第6話 切々と語るな、そんなこと
とりあえず明日、蕎麦屋台の元締めのところに行くにしても、「はずれ屋」の権利関係って、僕たちにまだ残っているのかな。
赤の他人扱いだったらどうしよう……。
もろもろ考え込んだ挙げ句、ずーんと落ち込んでいる中、ふと横を見れば石のお地蔵様。
佳苗ちゃんが毎朝、水だの花だのお供えしていたっけ。
その憂いを帯びた優しい表情は、僕たちに「諦めろ」と諭しているようにしか見えなかった。
うん、水はない。かなり前に供えられたであろう小菊は枯れている。
佳苗ちゃん、来ていないんだ。
その小菊にトドメをさされて、がっかりしてがっかりしすぎて、僕、しゃがみこんでいるのにめまいがしてきた。
前回は、運と10両というお金が僕たちを救った。
今回は1両しかない。
そして、帰れると言ったって、2ヶ月後。人が餓死するには十分な時間だ。
なんで僕たちの人生って、ここまでハードルが高いんだろうな?
なんて考えていたら、答えに行き当たった。
なんか、ご先祖か、自分の前世とかで、悪いことしたのかもしれない。
そうなら、時間跳躍機に乗って、諭しに行くぞ。
もしくは、是田のご先祖か是田の前世が……。
うん、絶対そうだ。
間違いないっ。
時間跳躍機に乗って、是田の存在を、先祖からエリミネートしに行こうっ!
そう思ったら、少しだけ元気が出た。
よし、是田の先祖を火炙りに……。って、是田、その邪悪な顔は、僕と同じこと考えているだろっ!
「火炙り?」
思わず、そう僕の口から言葉が転びでた。
「いいや、絞首刑だっ」
是田、そう叫んで僕の首に手を掛けた。
「お前のせいでっ!」
「違うっ!
アンタのせいだろっ!」
僕も反撃する。
お互いに首を絞めあって、視界が真っ赤になって、真っ暗になって、そこでお互いに力尽きて、がっかりぐったりして僕と是田、再びうずくまった。
きっとこのままだったら、翌朝までぐったりしていたに違いない。
く、なんでこんなことに……。
「目太様、比古様?」
是田の身体がびくってなった。間違いなく、僕の身体もだ。
振り返ると、ちょっとだけふっくらとした佳苗ちゃんがいた。
薄暗い中、手に持った黄色の小菊が浮き上がって見える。
なんで?
なんでここに?
「おう、久しぶりだね。
常世から戻ってきたよ」
そう応える僕の声、情けないほど震えていた。
なんか、感情的にいろいろ押し寄せてきて、頭ん中いっぱいいっぱいになっちゃったんだ。絶望の中、救いの女神が降臨したみたいに見えたんだよ。
ただ……。
僕と是田とで、首を絞めあっているのを見られなくてよかったとは思う。
うんうん、見るからに前とは違う。
佳苗ちゃん、食うや食わずの生活から、毎日きちんと食べられる生活になったんだね。痩せているってのと、飢餓体型ってのは違うからね。
夜の乏しい明かりの中でも見えるよ。
健康的になって、きれいになったな。
で、さらに10年だか経つと、アレになるんだろうけれど。
ったく、性根ばかり太くなって、他の必要なところに栄養が行かないんだから……。
「目太様、比古様……」
そこで、佳苗ちゃん、もう一度そうつぶやくと、いきなり涙をぽろぽろと溢しだした。
「なになに、そんなに僕たちに再会できたのが嬉しい?」
そう聞く僕の声がちょっと嬉しそうになったの、当然だよね。佳苗ちゃん、僕のことを好きなはずなんだから。
なのに、佳苗ちゃんが僕に返した反応は予想と違っていた。
「そんなわけがありますかっ。
そのようなことを言われて、いきなり涙も止まってしまいましたっ」
……そりゃないだろ。
ちっとは、僕に対して、こう、あるだろっ?
「じゃあ、どうしたん?」
と、今度は是田が聞いた。
「実は、おひささんが……。
そのためにもう何日も店を開けられないのでございます」
「だから、どうしたん?」
店が開けないほどって、それはもう由々しきことだ。おひささん、「はずれ屋」が生き甲斐だったはずだもん。それなのに来れないって、つまり、それだけ大きな問題だってこと。
「佳苗ちゃん、どこかで飯でも食いながら、詳しい話を聞かせてくれないかな?」
僕の提案に、佳苗ちゃん、首を縦に振った。
「私の住む長屋は、おひささん夫婦と隣合わせなのでございます。
帰るとおひささんの目に止まります。その前にご説明を済ませておきたいので、是非にも」
そか。
1年の期間があれば、住むところも決まって生活基盤もできているよね。
「どっかいい店ある?
ただ、僕たち、今回はほとんどお金持っていないから、あまり高いものは無理なんだけど……」
「またまたぁ」
「またまたぁ、じゃないよっ。
いや、真面目に、1両しか持ってないんだ。
これを千両にするまで帰ってくるな、みたいな目にあっていてさ……」
「これはまた……。
今度は、なにをやらかされたのでございましょうか?」
「……どういう意味?」
憮然と恐れが半々の口調だな、是田。
うん、僕もそんな気持ちだ。
「前に、芥子様からそのような話を切々と聞かされたものでございますから……。
日夜、苦労が絶えないと……」
く、係長、アンタ、過去の自分になに吹き込んでいるんだよっ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます