第31話 疳の虫
「無事帰ってきたか、今日は大物ないのか?」
「そんなに毎回採れたら苦労しません・・」
村に帰ってきた所で門番の人にそんな事を言われる、そんなに毎回採れる訳ではない、今回表にぶら下げていないだけだが、わざわざここに入る前に取り出して偽装工作するのも大変なのでイノシシは収納したままである、そもそもあの大きさの獲物、クレーンや滑車無しで運べる物じゃない。今回虚空の蔵無かったら一部取り出しで放置もあり得た話だ。
昨日と同じようにギルドの裏に回って虚空の蔵から例の巨大イノシシを取り出して預ける。まだ熱が残っていた、保温できるのか?
「こんなもんよく運んできたな。」
解体担当の親父さんにも変な物を見たという目で見られた。
「無理やりです。」
昨日と同じようにエリスが答える。
「そりゃそうだ。」
「昨日と同じように肉半分持ち帰りで残り買取お願いします。」
「はいよ、じゃあこれで。」
木札を渡されたので、改めて表に回って採取してきたワサを納品する。
「お疲れ様です。」
受け付け窓口の人が対応してくれる。
「クエストの納品お願いします。」
「はい、確認しますので少々お待ちください。」
先ほどの木札と採取したワサを入れた袋を受け取って数え始める。
昨日も見た光景なのでエリスも改めて説明はいらないだろうと特に喋らない、やることが無いので改めて周囲を見渡す、相変わらず観察されている気がするが、最初ほどでは無い、作戦会議中だったのかテーブルに付いていた4人のうち一人がこちらを特に見ていたらしく目が合った。
とりあえず目礼しておく。
「よお、調子はどうだ?」
話しかけてきた、ギルド内で他の冒険者と接触するのは初めてだ。良い年のおっさんだ。
「順調と言って良いのでしょうか?組んだばかりですけど喧嘩も事故も有りませんし。」
当たり障りなく答える。
「それは何よりだ、無事ってのは一番大事なことだからな。」
人懐っこく笑ってくる、なるほど、この人は世渡り上手そうだ。
「所で昨日うちの力自慢が力比べで負けたって騒いでてな?ちょっと良いか?」
「何時の事です?」
身に覚えが無いので聞き返す。
「気づかれてすりゃいねえぞ。」
ガハハハと言う感じに笑いながらPTの一人に話しかける。
「昨日ギルドから出るときに扉で此奴と鉢合わせしただろう?」
促され、その先にある顔を見てうーんと考える、ああ。
「昨日すれ違った人ですか?」
それぐらいしか心当たりがない。
「ドアの押し合いで一方的に負けたんだとよ。」
「ああ、重いと思ったらそういう事ですか。」
「そういうことだ、是非とも再戦したいんだと、良いか?」
「何するんです?」
「手っ取り早くこれで頼む。試しに俺から。」
テーブルについていたメンバーが席を立ち、席が空き、テーブルの上に肘を曲げた状態で突き出してくる。腕相撲か。
「ああ、わかりました。」
荷物をちょっと不安げに観ているエリスの所に預けて、軽く呼吸を整え、構えている手に重ねる。
「合図は?」
「そっちの気分で良いさ。」
「はい、それでは。」
ギリギリと力を込められているのが分かる、うん、これなら勝てるなと素直に押し込む。
「だあ!」
ダン!
あっけなく相手の手の甲はテーブルに着いた。負けが粗方確定したところで相手は断末魔の叫び声をあげ、脱力して負けを認めた。勢いが殺しきれずに手の甲とテーブルがぶつかる音が響く。
いつの間にか静まり返った周囲の音が戻ってくる。
「半信半疑だったが確かに強いな・・」
腕をさすりながらそんな事を言ってくる。
「じゃあ、俺の番だ。」
本命らしいその男が、負けた男の入れ替わりに対面の席に着く。見た目の筋肉は大分強い。
「手加減しなくていいぞ?」
そんな事を言ってきた、手加減も何もあったものでも無いが。出された手を握り返して合図を待つ。
「どうぞ。」
「おう。」
押し込まれる、ミシリ、と言う骨が軋む嫌な感触が掌から伝わってきた。
「嫌な音しませんか?」
押された分押し返しながらそんな事を言う。
「負け惜しみか?」
顔を真っ赤にしながら返事が帰ってきた。
「いや、このままだと怪我しそうですのでどうしようかと。」
腕を固定したまま周囲に意見を求めるためにそんな事を呟く。相手は顔が真っ赤で必死になっている。
「まあ、ほどほどに頼む、怪我しても恨みはしないから。」
さっき戦った相手が状態を理解したのかそんな事を言って来る。
「じゃあ、そう言う事で・・・」
ぎゅうと力を籠めなおす。
「恨まないでくださいね?」
ゴキンと、本気で嫌な感触と音が鳴った・・・
「ぎゃあ。」
相手の腕が肘から嫌な方向に曲がった。
「まったく、毎回相手の強さ見極めた上でちゃんと負け方を選べと言っとるだろうが・・」
最初の相手がそんな説教をしつつ曲がった腕の手当てをしている。
曲がった手を真っ直ぐ正しい位置に合わせ固定して、もう一人で回復魔法をかけて治療。自分は骨折脱臼位なら治るのかと感心しつつその治療の様子を観察していた。エリスと灯はさすがに騒ぎが大きいと思ったのか不安げに横に張り付いている。
「ほら、治ったぞ。」
「すんません・・・」
先ほどより大分しおらしい様子で謝罪が出る。
「すまんな、嫌な役やらせて。」
「ええ、こちらこそすいません、加減失敗して怪我させてしまって・・」
こちらも思わず謝る。
「気にするな、さっき言った通り相手の力量も負け方もわからない馬鹿な此奴が悪い。」
「はい、所で、あの人って頭に血が上ると見境なくなる人ですか?」
「ああ、短気が過ぎて持て余してる。」
「ちょっと対策が有るんですが、試してみて良いですか?」
「多少でも効果があるんなら是非とも。」
「それでは、手を出してください。」
憮然とした様子で手を出してくる。
「アビラウンケンソワカ」
手の平に指で印を描く。白い紐の様な物がニョロニョロと出てきた。これ以上出てこないなと言うところでつまんで引っこ抜く。
「抜けるもんですね?」
長さ10センチほどの紐の様な物だった。普通糸のような物の筈なのだが紐サイズで出てくるのは驚きだ。
「なんだそりゃ?」
「疳の虫って言います、魔物の様なもんだと思ってください。」
何処に捨てようかと思ったが丁度いい火元が無い、こう言う物は燃やすに限るのだが。
「南無阿弥陀仏」
阿弥陀仏の真言を唱えると粉のようになって無くなった。
「これで癇癪が無くなったらめっけもんと言う事で。」
「おう、ありがとう、効果確認したらお礼するぜ。」
「楽しみにしておきます。」
「あんまり騒ぎにしないでくださいね?」
会話を切り上げてさっきの窓口に戻ると職員の人に窘められた。
「殴り合いしたかったら裏の広場貸しますので、職員に言って下さい。」
「はい、すいません。」
「まあ、あっちが騒いだのが原因ですし、あれぐらいなら良いですけどね?」
大丈夫らしい。
「で、今回の報酬ですが、ワサ3袋が銀貨90枚イノシシ半分で金貨2枚です。」
イノシシが結構高かった。それは犬系よりは美味しいと言う事だろうか?
「はい、報酬三等分でお願いします。」
ギルド証を3枚出す。
「はい、お預かりします。」
すぐに戻ってきた。
「おつかれさまです、では、これからも頑張ってください。」
「はい、ではまた。」
職員視点
エリス嬢の居るPTが前回初心者地帯から巨大なハイエナ持ってきたと思ったら、一日置かずに巨大イノシシを納品してきた、あの大きさの獣があの辺に出たとは聞かないのだが、何か持っているのだろうか?
さらに前日入り口でやはり押し負けたらしい力自慢の「深紅の翼」が和尚さんに絡んでいたが、あっけなくあしらわれて腕を折られていた、あれ、うちのギルドでは最強格の冒険者PTなのだが、形無しである、力関係が変わってしまうかもしれないが、そこまでギルドが干渉するものではない、これ以上大騒ぎにならないことを祈ろう。
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