第63話 黒幕


 佳苗ちゃんは、恐れることなく刃物を持っているかもしれない男に手を伸ばす。

 ゆっくりと見えるけど、男が素直に手首を握られたっていうのは、相当の速さなんだろう。そして、そのまま男の手首を握るとくるりと捻る。

 すると、男のもう片方の手は懐から抜け、男の体全体もくるりと回転してうつ伏せになった。

 相変わらずいい手並みだけど……、いい手並みだけどさぁ……。


 男のうつ伏せになった背中に、逆に極めた腕を乗せ、さらにその上に腰掛けた佳苗ちゃんは、次には男の手に握られていた四角いものを取り上げた。

 あ……、情報端末じゃねーかっ。

 こいつ、現時人じゃねぇぞっ!


「この男、ご覧のとおりご禁制の品を持っておりましたっ!

『はずれ屋』の店主が預かり、お上に届け出させていただきますっ!」

 佳苗ちゃんの声が響く。

 なにが起きているのかと、固唾を飲んで見守っていた周囲のお客さんたちから盛大な拍手が湧きあがった。

 佳苗ちゃんの捕物、僕たちの時間の基準から見ても、なんか、なんか、なんかとってもすげぇなぁ。


 江戸の人たちから見て、情報端末がなんなのかはわからないだろう。

 でも、この世界からして、思いっきり異質なものであることだけはわかる。

 だから、佳苗ちゃんが、「ご禁制の品」と叫ぶだけで周囲のお客さんたちは納得してしまう。きっと、南蛮渡来のなにかと理解しているはずだ。

 で、それはいいとして、佳苗ちゃん、なんでアンタ、情報端末知っているんだよっ!?

 佳苗ちゃんは、間違いなく現時人のはずなのに。




 男を縛り上げ、丸めた手ぬぐいを口に突っ込んで猿ぐつわを掛ける。そして、とりあえず店の裏に放り出して、むしろを掛けておく。

 営業二日目に、僕と是田がダウンしたときとおんなじ扱いだ。まぁ、僕たちは猿ぐつわも縛られもなかったけれどさ。

 そして僕たち、他の客を捌きながら、その合間合間に佳苗ちゃんを問い詰めた。


 で、わかったこと。

 裏にいたのは、やっぱり芥子係長。

 あの出会い茶屋で寝込んでいた佳苗ちゃんに、好きほど飲み食いさせた。薬も飲ませた。そして、生宝氏一味の顔写真を見せ、情報端末に手を触れる前に制圧しろと依頼をしたらしい。となると、今回のかわら版で取り上げられたの、裏には芥子係長がいたってことだ。

 僕は十分なお金を置いてきたけれど、係長はそれに手を付けず、佳苗ちゃんにも手を付けさせず、自分で直接食事を運んだらしい。


 でさ。

 佳苗ちゃん、アンタ、好きに飲み食いさせてもらったら、誰の言うことでも聞くのかよっ?

 係長も、自分は強いっていう佳苗ちゃんの言葉を信じたんだろうけど、そんな自己申告、盲信したらヤバいだろ。

 なんて思ったけれど……。


 その間に、是田は男から取り上げた情報端末を操作していた。

 なんたって、使用者の指紋はそこにあるからね。ロックの解除は朝飯前だ。

 で、「やっぱり……」って。

 なにを納得しているんだ?


「さっきの佳苗ちゃんの言葉だけど……。

 ここで気が付かないといけなかったんだ。

 鰻丼は江戸中期、天丼は江戸末期、親子丼は明治の食い物だ。一つとして、今の時間にはありゃしねぇ。

 それを食べ放題に食べてってことは、係長が食わせたとしか考えられないし、今の雄世が聞いたことの裏が取れたってことになるな」

 ああ、やっぱり食べ物で釣られたのか、この娘は……。


 そうは言っても、係長は料理ができるタイプには見えない。

 そして、江戸で自由に使える台所もないだろう。

 となると、明治まで親子丼を買いに出たんじゃないだろうか。これ、行った先での二重跳躍にあたるから、明確に「改正時間整備改善法」第四条第1項と、それを受けての「改正時間整備改善法施行令」第六条1項に反する。

 告発しちゃおうと思えば、できちゃう案件だな。


 ま、すぐでなくても、これからなにかあったときに係長に対する僕たちの武器になるってことだ。これだけで、僕たち、ずいぶんと気が楽になるなぁ。

 ううむ、これはいい。

 明日は明るいぜい。


「で、この男の身元もわかったし、この端末の連絡履歴にも生宝氏の名がある。

 将軍暗殺に関わるもう1人の身元もわかった。

 で、どうする?

 一網打尽に捕まえちゃう算段をするか?」

 と是田の提案。


 あー、是田、江戸に10日もいる間に、江戸の常識に染まったか。

 それとも、これも是田の正解の隣ってやつかもしれない。

 つまり、是田の提案は、明らかにマズいってこと。


 そもそもだけど、こういう違法行為を見つけたら告発するの、公務員の義務ではあるんだけど、あくまでそこまでの話なんだ。つまり、公務員に直接の逮捕権があるわけじゃない。

 ってか、違法状態の発見と、逮捕及び裁判は全然別の話だ。

 だから、それはよほどのことがない限り緊急避難も成立しないし、僕たちの方も罰せられてしまう。

 現行犯なら私人逮捕ってのもあるけど、それにしたって僕たちには生宝いほう氏を逮捕するための物理的手段がない。おそらくはフル装備の生宝氏に対して、僕たちはなんの対抗できる武器も拘束具もないんだ。

 

 だから、今この店の裏で縛り上げられて芋虫みたいになっている男についてだって、本当のことを言えばかなりマズい。

 私人による不当な逮捕って言えるからだ。

 江戸時代で、時間跳躍者が「察知回避義務」を果たした上で情報端末を持っていたって、法律上なんの問題もない。つまり、犯罪行為がない以上、現行犯逮捕そのものが成立しないんだ。

 後からここを突かれたら、係長、どうするつもりなんだろう?

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