第32話 反省会とサシ飲み
「何で手加減して負けてあげなかったんです?」
エリスが妙な事を言ってきた、男の子回路が無いと多分これは分かりにくい。
「俺が空気を読んで負けてあげればあの騒ぎなかっただろうと?」
何を言うかと確認する。
「わざわざ怪我させなくても良かったんじゃないかと。」
「全力で来いって言うんだからある程度全力で勝って見せないとああいうのは困るんだ。」
「そんなもんですか?」
「一種の礼儀みたいなもんだからな、男の子は勝ちを譲られたってなると後が怖い。」
そもそも腕相撲は握った時点でお互いの筋肉量は大体バレるのだ、最初の時点でこっちが固定してしまった以上、まず負ける状態ではない。
「あの段階で俺が喋りながら確認した時点でもう勝ってたんだ、あそこから負けて見せたら八百長で怒られるさ。」
「そもそもあの人達怒ってませんよね?」
灯が補足してくる。
「そだな、見た感じただの様子見で話のネタ以上の事無いだろうな。」
腕をへし折ったのは遣り過ぎではあるが、ルールの範囲である、治療はしていたし。
「でも、あれぐらいの怪我でも魔法で治るんですね?」
灯が感心した様子でエリスに確認する。
「怪我して直ぐ、骨折何かは正常な位置に戻して治療かければ結構簡単に繋がるんで、ああいう場では重傷っては言いませんね。」
「便利な世界だ・・・」
「魔法ってすごいですねえ・・・」
俺と灯が遠い目をする、しかしこういう便利なのあっても魔物相手に負けてるのか。
「あれ?それだとギルマスの足ってどうなってるんだ?」
膝があまり曲がらず、つっかえ棒のようにして歩いている。
「治療術使えない状態で戦場に駆り出されて膝に毒矢受けて患部腐っちゃったらしいです。抉り取った部分は流石に再生できなかったらしくて・・・」
「なるほど、限界はあるか・・・」
「内臓系も治療術利きが悪いですし、病気も治りません、死んだら戻ってこれません。」
エリスがぎゅうと抱き着いてはがれなくなる。
「わかったわかった、無理はせんから安心しとけ。」
頭を撫でておく。
「毎回やってると死亡フラグになりますよ?」
灯が余計なことを言ってくる。
「やかましいわ。」
笑いながら返しておいた。
昨日と同じように解体場から肉を回収、帰ってから義母上にイノシシ肉を献上。肉の風味付けにワサの葉っぱを散らしたところ大分評判が良かった。そうして夕食を終え、何時ものように皆で風呂にのんびり入っている、冷水での水泳は大分疲れたらしく、灯もエリスも眠そうであるし、自分も眠い、流石にこれでは手が出せないというか。性欲より睡眠欲が勝って居る、早く寝たい。
「エリスちゃんもしかして寝てます?」
「そうっぽいな。」
エリスが湯舟の中で抱き着いたまま寝息を立てていた。前回作った自作石鹸を使って体を洗っていた灯が洗い終えて湯船につかる。
「のぼせると困るから先に上がっとくな。ゆっくりしといてくれ。」
一緒に湯船に入っていたエリスの肌は既に赤くなっていた。
「はーい。」
先にエリスを抱き抱えたまま湯船から上がる。
エリスをタオルで拭いてバスタオルを巻き付ける、すでに動かないので起こさないように優しくだ、自分も拭いた後、寝間着を軽く羽織ってエリスを抱えて寝室に移動する、一緒にベットに横になった時点で意識が無くなった。
目を開けると左右灯とエリスに挟まれていた、二人とも眠っている。ベットは狭いのだが2台並べて布団を真ん中に敷くことで広く使っている、初日は無理矢理一台に纏まって寝ていたので矢鱈と狭かった。
窓を見るとまだ夜だ、時計を覗き込むとまだ夜の10時頃である、横になって2時間かそこらか、窓から見た夜空が結構奇麗だったのでふらふらと外に出る。
「どうした?眠れないのか?」
ギルマスが酒を片手に表のベンチに座っていた。
「早く寝すぎて目が覚めました。」
「丁度良いからちょっと付き合え。」
ギルマスが酒瓶とコップを構えて軽く振ってアピールする、何故か空いているコップが準備済みだった。
「はい。喜んで。」
今更だが娘をもらう側なのだから、親の愚痴ぐらいは聞いておかなくてはならない。
「先ずは一杯・・」
「はい、頂きます。」
ギルマスが酒を注ぐ、ギルマスのコップにはすでに酒が入っていた。
「「乾杯。」」
軽く掲げて当て、二人そろって一息に飲み干す。赤ワインだ。
「結構飲めるのか?」
「飲めるほどじゃないですが、ある程度は。」
「まあ酒は程々が一番だ。」
ギルマスが笑いながら空いたコップに酒を注ぐ、ギルマスのコップも空いていたので酒瓶を取り返してギルマスのコップにも注ぐ。二杯目は少しずつ飲むことにする。
「あいつ、エリスはお前から見て元気にやってるか?」
「はい、今のところ元気です。」
「それは何よりだ。」
「すいませんね、もうちょっと早めにこうして話しておきたかった。」
「なあに、今日まで話せなかったじゃねえか、細かいことは気にするな。」
「はい。」
「色々聞かせてもらっていいか?」
「話せる範囲なら、どうぞ。」
「何時からこっちにいるんだ?」
「いいとこ1週か2週間てところですかね、気が付いたらあの森の中です。」
「普通はあの森抜けるなんて自殺行為だ、エリスはそれなりにベテランの冒険者つけて緊急の依頼だったから入っただけで普通は入らねえ。」
「そんなに危険だったんですか?」
