第88話 酒の席での話にしてしまえ
時の流れが方向性を持つこと。
それはきっと、今までの人類の概念にない、時間跳躍を成し遂げたからこそ見えた上位階梯のなにかだ。
それを例えば神と呼ぶのであれば、おそらくは生宝氏が考えたのは神への反逆だ。
それを法則と名付けるのであれば、宇宙の物理法則そのものに対する反逆だ。
だけど、神や法則という概念とも違う、特定しえないなにかだ。
生宝氏の行為は、ヒトという存在が時を跳ぶ手段を手に入れたあと、必然的に起きる戦いの雄叫びだったのかもしれない。自分より上位のものを認めない、雄々しさと不遜さが人類にはある。
これに気がついた是田の声が恐怖に彩られたのは、まったくもって無理もないことだ。
生宝氏のやったことは、見た目的にはテロ(物理)ってやつだけど、その本質は。テロ(思想)っていうやつなんだろう。
ヒトという存在がどこまで不遜になれるかという典型例かもしれないけれど、戦いによってヒトは自分の領域を広げてきた。それは否定できない。
たださ、なんで僕たちの担当地域でソレをやったんだか……。
もっと遠くでやって欲しかったなぁ。
三係の地域でも、五係の地域でもいいじゃんか。なんでわざわざ四係のここで……。
「係長、とすると、もう一つ聞いておきたいんですけれど……。
生宝氏が自白しないから裁判にかけられないっての、実は口実なんじゃないですか?
本当は、明確な意思を持って時間の流れに対する反逆を行った者を、同じ人類として裁けないということなんじゃないですか?
さらには、時間の流れが反逆者をどう扱うのか、更新世という飛び離れた時間に生宝氏を移して、人類の限界を見極めようとしているんじゃないですか?」
「是田さん、厨二病丸出しだな」
……あう。
係長の一言で、是田がぺっちゃんこになったぞ。
「厨二病であろうがなかろうが、そういう相手を想定したのなら、然るべき態度を取れ。
ヒト以上の相手と争うことを想定しているのに、得々として話す行為の意味も思い至らないのか?」
「申し訳ありませんっ」
「それに、是田さん、是田さんの仕事はなんだ?」
「……すみません。
一公務員に過ぎません」
ここで係長、深くため息を吐いた。
なぜか、僕にはその意味がとても良くわかった。
是田はわかっているようでわかっていない。
僕たちは法律によって作られた、その法律を運用するための機械だ。
条文を読んで、そのとおりに素直に解釈し、その解釈に従って運用する。
申請者が出してきた「時間改変申請書」に添付された「人道的時間改変計画書」を判断し、許可を出す。
これ自体が、時の流れに方向性があるという仮説を真とするならば、それに沿うものとしか言いようがない。僕たちの存在自体が、時の流れの方向性を定める力の補強しているんだ。
つまり、生宝氏から見たら、僕たちは最悪の人類の裏切り者だ。その僕たちが、時の流れの方向性に対して疑義を持つことは自己矛盾だし、自らの身を危うくすることにも繋がる。
その力によって、次長が江戸に水道を引くことを思いついたように、僕たちの降格を思いつくことだってあるかもしれないからだ。
ま、次長が別個に僕たちと同じ結論を疑っていて、その試金石として僕たちを江戸に放り出した可能性も0ではないけどね。
だから十分に警戒し、本音は隠し通さねばならない。
つまり、一公務員に過ぎない僕たちだけど、その仮説に立つならば時の流れの方向性を決める力に対する最前線にいることになる。なのに、是田はそこに考えが及んでいない。
まぁ、らしいっちゃ、らしいな。
「そろそろ、パエリアかなんか頼んで、胃袋にトドメを刺したいんですけれど」
僕はそう提案しながらも、頭はフル回転していた。
たしかに、酔いは回っている。でも、だからこそのハイ状態で、思考が枠に縛られていない。
もっとも、この状態でなにかの結論を出せていても、シラフに戻ったら「わけわからん」としか言いようがないものかもだけどね。
「雄世さん、デザートにクレマ・カタラーナも頼んでもらえるか?」
係長の提案にうなずいて、僕は店員さんを呼ぶ。
僕、考えれば考えるほど、いろいろが納得できることに気がついていた。
佳苗ちゃんをあのタイミングでスカウトしたのも、当然といえば当然だ。だって、それを決めたのは、おそらく佳苗ちゃん自身。
佳苗ちゃんと僕が、あの江戸の葦の中でキスでもしてしまっていたら……。
佳苗ちゃんは、それ以降もう戦えなかったはずだ。そして、今の芥子係長になることもできなかっただろう。
僕だってそうだ。佳苗ちゃんに会うために、無断跳時事件でも起こしていたかもしれない。
「更新世ベース基地」が、なぜここまで「時間整備局」の中でも隔絶した組織なのかもわかった気がするし、ああ、ああ、沢井氏が「佃煮」を「伸煮」にしてくれたのも、偶然の中に必然があったってのがわかるよ。
「ま、あまりもしもの話に囚われるな。
そんなもん、証明も何もできはしない。
なのに気にしていたら業務に差し支えるぞ」
……係長。わかりましたよ。
「ですね。
飲み会でのホラーとしては、とっても秀逸でしたね。
さぁ、パエリアが来ましたよ。
僕、取り分けしませんから、好きなように食べましょうね」
「おう」
是田がそう応えて、僕たちはそれぞれに大きなスプーンを手に取った。
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