誤解、2度目かよっ!?


 てか、そう思われても仕方ないやり取りしていたか、僕たちも……。

 見ろとか、見たくないとか、まぁ、ね。



 毒気を抜かれたというのかな。

 もう、是田となにを話すのもアホらしくなって、僕たちはそのまま寝た。

 もういいよ、死刑で。

 是田とデキているだなんて思われるくらいなら、死刑の方がマシ。

 きっと、いや絶対、是田もそう思っている。

 で、死刑になるなら、もう仕事なんか放り出してもいいよね。



 翌朝、鯉こくの朝食を食べて、僕たちは宿を出た。

 味?

 わかるわけないじゃん。

 砕いた発泡スチロールと変わらない味のご飯を食べ、絵の具を溶かしたお湯と変わらない鯉こくを飲んだ。

 死刑囚の朝食なんて、こんなもんなんだろう。実感する日が来るとは思っていなかったけどな。


 結局、なにも決められなかった。それどころか、ナレーションが入るなら「事態は混迷の度合いを深めていた」とか言われちゃう状況だ。

 千住大橋を渡り、上野まで3km足らず、1時間もかからない。

 その1時間の間、僕たちはまったく口を利かなかった。


 どうせ死刑になるんだ。

 150年も人道的理由もないまま時を早めた。軽微変更に持っていく手立てもない。

 監督省庁の人間がやらかした以上、情状酌量の余地もない。

 知らなかったという言い訳は、まったく考慮してもらえない。

 ま、人を殺しておいて、「殺人が罪になるとは知らなかった」なんて言っても通用しないよね。それと同じだ。


 自分たちの時間に戻ったら、僕たちは謝罪を繰り返し、起訴から判決までを甘んじて受け、従容として死刑を受け入れよう。僕たちの名前は、中学校の歴史の教科書に載るほど残ってしまった。言うまでもなく、汚名として。

 せめて、悪あがきと取られることは止めて、僕と是田の両親や親戚たちまで世間から白眼視されて自殺に追い込まれたりしないようにしたいよ。



 とぼとぼと歩いていても、足が動いていれば距離は稼いでしまう。

 あっけなく上野に着いてしまった。

「はずれ屋」の朝は早い。

 おひささんが出汁をひくところから始まるからだ。

 でも、そのおひささんの顔を見る元気がわかない。


 僕、自分の時間に戻ってから、蕎麦つゆの作り方を調べた。

 それで「かえし」とか、「出汁は取ってから寝かせる」とか、いろいろ覚えてきたけど、直接おひささんに教えることはできない。

 上手く誘導できないかな、なんて思っていたけれど、もうそんな気もない。


 おひささんには、大きく開けた未来がある。

 なのに、死刑になる僕たちには、より良い明日なんてもう来ないんだよぅ……。

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