第35話 各所の反応 靴屋

 靴屋視点


 それは、純粋に上客だった。


 女を二人連れた短髪男の冒険者、こういう組み合わせの場合は金払いが良い、時々例外的にとんでもなく渋いのがいるが、男が出してくれるパターンなら変な値切りは格好悪いと見栄を張ってくれるので多少は高くしても良いのではないだろうか?


 もっとも、そんなぼったくりを働くような者は行商人だけだ、固定の店持ち職人は悪評が立ったら固定客が居なくなってしまう、店を畳んで移動するような事は勿体ないのだ、移動した先では縄張り争いが発生して、どんな腕を持っていようと余計な苦労をする事に成る。この店は先代が苦労してこの開拓村で開いた、その店を引き継いだ、大事な店なのだ。


 つまり何時でも良心価格だ。値切るような客は客じゃない。


「こいつに靴をあつらえてくれ、編み上げで丈夫なの。」


 大きい方の少女を前に立たせる。なるほど、この少女の靴は上物だが街靴だ、良い所のご令嬢なのだろうか?この開拓村で活動するには少し心許無い。


「はい、サイズ図るから其処の椅子に座って下さい。」


 店の奥にある椅子を指定すると少女が座る。手慣た感覚で足にメジャーを当てて各所の寸法を図っていく、ふと視線を上げると布の隙間から下着が見えそうになっていた。思わず顔が赤くなる、いや、変な評判は命とりだし、男が連れている女だ、下手するとトラブルの元だ、美人局みたいな事も有る。気づかれないようにと思いつつ測定を終えた。


 測定したサイズを紙に書き込む、しかし女物としては結構大きいサイズだ、在庫分では男物になってしまうな。


「サイズ的に入らないことも無いのが有りますけど、それにします?作ります?」


 取り合えず提案して様子を見る。


「履いてから決めて良いか?」


 靴は履いて決めるものだ、何も問題は無い。


「はい、どうぞ。」


 結構ごつめの靴しか無かった。


「女性にしては結構大きめなんで男物になります。」


「なるほど・・」


 男は納得した様子だが、少女は気が進まないようだ、まあそんな物だろう。


「履き心地どう?変なところに当たったりしない?」


「当たりはしないけどぶかぶかですし重いです。」


 案の定文句を言われる、まあ入るだけであって先ず合わない事は予測済みだ。


「そっか残念、じゃあ作ってくれ。」


 男の方も予測済みだった様子でフルオーダーを注文してくる。


「はいまいどー。」


「幾ら位で何時頃できる?」


 ここは勝負所だ。


「金貨一枚で一週間て所ですね。」


 一般的には金貨一枚で一か月は生活できる大金だ、正直安くは無いが冒険者は靴をケチってはいけない、移動は歩きで足で稼ぐ仕事なのだ。こんな値段でもぼったくりでは無い、一生使える靴を作っているのだ、値切られた場合その都度材料費と縫製が甘くなるだけだ。


「ふむ。予算会議。」


 当然ポンと払える金額ではない、考える時間は必要だろう。


「どうぞ。」




 私に背を向けて予算会議、よく聞こえないが何を言っているかは予想できる。


「・・高い安い?」


「そもそも普通は作ると高いので出来合いで履けないことも無ければ履いてる感じ何で。」


「新品相場は判らないと。」


「はい、私のはお義父さんが冒険者になったお祝いで送ってくれただけ何で、どこで幾らで買ったのか分からないです。」


 あの少女の靴は多分先代の仕事だな、遠くからでも確りした作りなのが見て取れる。


「んで、感覚としてはどう見る?」


「高いですけど、オーダーの新品ならしょうがないかと。」


「はいよ。諦めて買うか。」


 その声は良く聞こえた。


「ありがとうございます。」


 思わずお礼を言う。


「んじゃ灯、何かデザイン希望ある?」


 男が少女にデザインの希望を聞く。


 値引き無しで買ってくれるなら多少のサービスは有りだ。どんと来い。


「書いて見て良いんですか?」


「物は試しだ、見せて見て損はしないだろう。実装されるかは置いといて。」


 その通りだ、あまりにも現実感の無い物は流石に作れない。


 じゃあこんな感じでと、男の背嚢から紙束を取り出してさらさらと書いていく。


「できればこんな感じのお願いします。」


 変にごつくなく歩きやすそうなブーツのデッサンがあった。下手な本職のデザインより素晴らしい。


「すごいですね、参考にさせていただきます。」


 素直に感心する、これなら作れる。


「じゃあ料金、前金と後金どっちで?」


 払い方だ、こういうものは逃げられても店が潰れない様に最低限の材料費を先払いで貰って置くのが店の方針だ。


「半々でお願いします、私が逃げるかもしれませんよ?」


 冗談を交えて見る。


「俺が後で踏み倒すかもしれないぞ?」


 半分払ってもらえるなら、後で苦られる分にはそれほど痛くない。それに。


「値切りもせずに買ってくれた人を職人はないがしろにしませんよ。」


 これは職人としての矜持だ。


「はいよ、じゃあ半分、大銀貨5枚だっけ?」


 男がギルド証からお金を取り出して払う。確かに受け取った。


「はい、確かに頂きました。これが領収書です。」


「じゃあまた今度。何かあったらギルド経由でガンダーラってPT呼べばわかるから。」


 聞き覚えの無いPT名だった、この頃は未だ・・


「はい、頑張って作らせてもらいます。」


 さあ、上客の期待に応えるために頑張って作ろう。

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