第232話 舞台裏の奮闘
「いきなり出番だって呼ばれたと思ったら、何ですかこれ……」
直属の上司、表向きは伝令役人であるダモクレスから、突然アグリカ領に来い、来れば判ると呼ばれたので、言われるままに飛んできた所、問答無用で領主代行の任を押し付けられた。
因みに、病気の予防と言う事で、コレを浴びて置く様にと不思議な薬用酢も渡されて居るので、香水代わりに浴びて居る。
「疫病最前線の上に引き継ぎグダグダじゃ無いですか、なんで私一人なんですか?」
思わず泣き事を言いたくなる、なんだかんだで直属の部下は結構な数がいるのだが、なんで私だけ。
「この疫病は各地で広がっていて、他のメンバーも同じ状況になっています、そんなわけで、貴方なら持たせられます、前任の領主にやらせるよりマシです」
上司であるダモクレスは、当然だろうと言う調子で無責任に押し付けて来る。
「それには納得ですが……」
前任者から残されて居る運営の書類をざっと目を通した時点で、頭を抱えて泣き言を発しながら机に突っ伏した。
「これだけ特産物の麦収穫あるくせに、治水も何も無しで全部私財にしてるんですもん、館と使用人に金かけてる暇あるんなら、治水に使えばさらに収穫上がって支持率も上がるのに」
「そんな物、領民に税率5割を課す領主に興味が有る筈無いでしょう?」
「そうですね!」
因みにこの上司であるダモクレス、部下の暴言やら泣き事やら何やらを気にする様子は無いので、私を含めて部下たちの信頼は厚い、時々仕事の量が暴走するのがアレなのだが。
「それで、前任の領主その他は?」
オチの予想は付いて居るが、一応聞いて見た。
「色々邪魔でしたので連座式に」
予想通りだった。
「多少尻に火を点けて見た所で、国の上層部に罪状を報告しそうな私と、疫病の治療に当たって居る所に火を点けて回り始めたので、指示を出した領主本人、手配した副官、実行犯達、及びソレを集めた冒険者ギルドのマスター、どうせなので、諸々の悪事、脱税やら公文書偽造やらに関わった類の者も一緒に処理して回った所、屋敷の面々で経済及び書類的に仕事が出来る物が全て消えました」
流石に困りましたと言う軽い調子で物騒な事を言う、これがもう平常運転なので困り物なのだが、腐り切った権力者以外には基本的に手を出さない人物だと言う事は私達の間では定評が有るので、こちらに刃が向くことは無いと言う意味で信頼されて居る。そうで無ければ怖くて会話すらできない。
時々ただの役人にしては異様に権限が多いことから、廃嫡された王族だとか色々と怖いことを噂されているが、わざわざ虎の尾を踏むこともないだろうと言うことで、確認はされていない。
「其れは消えますよね!」
思わず叫んだ、古い領主や貴族の類が権力的に腐って居るのはお約束で、其れをひっくり返すと根っこが総て腐って居たなんて良く有る事だ。
「此処迄盛大に居無くなるのは予想外です」
いやあ、まいったまいったと、少し食べ過ぎた位の感覚で人の生き死にの話をするのは止めて欲しい。
ちなみに、この極めて荒っぽい処置に関しては、公表はされていないが明確に発動条件があり、領主や貴族、王族で、明らかな汚職、現王の打倒、もしくは政治史的な失策によって、領民の類いが1割を超えて減ったりすると要観察、2割から3割を超えて減ったりするとほぼ問答無用で処理されている。ただし、天候不順、日照りなどに依る飢饉や、今回の様な疫病なら、適切な対処及び、領民の支持率が悪くなければ処理されずに生き残れる訳なのだが、どうやら最悪のパターンで自爆したらしい。
対して、一般平民の類いである私達に関しては、よっぽどのことがない限りは対象外。連座処理されるような身内や共犯関係でない限りは問題無い。
「そもそもこの屋敷、元は何人いたんですか?」
「領主の血縁及び関係者が10人ほど、使用人が30人ほどですね?」
なかなかの大所帯だ。
「で、それが何人・・・・・?」
「20人ほどいなくなりましたから、今20人ほどですね?」
領主本人、その妻、身内、執事長を筆頭として領地運営其の他に関わって居た上の方を切り取って結構いっぱいと言った所か、怖い怖い。
「そして、何時頃次期領主様が着任されるご予定で?」
「其れは少しわかりませんね? 現在この領地の防疫戦の最前線で戦って居ますから」
「領主様自ら?」
「そうですね、あの人は人の使い方に慣れていないので、何時も前線に居ますから」
「其れは又、中々珍しいお人ですね?」
最後尾でふんぞり返って的外れな事を喚き散らすのが、お約束のダメ人材だが、其れには当てはまらないらしい。
「とても珍しいです、其れの観察も兼ねて、その方が着任してからも、予め貴方を文官として任命しておきます、領地運営には慣れていないと思うので、補助してあげて下さい」
「はい、任されました」
ピッと敬礼を返す。もっとも、騎士の類いでは無いので只のポーズの類なのだが。
「でも、珍しいですね? 其処まで御膳立てする何て……」
「なあに、其の珍しい人物をよく観察してみようと言うだけです、それに、駆け出し領主には補助を付けて最低限矯正して置かないと、領民が困るだけですからね?」
もっともらしい事を上げている、まあ貴族の類なので二枚舌も何でもありだろうから話半分に聞いて置こう。
「そう言えば、その人の妻には、貴方のお知り合いが居たはずですよ?」
「?」
不意の一言に思わずきょとんとして、誰かいたかな何て考えて居る内に、もう要は済んだとばかりにダモクレスは居なくなっていた、相変わらずの神出鬼没具合である。
まあ、一先ずこの酷い状態の書類を整理して例の領主様が来るのを待つとしよう。
追伸
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