第86話 摂理ってやつなのか?
ワインを飲み切り、僕たちはもっと強いものが欲しくなった。
そこで、ちょっと早いけどオルホに切り替える。
オルホはスペインで作られる、葡萄の粕を使った蒸留酒だ。アルコール度数はけっこう高い。
「そもそもですけど、今回の水道の件、次長の思いつきということでいいんですよね?
それによって水道が引かれた。それ以外のところは、結果として生じたおまけということで……」
「雄世、その疑問は、そもそもこの話が更新世ベース基地あたりから生じた案件じゃないかと疑っているということか?」
「ぶっちゃけて言えばそうです。
沢井氏の心情は、今回の件で大きく変わったはずです。
もうひと押ししたら、すべてゲロるでしょ。
最初からデキてた話だったんじゃ?」
そう言いながら、僕、係長の口から「更新世ベース基地」という単語が出たことに戦慄していた。
うちの
それこそ、「誰かに言われたから僕たちに命令した」感じはまったくなかったんだ。
なのに、いつの間にか沢井氏が巻き込まれ、佳苗ちゃんがいなくなり、元々計画されていた感が強くなった気がする。江戸にいたときには気が付かなかったけれど、自分の時間に戻ってから起きたことを俯瞰すると、そんな気がするんだ。
それに、生宝氏が死ぬまで自白しなかったら罪状が明らかにならず、裁判に持ち込めないっていうのは、それこそ「今」の話だ。
粘り強く「時間整備局」が働きかけ続けたら、それこそ時間改変が起きる可能性はあるんじゃないか?
なんと言っても、「時間整備局」は因果律すら超える究極のお役所だし、さらにその中でも「更新世ベース基地」はチート級の力を持っている。
そして、うちの係長は、その「更新世ベース基地」から人事交流で来ているんだ。疑えばすべてが疑えるし、むしろ真っ黒だよね。
「雄世、時間改変は後出しジャンケンでなんでもできるし、人の思いなんてものは簡単に消去できると思っているか?」
係長が僕に改めて聞く。僕の考えを読んだんだろう。
「だと思いますよ。
残念ながら。
そもそも原因がなくなれば、結果は生じませんよね。親を殺されなかったら、仇討ちの執念を燃やすこともなくなります」
それが論理ってもんだよね。
答えながら僕はそう思う。
「それは一面から見たら、完全に正しい。
だが、それは明確な誤りとも言える」
「どういうことです?」
ちびちびとオルホを舐めながら、是田が聞く。
是田からしたら、今の僕の答えは100点満点なんだろう。僕だってそう思っているから、この答えを口にしたんだ。
「松の廊下の事件を無くせば、討ち入りはない。
だが、これによって忠臣蔵もなくなる。
これによって、日本人のメンタルは大きく変わる。恐ろしく大きな影響が生じかねない。セオドア・ルーズベルトのメンタリティに至るまで、な」
「係長の言いたいことはわかりますよ。
でも、それさえもさらに後出しジャンケンで変えられませんか?」
是田の反論を聞きながら、僕にも気がついたことがある。
「つまり……。
時間の流れが取り返しがつかないほど大きな変化が生じないよう、小出しにちょびちょび軌道修正しているということですか?
つまり、是田先輩の言う、『それさえもさらに後出しジャンケンで変えられる』ってのができない……、あっ、そうかっ!」
「それ自体が生宝氏の罠かもしれないと、『時間整備局』は警戒しているんですね!?」
是田がそう僕の言葉を引き継ぐ。
ま、ギリシャ神話なんて、神託でよくない未来聞いて、そうならないように行動したから神託どおりの未来を招いてしまう話も多いもんな。そういう間抜けな事態は、「時間整備局」の沽券に関わるってのは理解できるよ。
「それは一面から見たら、完全に正しい。
だが、それもまた明確な誤りとも言える」
係長、またソレかい。
「違うんですか?」
是田の問いに係長は再び問いで返した。
「もう一度聞く。
時間改変は後出しジャンケンでなんでもできるし、人の思いなんてものは簡単に消去できると思っているか?」
「……時間改変は慎重にやらねばならない。特に生宝氏が『更新世ベース基地』のサーバーに侵入して以降は。そこで、後出しジャンケンでなんでもできるとは言い難い。
でも、係長の言いたいことはそこじゃないんじゃ……。
ということは、人の思いの方ですか?」
と僕は聞く。
「ああ。
親を殺されなかったら、仇討ちは生じない。
それは正しいけど、そのものの見方は一面的すぎる。
親を殺されようが殺されまいが、親が殺されるような社会は変えていきたいという人の思いは変わらない。
飢えたくない、温かいところで寝たい、恋を成就させたい、子供に幸せになって欲しい。
こういうところから生じる思いは、人が生き物である以上、どうやっても消せない。
結果的にその方向へ時間の流れは流れるし、時間改変してもその流れは変えられない」
「摂理ってもんでしょうかね……。
で、それが生宝氏のやらかしたこととどう繋がるんですか?
さらにそれが、ウシガエ……、おっと。次長の思いつきとどう関係するんですか?」
僕はさらに突っ込んだ。
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