第31話 軽微変更と進む調教
つまりは、こういうことだ。
今僕たちは、奈良茶飯を貪り食った。
もしかしたら、これにより売り切れじまいのこのお店の営業時間終了を早めてしまったかもしれない。
些細なものではあるけれど、僕たちの食事で、時間の流れはまちがいなく変わったと言える。
でも、それを突き詰めれば、呼吸して酸素を消費することすらできなくなる。
なので、『改正時間整備改善法』に
つまり、申請し許可が必要になる事象と、それが不要な事象で切り分けがされている。許可が必要ということは、後世の時間の流れ、特に人類社会の時間の流れに不可逆的な影響を及ぼす改変ということだし、それについては繰り返し言ってきたように厳重に規定、制限されている。
そして、不可逆的な影響とは、その時代の集団としての人の意識を変えること、その時代の集団としての人の記憶に残ること、さらに特異なものとして後世に記録が残されることのどれかを満たした上で、社会通念の変更が生じた場合とされている。
だから、江戸時代の離島で、人跡未踏の手つかずの岩礁というパラダイスで釣りを楽しんでも、その行為自体は当然違反にはならない。
事業届けされた観光ツアーで、地面からは認知できない上空から、江戸の町並みを眺めるのも当然合法だ。時間跳躍という行為だけなら、届け出るだけで可能だからね。
もっとも、届け出と違うことされたら、僕たちは追いかけなきゃだけど。
そして、江戸の町を歩き、江戸の人々とすれ違っても、まだ違反にならない。
「察知回避義務」を満たしていれば、喧嘩をしてさえ相手を怪我させなければぎりぎりセーフだ。「火事と喧嘩は江戸の華」で、あまりに日常の一光景にしか過ぎないから、喧嘩さえも人々の記憶にも記録にも残されることはない。また、残されたとしても、特異な、その時の流れを変えてしまうようなものではない。
当然、なんら社会通念の変更も起きてはいない。
ところが、僕たちの時代の進んだ格闘技でも身につけていて、華麗な空中戦で相手をぶちのめして、野次馬が驚嘆してかわら版に取り上げられ、その騒ぎがだれかの日記に残り、以降の日本武道の姿が変わってしまった。
と、こうなったら違反が成立してしまう。
つまり、「集団としての人、つまり社会的な認知とそれによる変化の有無」が基準ポイントだということだ。
そして、その変化の有無の判断は、
ここ重要だからね。試験に出るからね。
法的には明確に違反だとしても、実際の判断として、社会的な認知については定義が難しい。ふわっとしたあやふやな日記1つで死刑にできるのかって問題がつきまとうからだ。あまりに運的要素が強すぎて、違反行為としてとして明確な線引きが難しいんだ。
それに対して、「変化の有無」の方は問答無用にわかることだからね。
実際の運用上の問題となると、「要は結果論」ってことにならざるをえないんだ。
つまり、後世の僕たちの時代から見て、結果として事象がなにも変わっていないとされれば、しかも、後世から見て「社会的な認知」すら起きてなかったとされたら、これはもう「軽微な変更」に分類するしかないじゃないか。
「なるほど。
御世、お前の言いたいことはわかった。
あのな、実際、江戸時代の蕎麦メニューは、失伝しちゃっているものも多い。浮世絵とかで、蕎麦屋の光景なんかも描かれていて、そこには当然メニューも張り出されている。でももう、それがレシピはおろか、具体的にどんなものかすらわからないものも多いんだ。
その歴史的事実の中に紛れ込んでしまえば、天竺蕎麦がカレーに結びつくこと、ベース基地でさえ気が付かないぞっ」
なるほど。
失伝したレシピが存在しているのが前提って、そういう話、今の僕たちにはありがたいな。
今回の僕たちのカレーうどんを作る案は、かわら版なりで取り上げられることまでは想定していた。そうでなければ、この時代で男漁りしている芥子係長の耳に入らないからね。
その上での、疑わしきは罰せずに持ち込もうとしていたけど、あえて危ない橋を渡る必要はないんだ。
天竺蕎麦なら、かわら版なりで取り上げられたとしても、そしてそれを後世から見て詮索されたとしても、「消えた蕎麦の一つだね。仏教っぽいし、精進かもなー」で終わる。
「集団としての人、つまり社会的な認知とそれによる変化の有無」を後世から判断して、きれいになかったことになってしまうんだ。
「それにだな、周りの蕎麦のレベルが低いからな。今ならちょっとの改良でも、話題になりやすいぞ。
これは、これからのマーケティングで有利だ」
「是田さん、すごいじゃないですか。
仰るとおりです」
「実際さ、俺の時代の生粉打ちの美味しい蕎麦をカレーに突っ込んむのは、ちょっとどうかと思う。
でも、今僕の横にある、経木に包まれている蕎麦だったらどうだろうか?
ためらいなく突っ込めるし、間違いなく今の惨状より美味しくなるぞ」
それもわかる。
完成度が低いからこそ、ためらいなくいろいろと実験できるんだ。
完成された蕎麦切りは、一点一画ゆるがせにできないからね。あれをさらに昇華させようとしたら、どれほどの才能と研鑽が必要なのか、想像もつかない。
でも、今なら僕たちでさえ改良できる。
つまり、商機だ。
「これで、もうなんの心配もなく、まっしぐらにカレーうどんを作れますっ。
是田さん、たまには的に当たったことも言えるんですねっ!」
「な、なんだとっ!!」
「あっ……」
つい、口が滑った。
是田が顔色変えたけど、腹いっぱいなんだし、褒めたんだから怒らなくてもいいじゃないかっ。
僕のそんな思いなど、是田には通じるはずもない。
いや、通じたとしても怒る。
だから失言なんだもんな。
是田、膝立ちになって、僕の胸ぐらに手を伸ばして……。
「お行儀!!」
そこへ、佳苗ちゃんの鋭い言葉が飛ぶ。
怒りのあまりに立ち上がろうとした是田、そのままその場ですとんと腰を落とした。
ま、僕でも同じ反応だろう。佳苗ちゃんは怖いから。
また手ぬぐいて引っ叩かれたら、ましてやこんなに人の多いところで引っ叩かれたら、痛いは恥ずかしいわ、冗談じゃないよ。
って、これ、着々と調教が進んでいるってことかぁ?
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