第94話 係長の提案


 なるほど、名前の由来はわかった。

「では、姓の芥子の方は?」

「イニシャルを合わせたんだ」

 なるほど。

 加藤佳苗と芥子花蘭、共に同じくKKだ。


「……でも、それって本当ですか?

 江戸の人がイニシャル合わせるなんて考え、あるもんですか?」

 途端に、芥子係長の視線が彷徨い出した。

 うーん、仕事以外だと、嘘、下手だなー。特に、佳苗ちゃんの素が出てきてからは、ダメダメかも。


「本当のこと教えて下さいよ」

 僕は、あるかもしれない逆襲に、内心で身構えながらさらに聞いた。

「……花言葉だ」

 ようやく絞り出された答えに僕、自分の情報端末を繰る。

 ええっ、芥子の花言葉、「恋の予感」だとっ!?

 もっと物騒な言葉かと思っていたよ。だって、麻薬だし。


 ここへ来て、僕、白状する前の芥子係長の逃げがちな視線の意味がわかった。

 いろいろ点が繋がって線になった感じだ。

 芥子係長、僕に会うの、初恋の人に会うって感じでわくわくして来たのかもしれない。その初恋の相手が自分自身のことだと考えると、顔から火を吹きそうだよ。

 もー、佳苗ちゃんたら、もーーー。


 黙ってしまった僕に、芥子係長、言い放つ。

 あ、もう立て直したんだね、心を。

「まあ、枕は渡せたから、ここに来る目的は果たせた。

 食事、感謝する。

 ありがとう」

 そう言い放つと、身の回りの情報端末とか、自分のものをバッグに詰めだす。


 あ、帰るの?

 あまり長居をしていると、この場が怪しい雰囲気になるかもしれないからかな?

 僕、そんなえっちじゃないぞ。

 ……えっちじゃないはずなんだけど。


 ともかく、誰かに聞かれる心配なく芥子係長と話せるのは、今だけかもしれない。もう一つ、伝えてしまおう。

「ようやく、一矢報いました」

「なんのことだ?」

「おひささんの旦那が斬られかけたとき、僕も佳苗ちゃんに命を救ってもらってます。

 それに対して返礼おかえししたくても、僕が係長の命の危険を助けられるとは思えません。3年鍛えられた後ならわかりませんが……。

 なので、せめて美味いものを食べてもらうことくらいしか、僕にはお礼の方法が思いつかなかったのです。

 なので、今日の日があるかもと、おひささんのレシピをできるだけ盗んで覚えてきたんです。

 係長のために。

 ようやく少しだけ恩を返せました」

 僕、一気に話す。

 でないと、最後まで言う前に、テレに耐えられなくなってしまうからだ。


 まして、佳苗ちゃんが、おひささんがよく作ってくれた和食のことを美味しく感じられなくなってしまっていたのなら、今回のは本当の恩返しになったはずなんだ。


 僕が力んで言うのに、係長は笑って答えた。

「それだと、一矢報いるってのは可怪しな言い方だな」

「放っといてください」

「まだ、失言大王なんだな」

 係長は、そう言ってさらに笑った。

 そりゃあさ、確かにそうだけど。

 でさ、初恋の歳下がいつの間ににか歳上になっていて、余裕をカマしてくるってどういうことよっ?


「他の人の前では、失敗しないようにします」

「ふーーーーーん」

 係長、やたらと語尾を伸ばしますね。

 余程なんか言いたいことがあるんですね?


 で、そのまま係長は立ち上がった。

「私は帰る。

 途中で上野に寄るが、来るか?

 急に行きたい気分になった」

「上野ですか?

 急にまた、なんで?

 もうあの辺りに出会い茶屋はないですよ?」

「……言ったはずだ。

 今の私は今のお前には惚れない、と。

 この失言大王がっ!」

 ……ヤダなぁ。

 係長ったら、なに言い出すんですか、もう。


「……ではなんで?」

「はずれ屋の屋台の裏、小さなお地蔵様があったの、覚えているか?」

「佳苗ちゃんがよく、花を供えてましたよね。

 小さな可愛いお地蔵様でしたよね。

 えっ、まさか、それが?」

「ああ、残っているんだよ」

 マジか?


 ああいうものは、置かれたところから場所が動かされることはあまりない。

 あのお地蔵様があるってことは、「はずれ屋」の位置もすべてわかるということだ。


 当時から動いていないものは、「はずれ屋」の水汲み部隊が水汲みに通った名水井戸だけだと思っていた。ただ、あれはちょっと遠かったんだよね。

 でも、「はずれ屋」の近くにまだ残っているものがあるんだ……。


「なんで、わかったんです?

 あまり小さいお地蔵様なんて、地図にも乗らないでしょ?

 って、ああ、そうか。ストリートビューで?」

「ビルの中に埋もれていて、ストリートビューじゃなかなかわからないぞ」

「ということは、まさか、足で稼いだんですか?」

「ああ。

 ひそかに通っていたんだが、雄世さんはもう行けなくなるからな。

 行けるうちに行くなら、案内してやる」

「ぜひ、お願いしますっ」

 僕はそう叫び、ガス台の上の熾に水を掛けた。

 ちょっと灰神楽になってしまったけど、こんなの帰ってから掃除すればいい。


 そそくさと上着を羽織り、財布と情報端末を持って、僕も靴を履いた。20秒で支度したぞ。

「さあ、行きましょう!」

 僕の声に無言で係長は頷いた。



 僕たち、無言のまま歩き、無言のまま電車に乗った。

 なんかもう、胸が一杯で、話せる感じじゃなかったんだ。

 400年以上の時を超えて、本当にはずれ屋の痕跡は残っているんだろうか?

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