第87話 真理と真意
「まず……、だ。
不思議とは思わないか?
時の権力が打倒されることがある。
組織に対して、組織化されていない烏合の衆のはずの民衆が1つのうねりとなる。その過程を調べると、偶然とか、なりゆきとか、失言や得体のしれないデマとか、必然ではないものの介入があまりに多い」
「東D国の崩壊とかですね?」
係長の言いたい結論はまだわからないけれど、話の例はわかる。
「バスティーユ襲撃もそう言えるかもしれないな」
と、これは是田。
「元々は襲う気のない人たちが集まって、成り行きで襲った。結果、政治犯は最初からそこにいなかったから、誰も解放できなかったというお粗末な事件だもんな。なのに、不釣り合いに後世への影響だけが大きい」
うん、そうだね。オルホの香りを楽しみながら僕も目で同意を示す。
「これらの事件に、秘密結社派遣のアジテーターなり時間改変なりの介入がないとしたら、どういうことが想定できるかな?」
改めて係長が問う。
「オカルト抜きにしたら、集合的無意識の発露くらいしか思いつかないですよ」
僕がそう言って、是田もうなずく。
「ああ、なるほど。
それがさっきの係長の『飢えたくない、温かいところで寝たい、恋を成就させたい、子供に幸せになって欲しい』という、どうやっても消せない思いなんでしょうかね?」
「ああ。
結論は未だに出せていない。
『更新世ベース基地』では、そこに時間改変の可能性の洗い出しを、プロジェクト研究として行ったことがある。
ところがだな、そこから特定の勢力の洗い出しはできなかったんだ。まぁ、正確に言えば、特定の勢力は存在した。だが、大人数を組織化して運用できるだけの勢力はなかった。
そうなると、そういった集合的無意識でも想定しないと、どうにも可怪しいとしか言いようがないんだ。
これが、四係の係長の辞令をもらうまでにいた、更新世ベース基地での共通認識なんだよ」
うーーん。
結局僕たち、時間跳躍機発明以後の人類は、時間を行き来してその流れを変えている。
でも、時間そのものの本質については、人類のうちの何人が理解できているだろう?
例えるなら、テレビは見ているし、使いこなしてもいる。でも、その仕組みは理解していないのと同じだ。
きっと技術ってのは、いつでもそういう側面を持つのだろうな。多数派にとっては、「理屈はわからないけど、使えているんだからいいだろ」ってやつだ。
そして係長の話によれば、時間はその本質において、どこかに進みたがっているってわけだ。
もしかしたら、「時間改変申請書」に添付された「人道的時間改変計画書」自体が、そのどこかに進みたがっている時間の流れを加速しているのかもしれない。そうなると、僕たちの存在自体が、時の流れを補助しているなんて言えるんだな。
そこまで考えて、さらにもう一つ思い至ったことがある。
今回の水道を引くことについてだけど、係長が「どのような方法でもいいけれど、違法なことはダメ」と、あえて釘を差していた。これも、「時の流れたい方向に逆らうな」ってことなんだろうな。
うーむ、次長の思いつきですら「時の流れたい方向」に沿って浮かんだものとすると、その力はとても強いものってことになる。空恐ろしいほどだ。
そして……。
同時に気がついてしまった。
係長、このような事例を、「更新世ベース基地」からしこたま見てきたんじゃないのか、と。
同時に僕は、さらなる疑問を思いついてしまった。
「時が流れたい方向に流れていく、そして、その力はとても強いってのは理解しました。因果だか摂理だか知りませんけど、僕たちがその流れに沿えばものごとは簡単に進み、その流れに反していればなにごとをも為すのは難しい。
となると、生宝氏のやったことの意味とは……」
「それはわからない。
生宝氏と腹を割って話すことができれば良いのだけれど、それは果てしなく難しい。
ただ……。
彼は愚かではない。それだけは間違いない」
僕は、オルホをごくりと飲み干した。
この先の話の行末を考えると、飲まずにはいられなかった。
「ということは、僕が思うに、生宝氏は『時は流れたい方向に流れている』ということに、気がついていたかもしれない。
その前提で考えると……」
「綱吉暗殺の意味が、ぜんぜん変わってしまうっ!」
是田の叫びにも似た声は、恐怖感に満ちていた。
ああ、そうだ。
綱吉の生類憐れみの令は、なんだかんだ言って『時の流れたい方向』に沿うものだった。あれがなかったら、日本人はもっともっと野蛮だった。
それを妨害することになる生宝氏の計画は、最初から実現が難しかった。なのに、それを知っているはずの生宝氏は、なぜこんな計画を企んだのか?
ただまあ、大奥で女風呂を覗くって動機は、間違いなく消去して良い可能性になっただろう。
生宝氏は、時の方向性を持つ流れを妨害したらどうなるかの実験をしたのか?
これが僕の最初の考えだった。
でもすぐに、それは違うと気がついていた。
彼の性格を考えれば、それは違う。
もっともっと、不遜な考えなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます