第11話 挟撃報復
「母上、母上!」
だんだんだんだん!
草庵の引き戸、壊れちゃうんじゃないかな。そんな思い切り叩いたら。
「まさか、四郎かい?」
案外若々しい声が聞こえて、つっかい棒が外れる音がして、引き戸が開いた。
「おやまぁ、本当に四郎だ。
江戸から戻ったのかい?
それともまさか、狐狸の類じゃないだろうね?」
「ただ今、ただ今戻りました」
あ、旦那、泣きだす前に、一瞬呆然としたなー。
ほら見ろ、「狐狸の類」って、言われる立場になるとショックだろ?
僕たちだってショックだったんだからな。
茶筅髷ってことは、やっぱりお母ちゃんは未亡人だ。
庵の中に平机がたくさんあるのは、村の子どもたちに読み書きを教えているのかもしれない。
さて。
それではここで、涙涙の感動の再会が始まる前に、非情な公務員が介入しましょうか。
いわゆる意趣返しです、はい。仕返しはコマメにしていかないと。
「さ、これで納得ができたかと思います。
我々は常世の者。
わかっていただけたのなら、江戸に帰りますよ」
「ちょっ、そんな……」
旦那、一気に絶望の底に叩き落された顔になったね。
「僕たちが移動したのは、僕たちが狐狸の類ではない証明のためで、旦那とそのご母堂を話させるためじゃないんですよ。わかっているでしょ?」
「わ、わかった。
わかったから、せめてもう半刻、半刻でよい。母と話をさせていただくわけには参らぬか?」
「そうは言いますが、先ほどまで僕たちを露骨に疑って、ものの一分の時間歩くのだって嫌がっていたじゃないですか。
だから、早く帰るにこしたことはないんでしょ?」
「そんな……、|某(それがし)が悪かった。悪かったのは認める。だから、そのような非情な……」
ふっふっふっ。
どうだ、冷たいだろう。
「いろいろ話したいことはあるんでしょうけれど、俺たちも公用車の目的外使用は避けたいんですよね。
それに、俺たちを斬るとか言ってたじゃないですか。全然信用してなかったくせに」
是田も、今こそとばかりに挟撃する。
ふっふっふっ、どうだ。
「いや、それはまことに申し訳なかった。
これ、このとおりだ」
うーん、侍に思いっきり頭を下げられるの、快感がないとも言えないけれど、それはそれで居心地が悪いな。
でも、まぁ、反省してくれるならありがたいけれど。
「じゃあ……。
どうしてもっていうなら、条件があるんですけれど」
「どのような条件でも飲む。いや、飲ませていただく。
だから、せめて半刻っ」
あっ、ついに地べたに平伏しちゃったよ。
うん、こういうの、ちょっと快感だよね。
まぁ、ちょっとだけだけどね。1分以上平伏されていると、こっちの方が苦痛になるんだけれどさ。やっぱり僕たちの時代だと、土下座されるなんてこと、そうはないことだからね。
「まずは、ご母堂。ご母堂はここにい続けねばならぬのですか?」
僕、旦那は無視して旦那の母ちゃんに話しかけた。
「いいえ。
足さえ旅に耐えられるのであれば……。
臣として主君を追うこともできないのかと蔑まれ、手元不如意にてこの庵の主にも満足な礼もできず、ただただ、どちらを向いてもひたすらに申し訳なく……」
「手元不如意って、財産はないんですね。
あと、ここに友達とかはいないんですか?」
「藩取り潰し以降、知った顔もとんといなくなりました」
ま、そりゃそーだろーな。
「じゃ、おひささんから預かったお金があるので、それを置いて、庵の主あてに置き手紙書いて、江戸に行きますよ。
いいですね。
歩かなくても行けますから、40秒で支度してください」
ふん、どうだ。
って、ありゃりゃ、旦那、アンタは座り込んだまま、口も目もおっぴろげて、ぽろぽろ泣きだしているのかよ。
「で、家賃は、2両も置けば、十分でしょうかね?」
「はい、それだけあれば」
「おひささんの内助の功ですからね、これ。
あえて言っときますけど、嫌ですからね、江戸で嫁姑戦争が起きるのは」
釘刺しとかなきゃ。
あとで僕たちが、おひささんに恨まれるのは嫌だからね。
「滅相もないっ。
このままここで、世間の冷たい目の中で朽ち果てる身でございました。
せめて四郎が仕官するまではと、先祖代々の位牌を守ってまいりましたが、代々のご先祖に対しても顔向けできず、このまま朽ち果てるものと覚悟しておりました次第にて……。
江戸に着いた折りには、常世の方、嫁を立て、過ごして参ります」
「そーならよかった。約束ですよ。
あと、ここで村の子どもたちに読み書きを教えていたりしたんじゃ?」
「村の寺の住職から、
子どもたちをお返しすれば済むこと」
なるほど。
村としても、お母ちゃんの生活を考えてくれていたんだね。
「そうですか。
じゃ、支度を進めてください」
是田がそう言って、この親子をさらに急かした。
是田の急かす理由、僕にもよく分かる。
こういうの、考えさせたらダメなんだよ。
「やっぱり江戸に行くのは大変」とか、悩ませたらダメ絶対。勢いで一気に押し切らないと。
僕たちの世界で言えば、上を悩ませたらダメ。
一気に押して「良し」という結論まで得ておかないと、うだうだ検討が始まってしまって、10倍も言葉と資料が必要になった挙げ句に、事業中止か骨抜き事業になっちゃうんだ。
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