第12話 食料確保


 僕、旦那の母ちゃんと旦那が2人でばたばた支度をしているのを、手伝えることもなくぼーっと見ていた。したらこの2人、相当に焦っていたらしくて竈の種火とか消すついでに米びつひっくり返した。

 で、中に入っていた2合ほどの米、飛び散っちゃったのを母子でかき集めている。



 で、僕、それを見ていてふと思った。

 ここ新潟だよね。

 で、秋。

 美味しい新米が買えるんじゃない?

 これからは長屋で自炊生活かもしれないから、米があればこしたことはないよね。

 この庵の家主だって米農家だろうし、年貢を取られたあとだって現金化用の米は残っているはずだ。だから、この母親に話を通してもらって買えれば世話ないんじゃないかな。


 それに僕、コシヒカリ以前の越後の新米、どれほどの味なのか興味がある。

 江戸で米1石が150kgで1両ぐらいだから、僕たちの所持金から1分出せば、40kgくらいは買えるだろう。僕と是田とで1人1月10kgで2ヶ月分、ちょうどいい量だ。

 どうせ余ったって、佳苗ちゃんとひろちゃんが食べるんだから、全然問題はない。


「ちょ、待った。

 やっぱり不義理はやはり良くないですよね。

 家主への手紙はなしにして、まだ時間的には遅くないですし、支度ができたら最後のごあいさつに行きましょう。

 で、我々からもお礼を兼ねて、新米を買わせていただきましょう。それなりの価格で」

 と僕が言うと、是田が怪訝な顔で僕の顔を窺ってきた。


 で、母子が江戸移住の支度が終わったら家主のところに行くことにして、てんやわんやの母子の傍らでひそひそと僕は是田に話した。ま、墨をすって置き手紙を書かなくて済んだんだから、ヨシとして欲しい。


 米があって困るものではないこと、是田はすぐに理解した。

 ましてこの時代の輸送費用、安くはない。その分を、少しは家主の農家に還元できる。

 それに時間跳躍機公用車なら、4人プラス少量の引っ越し荷物と米の40kgくらい、全然問題なく運べるからね。

 


 それから30分後、僕たちは母子の家主へのあいさつと家賃支払いに付き合って、さらに1分で米をなんと1俵、60kgも買えた上、軒下に吊るしてあったかちかちの塩引き鮭の半身、さらに笹団子一山を手に入れることができた。

 家主は思いも寄らない現金収入にほくほくだったし、僕たちだってこれでしばらくは飢えたりしないですむぞ。

 旦那がしおらしくなったから寝る場所の確保もできたし、これでもう2ヶ月のサバイバルは成功したも同然だ。

 いいぞ、いいぞっ。

 前回では考えられないほどの、好調な滑り出しじゃないか。



 帰りはちょっと技の必要な経路になった。

 たとえたった5分といえど、僕たちに60kgの米を担いで歩けるわけ無いじゃん。

 鮭の半身もあるし、笹団子もあるし、そもそもそう量はなくても引越荷物があるし。

 それにお母ちゃん自体も運ばなきゃだからね。お母ちゃんが自分で5分歩けるかどうかが微妙だとすると、おひささんの旦那がおぶわなきゃならない。

 ま、息子だからガンバレとは思うけど、それで旦那の労力を奪われるのは痛いんだよ。さすがに、母親おぶいながら米俵は担げないだろうからね。


 ということで、早々に荷物を運ぶことは諦めて、空間転移で長屋の屋根すれすれに現れて、米とかの荷物をマニピュレータで降ろして、2秒で再度の空間転移した。

 時間跳躍機そのものや、それへの人の乗り降りを現時人に目撃されるわけにはいかないから、こんな早業だよ。

 まぁ、音もしないし、バレることもないと思う。

 ただ、本当に嫌なんだけど、僕と是田の連携操作が必要になっちゃうし、こういう操作で息が合うってのがさらに腹立たしいんだけれど。


 で、そのあと、僕たちは根津権現で時間跳躍機を降りて、機は静止軌道待機させて、歩いて戻ってきたんだ。



「只今帰った」

 という旦那の声とともにトータルで半刻、1時間ほどの外出から僕たちが帰ったとき、おひささんと佳苗ちゃんとひろちゃん、それはそれは深刻な顔をしていた。

 てかさぁ……。

「常世から来た者」って僕たちの作り話もどうかとは思うけれど、その作り話を毛ほども信用していなかったのかね、この3人は。


 ただまぁ、「僕たちが旦那に斬られちゃったら」ということを心配していてくれたんだとは信じたい。「無礼討ちで斬ると、斬った方にも厳しいお取り調べがある」って心配だったら、あまりに悲しい。


 で……。

 さらにこの3人にとって不意打ちだったのは、その旦那の背に負ぶさっている母ちゃんの姿だった。

「誰っ!?」

「あ、おばあ!」

「お義母上!」

 もう、どれが誰の発言かなんて、説明の必要もないよね。


 僕たちが引越荷物だの米だのを運び入れている間に、旦那の背から降りたお母ちゃん、背筋をすっと伸ばした。

「ひさ。

 よくもここまで内助の功を尽くしてくれました。

 義母ははとして厚く礼を言いますぞ」

 うん、この時代の武家の女性たちは強いからね。

 こういう「形」も作るんだろうなぁ。


 で、わずかに5分ほどとは言え、根津権現からここまでの間に僕たちがなぜ越後高田まで行ったかとか、説明はしたからね。

 おひささんと旦那の人生の選択の違いについてなんかの考えはあるにしても、僕たちの存在もあるし、奇跡とも言える経験をしたばかりだし、悪い結果にゃならないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る