第30話 山の中の泉で
灯とエリスが上機嫌だ、左手を伸ばして太陽にかざしてニヤニヤして、何かに付けて自分の左手を見てにやにやと、そこまで喜ばれるなら恥ずかしいの押してやったかいがあった。
もっともそんな事を思っている自分自身もにやにやとしているのだが・・・
「何か出るぞ?」
ガサガサと音が近づいてきたと思ったらイノシシが出てきた、咄嗟に灯とエリスを背中に背負って槍を構える。
「横!逃げて!」
真っ直ぐこっちに向かってきている、二人は声に反応して急いで離れる。
「南八幡 大坊 菩薩!」
こちらも真っ直ぐ構えて目の前に槍を突き出す、当然だが勢いはそのまま突っ込んでくるのでそんなものは止められない、咄嗟に槍を離して横に逃げる。
イノシシは目玉から槍を生やしたまま走り、大分離れた木に当たって横倒しになった、足はまだ動いている。
「無事?」
「大丈夫です。」
「同じく・・」
「すごいな、近くの山でこう言うの出るんだから。」
「よくまあこんなもの一撃で仕留めて言いますね・・・」
「的が大きかったから当てやすかった。」
「そういう問題じゃありません・・・」
実際問題頭の骨は固いうえ傾斜装甲になっているので真っ直ぐ入るのは口と目玉ぐらいしかないのだ、真っ直ぐ来た場合草食動物は目玉の周りもほぼ骨で引っかかるが当てるならその辺狙うしかない。元の世界では強引にショットガンの一発玉で貫通させるか、罠で固定して横から突き刺すのがお約束なのだ、普通こんな槍で立ち向かう物じゃない。
「実際頭の位置高かったからまだ狙えたって感じだ、もう一回やれと言われても困る。」
「ソウデスネ・・」
まだジタバタしている、もうちょっと弱ってくれないと危なくて止め刺しもできない。
獲物が2メーターサイズのイノシシである、槍を掴んだところで身をよじられると持ってかれそうだ。大きい武器はこの槍しかないのでこういう言う時不便だ。
「あとで槍もう一本買おう・・」
「ソウデスネ・・」
罠猟の時などは小さいナイフでも棒にテープやロープで括り付けて即席の槍を作るが、正直今刺さっている槍以外刺さりそうにないので辞めておく。
暫く待っていよいよ大人しくなったので力ずくで引き抜いた、イノシシがぴぎゃあと言う叫び声をあげる。
「南無阿弥陀仏・・・まだ結構生きてたな。」
片手だけでも合掌の形にして念仏を唱えつつ、改めて喉のあたりから心臓を目掛けて強引に突き刺す、今度こそ動かなくなった。
「これ、運べます?」
エリスが不安そうな様子で呟く。
「昨日の方式じゃ無理だな。」
「例の試せます?」
「やるだけやってみる。」
血の流れも止まったイノシシの体を触りつつ、虚空菩薩の真言を唱える。
「ウボウ アキャシャ ギャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ」
無事虚空の倉に繋がったらしい、音もなくイノシシの巨体が虚空に消える。
「実際やると現実感無いですね・・・」
「自分でも驚いてる。」
「どれぐらい入るんでしょう?」
「わからん、余裕あるときに試そう。」
「取り出せます?」
取り出しを意識してみるがどうやら思った通りに唱えずに取り出すと言うのは出来ないらしい。
「ウボウ アキャシャ ギャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ」
収納した時と同じように虚空から現れるイノシシの死体。
「毎回唱えるんですか?」
「そのようだ。」
「時間経過とか傷み具合どうなるかもこれからですね。」
「色々調べんとな。」
「ウボウ アキャシャ ギャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ」
もう一度収納する、戦闘中に唱えて取り出して持ち換えなんてのは無理だな。
「ウボウ アキャシャ ギャラバヤ オン アリキャ マリ ボリ ソワカ」
試しに合掌した状態で唱える。多分これで違う方の虚空の倉に繋がる。
「?」
頭の中が情報で埋め尽くされた。
情報に飲まれて頭がオーバーヒートする。
「危ない!」
灯とエリスに抱き留められて情報の海から解放される。体が傾いていた、どうやら倒れかけたらしい。
「ああ、すまん。」
二人に支えられて体勢を直す。
「何やったんです?」
「さっき収納した虚空収納なんだけど、正式名称は虚空の蔵って言って、あらゆる知識と情報が納められてるアカシックレコードってことになってるんだ。」
「預言者が見てるってあれですか?」
「そう、そっちに繋がるかと思って繋げてみたんだが。」
「情報過多でオーバーフローしたと?」
「そういう事、思ったよりすごかった。」
「無理しないでくださいね?」
「うん、そうする。」
「で、此処が例の採取地です。」
「これはすごいな・・」
「綺麗です・・」
完全な水源地だった、流れ込んでいる川は無い、水底の砂利を巻き上げながら水が湧いている。そしてそこから川に水が流れ出している、あれだけの水が常時ながれているのか、すごいな。思わず手を水に入れてみる、水温15度ってところか?大分冷たい。
「そしてこれが指定の採取する薬草です。ワサって言います、これの根っこの部分を一人袋一つ分です」
指差す先に見覚えのある葉っぱが浮かんでいる。
「ワサビだな。」
「ワサビですね。」
思わず二人で呟いた。
「ここの水底に埋まってるの引っこ抜くんですけど、葉っぱの上は水面に出てますけど、此処って結構深いんです。」
透明度が高すぎて深さの感覚が分からない。
「となると?」
「葉っぱ引っ掻けて引っこ抜こうとすると葉っぱだけ千切れるんで一番下の砂利の中にある本体を直接持って引っこ抜かないとならないんで、採るときは服を脱いで入らないとずぶ濡れで返ることになります。」
「わーい。」
棒読み気味に喜んでみる。
「水温低いんで上がった時に体乾かして温めるために焚火の準備してから入らないと後で泣きます。」
「やっぱ冷たいんだ。」
灯がちょっと困り顔で呟く
「凍るほどじゃないですけど、水源はこういうものなので。」
「そだね、じゃあ焚火の準備してくる。」
先に離脱して薪を集める。急いで集めないと水に入る時間が無くなる。
「ぎゃあ」
「冷たい」
そんな声が聞こえた、冷たいよなあ・・・
ある程度薪を集めて荷物を置いてある場所に焚火用に積み上げる。二人は全部脱いで水に入ったらしい、服も下着も全部置いてあった。二人とも裸で泉の中に半ば潜るようにして取っている、本当に深いらしい。
「さて、俺も入るか。」
二人に倣って全部脱いで入る。
「うわ、つめてえ・・」
思わず叫ぶ、水深は1mぐらい、水面に浮いている葉っぱを目印に潜る、目を開けても痛くない位のきれいな水だった、葉っぱの茎を伝って砂利の下の本体を掴んで引っこ抜く。見覚えのあるワサビだった、葉っぱの部分は長いが・・
「これはきっつい・・・」
足の指で引っこ抜くには微妙にやりにくいので結局潜って手で引っこ抜く、それを繰り返しながら二人と合流した。
「どれぐらい採れた?」
エリスが自分の採った分も合算して袋に詰め込む。
「これで2つ分採れたんで、もう1袋分ですね。」
「了解。」
そう言って潜り次の獲物を収獲しながら水の中で二人を見る、外で木洩れ日が差し込む中で水を感じさせないような透明度の水中で見る二人の裸身はこの上なく綺麗だった。
(天使だな・・)
内心そんな事を呟く、今となっては水の冷たさも感じ無くなって、この光景が見れるならいつまでも潜っていても良いと思いながら収獲作業をしていた。
「うう、寒いです・・・」
「同じく・・」
「さみい・・」
3人とも口元をガチガチ言いわせながら陸に上がってきた。
「ちょっと待ってくれ。」
そう言いながらいつものように木の皮にマグネシウムを削って着火する、エリスも魔法で着火できるらしいが、歯の根が合わない状態でカタカタしているので呪文の詠唱もできなかった。
「よし、着いた。」
火種が出来たので薪を投入して火を大きくする。
3人共タオルを巻いて焚火を囲む。
「近くないか?」
二人とも両脇に張り付いていた。二人とも現状体温が低いので冷たい。
「張り付いてた方があったかいのでその熱下さい。」
「同じく・・」
ガタガタ震えながらそんな事を言っているので体制はそのままにしておく
「冷え対策はこれか。」
二人の手を左と右で取って親指と人差し指の間のツボ合谷ごうこくを押す。
「反対。」
持っている手を入れ替えて同じように、
「首。」
大椎だいつい同じように親指でぐりぐりと。
「足」
三陰交さんいんこうくるぶしの上。
「指」
気端きたん」足の指先・・・
そんな事をしているうちに二人とも温まったらしく、震えが止まった。ツボの成果と言うより焚火の成果だろうが。
「温まった?」
「はい、ありがとうございます。」
「ツボって効くんですねえ。」
エリスは素直に感謝を、灯はツボ押しに感心したようだ。
「気休め程度だからあんまり当てにするなよ?」
「はーい」
「さて、服着て昼飯にするか。」
「そうですね。」
さっき買ってきたパンと干し肉、果物を食べる、さすがに昼間から酒は負担が有るのでエリスが魔法で水を補充する。泉の方は自分たちでばちゃばちゃやってしまったので結構濁ってしまったのだ。
「考えてみたら先に水飲んで入る前に汲んどけばよかったな・・・」
冷たい水でも結構脱水症状は出るのだ。
「そうですね、失敗しました。」
「そういや、その水補充ってどれ位できる?」
「この入れ物なら一日10回ぐらいは満タンに出来ますね。」
「5リッター・・・」
「少ないですか?」
「いや、十分と言うより便利すぎてびっくりしてる。」
「そうなんですか?」
「ゲームの中じゃ存在意義怪しい扱いだけど現実だと無いと困るLVの魔法ですね・・・」
灯も意味が分かったらしい。
「水の補給要らなくなるような衝撃だ。」
「役に立ちます?」
「立つ立つ、これで役立たずなんて言ったらそいつの頭を疑うぐらいの話だ。」
「良かった・・・」
エリスはその言葉を聞いて安心したらしく笑った。
「そう言えば、和尚さん水の中で潜ってる間結構こっち見てましたよね?」
気づかれていたらしい。
「ばれた?」
「バレバレです。」
灯はにやにやと笑っている。
「ご感想は?」
「二人とも綺麗で天使かと思った。」
正直に褒めると二人とも赤くなった。
「それは良かったです。」
「ありがとうございます。」
逆に俺のほうも聞いてみるか。
「俺のほうも見られてたようだけどどうだった?」
「こうして張り付いてるんだからこういう事です。」
「かっこよかったですよ。」
二人とも服を着た後も張り付いたままだ。
「それはありがとう。」
とりあえず抱き締め返すことにした。
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