「こっちの村近辺は定期的に駆除してるからそうでもないが、深部に行くとゴブリンどころかオークやオーガ、トロルにドラゴンもいるって話だ、命がいくらあっても足りねえ。」
「なるほど・・・」
「うちのエリス助けたときはどんな状況だったんだ?」
「あの森彷徨ってる時にゴブリンの集落見つけまして、様子見てるうちに3人が運ばれてきました。」
「あいつらは生きたまま運ぶからな・・・」
「直接乗り込んでも自分が死にかねないんで、あの村の周囲全部火の海にして混乱してる内に乗り込んでどうにかエリスだけ助けられた感じです。」
「残りの二人は無理だったか・・・」
「ええ、既に血抜きどころかモツ抜き段階だったんで。」
「しょうがないか・・・」
お互い苦い顔をして手元の酒を飲み干す。
「ゴブリンキングは?本気で一騎打ちだったのか?」
「あのメンバーで戦えたの俺だけですから、ナイフに毒は塗っておきましたが、あとは勢いです。」
「勢いで倒せたら苦労しねえ・・・」
「その時に手に入れたのがあの槍です。」
「やたらとごついと思ったらそれでか・・」
「で、エリス背負ってひとまず離脱したら寝込み襲われて。」
「おい・・・」
「撃退して夜が明けたらエリスが魔力パスつないだからって話せるようになって。」
「ああ・・」
「ギルド証と荷物の回収のためにゴブリンの集落にもう一回行って。」
「まて・・・」
「ギルド証と荷物を無事回収できたんでそれで帰ってきたんです。」
「何と言うか・・・よく生きてたな・・・」
ギルマスが頭を抱えて呟く。
「これも御仏のお導きです。」
「よっぽどご利益あるんだなその仏・・・」
「自分では御仏のおかげかは不明ですがね。」
「で、エリスが結婚だなんだの言いだしたのはいつからだ?」
「こっちの村に着く一日前の晩ですね。助けた次の日です。」
「何と言うか、早くないか?」
「多分、勢いじゃないですか?」
「勢いで結婚か・・・」
ギルマスが遠い目をしている、コップが空になっているので注いでおく。
「エリスはともかく、婿殿としてはどうなんだ?」
「好意を向けられる分には嬉しいので、できる限り答えますよ。」
「そうか、ちょっと言い方が悪かったか、エリスのことは好きか?」
「好きですよ?」
「それなら良い・・」
ギルマスは手元の酒を一口飲み。
「これからはちょっとあいつの生い立ちなんだが、あいつにはつらい時期の話だから、確認とかはしないでくれ。」
「はい。」
「あいつの両親は冒険者だったんだが、エリスを一人残してクエストに出た切り帰ってこなくてな。」
「はい・・」
「それ自体は珍しい話じゃないんだ、エリスは小さいころだったんだがそれで色々たらい回しの後で路頭に迷っちまったらしくて、道端で物乞いしてたのを俺が保護してな、それ以来俺たちが育ててたんだ。」
「はい・・・」
大分暗かった。
「それで俺たちを呼ぶときに義理が着いてるし、ちょっと遠慮がある、出来れば此処を出たかったようなんだが、先立つ物も揃わなくて出られなかったらしい。」
「なるほど・・・」
「それでそんなギクシャクしてるところにお前らが来て安定した感じだ。結婚については今更反対も何もない、あいつも婿殿には良く懐いてる様だ、ただ大事にしてやってくれ。」
「はい、それはしっかりと。」
「それさえ守ってくれれば何時まででもいてくれて構わんさ、毎日のように持ってくる肉のおかげでこっちの嫁の機嫌も上々だしな。」
「お世話になります・・」
「それと毎日の料理が精力剤てんこ盛りでとっとと孫をよこせと家のが騒いでる件だが・・・」
「ええ・・・」
「あれは割と本気だ。俺と子供出来なかったから代わりに孫育てたいらしい・・・」
「本気だったんですか・・・」
「どっちの子供でも孫だ、婿殿も嫁殿も家の子供だと思ってくれていい。」
「はい。」
「何なら子育て預けたまま出かけてくれてもいいぞ?」
「その時はお世話になります・・・」
「この家狭かったら隣の土地空いてるからそっちに建ててくれても構わん。多少なら援助する。」
「そこまで世話になるわけにも・・」
「今すぐって話じゃない、その内だ、頭の片隅にでも置いておいてくれ。」
「はい。」
コップを傾けて酒を空にする、瓶のほうも空の様だ。ギルマスも最後の一杯を飲み干す。
「今日はこの辺でお開きだな。」
「はい、おやすみなさい。」
あとかたずけした後で部屋に戻り、横になったところで、灯が目を開けた。
「義父さんとは話し弾みました?」
「今更反対も何もないから大事にしてやってくれと、後は好きなだけ居てくれと、孫よこせも本気だしなんなら土地やるから家建ててもいいぞと。」
「まあ、エリスちゃん蔑ろにする筈もないから何も問題ないですね。」
後半はスルーするらしい、まあ急いでああだこうだすることではない。
「そだな、灯もちゃんと娘扱いだから甘えてくれていいとさ。」
「子供出来たら頼るとしますね。」
「それが一番喜ばれるな。」
「どうします?します?」
灯が胸元をはだけさせる。
「いや、もう遅いからこれだけでいい。」
そのまま抱きしめて横になる。目を閉じるとそのまま意識が途切れた。
「まったく、誘われたら答えるのも男の甲斐性ですよ?」
ちょっと拗ねた様な言葉が夢枕に聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます