第33話 緊急指名と坊主の仕事

「ああ、丁度良かった、指名でガンダーラに緊急依頼出てます、出来れば参加お願いします。」


「緊急?」


 ギルドに入った所でどうやら名指しで声をかけられている。受付の人が手をこまねきしていた。


「緊急依頼、何かあったんでしょうか?」


 エリスも心当たりがないようで小首をかしげている。


「そんなアテありましたっけ?」


 灯も言わずもがなである。


「まあ、行かなきゃわからんのだろ?」


 とりあえず話を聞こうと受付に向かった。




「この間の奥の部屋に依頼人とギルマスが居るんで、そのまま話してもらった方が早いと思います。」


 そう言うギルドの職員に奥の部屋に案内される、職員がこんこんとドアをたたく。


「失礼します、丁度窓口にガンダーラの方々がいらっしゃったので連れてきました。」


「ああ、入ってくれ。」


 ドアの向こうからギルマスの声が聞こえる。それではーという様子で職員が後ろに下がったので、ドアノブをつかんで戸を開ける。中に居たのは。


「神父さん?」


「はい、また会えて何よりです。」


 前回、家に来た教会の神父さんだった。




「この村の近くには水源が二つあってな、山側と沼側にそれぞれ一つあるんだが。」


 ギルマスが説明を始める。


「沼側の水源は農業用水に使ってて教会の近くの川につながってるんだ。」


 地図を広げて川の流れを説明する。


「最近川の水が濁りまして、それだけなら良かったんですけど、川の周辺に生えていた草や川の水をかけた畑の作物が枯れ始めたのです。」


 神父が途中の説明を引き継ぐ。


「それで、川の水使用禁止が言い渡されたのが昨日でな。ギルドで水の成分調べたらよくわからない毒物が出てな。」


 瓶に入った濁った水が取り出される。分かりやすい紫色だ、何でそんな色になってるのやら・・


「どうやら瘴気含んだ毒物らしくて浄化魔法使えるならある程度無毒化できるようなんだ。」


「ある程度ですか?」


「そもそも浄化魔法使えるのが圧倒的少数派でな、この村ではこの神父さんしか居ないんだ。」


「恥ずかしい話ですが、私では力が足りないようなのです。」


「そこで前回ゴブリン集落潰した時に広域範囲の浄化魔法使ってたって話が出てただろ?」


「そんなこともありましたね。」


「俺がいない間に家も盛大に浄化されてて俺が帰ったときに驚いたり。それの発動感知したもんだからこの神父さんが走って行ったりしただろ?」


「ありましたね。」


「そんなこんなで白羽の矢が立った訳だ、試しにこれ浄化してみてくれないか?」


「良いですけど、浄化確認はどうするんです?」


「これは特殊な薬混ぜてあって、毒物や汚れ、瘴気に反応して色が変わるんだ。浄化されれば分かりやすく濁りも取れて透明になるはずだ。」


「それにこの場でなら私が浄化の発動は判ります。」


「なるほど。」


 紫色に濁った水を受け取っり、じっくり見た後、目の前のテーブルに置いて合掌して目を閉じ、お経を上げてみる。


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・」


 大分透明度が上がった。


「簡単にだとこんな感じですね。」


「それだけでも立派なもんだ、もっと強いのももあるんだろう?」


「ちょっと時間かかるので、少々お待ちください。」


 居住まいを正してもう一度、今度は般若心経だ。


「摩訶般若波羅蜜多心経・観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識・亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智、亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罜礙、無罜礙故、無有恐怖、遠離・一切・顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。


 即説呪曰、羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。般若心経」


 一周分経を上げ終え、目を開けて居住まいを崩す。


「こんなもんでどうです?」


 色の付いて居た濁り水は無色透明になっていた。


「・・・いや、圧倒された。まさかここまで強いとは思わなかった。」


「これでは私の立場がありませんね。」


 ギルマスと神父さんが驚きの表情で固まっていた。それに対して横にいた灯とエリスが得意気に胸を張っている。


「私の誇張じゃなかったですよね?」


「いや、あの報告は大分誇張だったと思うぞ?」


 得意満面のエリスに思わす俺が突っ込む。灯は得意気に笑っている。


「こういうの当人には判らないんですよ。」


 ここで俺が突っ込みを入れてもあんまり意味がないらしい。


「これなら私が行かなくても安心ですね、出番が有りません。」


 神父さんが感心しきりという様子で全部預けてくる、それでいいのだろうか?




「で、最終的には何するんです?」


 改めて聞いた、結局水が濁っているとしか聞いていない。


「この川に沿って上流を目指して濁りの原因の調査、出来れば除去を頼む。」


 予測通りの依頼内容だ。うなずいて置く。


「依頼料としては手付で金貨1枚、成功報酬で4枚追加だ。」


「大分高いんですね?」


「どこまで上流に上がればいいかわからんし、受けられるのは現時点ではさっき確認したように広域浄化できる和尚の居るガンダーラのPT以外居ないんだ、多少高くても仕方ない。遅くなったら飲んだ動物や人が死にかねないし、畑の収穫が減ったら最悪冬越しもできずに目にも当てられん事になる。」


 直接的な死因より経済状態が悪化した状態のゆっくりした死は直接的な物より被害が大きくなる。


「なるほど。」


「逆にこれが限界値だ、何が出ても上がらんからな。」


「そこまで欲の皮つぱってません。」


「一緒に何か出てそれ狩って納品する分には大丈夫ですか?」


 エリスが挟まってきた。


「それは別枠だから好きなだけ狩って来てくれ。」


「じゃあ大丈夫です。」


「うちの財務担当が大丈夫らしいんで受けます。」


「受けてくれるなら何よりだ、たぶん日帰りとはいかないから準備はして行ってくれ。」


「それじゃあ遅くなると伝えておいてください。」


「おう、気を付けてな、死ぬんじゃないぞ。」


「はい、それでは行ってきますね。」


 エリスがいつの間にかクエスト受諾の書類に書き込んでいる、出発予定が今日で帰還予定が3日後になっていた。


「二泊予定?」


「沼側の水源は昨日行った山側の水源より奥になるんで、それぐらい見込んだ方が良いです。」


 エリスが地図を指さして。沼の部分から川を遡って行く。


「大体この辺で川が地図からは消えるんですけど、水源はもっと奥ですから。」


 何もないところをなぞって指を止める。


「確かこの辺だったはずです。」


「なるほど、遠いな・・・」


 昨日の水源よりも目測で2倍以上はありそうだ。


「それより手前が問題の箇所なら良いんですけど。最悪は想定しておかないと・・」


「そうだな、食料大目に補充していこう。」


「そういえばギルマス。この地図もらえます?」


 エリスがギルマスに確認する、そういえば地図は欲しかったんだよな。


「直接呼ぶときはお義父さんと呼んでくれ・・・」


 ちょっと悲しそうな顔でそんなことを言う。


「公私混同しないんじゃなかったんじゃ・・・じゃあ、お義父さんこれ下さい。」


 エリスは一瞬無情に突っ込んだ後でお義父さんの要求をのみこんだ。


「しょうがないから選別にしておく。大事に使ってくれ。」


「はい、ありがとう、お義父さん。」


 多分俺や灯から言うよりもスムーズだったのはおそらく確定だろう。

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