第160話 吹き出る寂しさ

 外の日差しが、ガラス越しに部屋の中を照らし始める、この家では当然の様にガラスの窓が有るが、実家では明り取りの窓は木の格子戸で、明かりを取るためには寒くても暑くても窓を開けなくてはいけないので、基本暗かったし、隙間風が凄くて、冬は兎に角寒かった。

 それはそうと、閉じた瞼の内側からでも明るくなったのを感じる、目覚めの時間だ、この布団の温かさは名残惜しいが、目を覚まさなければ、其れでも少しの間だけと、目を閉じたまま布団の中でもぞもぞと動いて見る、そうして居る内に段々と目が覚めて来る、もう直ぐ寒くなる時期だと言うのに、何だか何時もより温かい布団が心地良い、最後の仕上げとして、布団の中で大きく伸びをした。

 むに?

 ?!

 何時もと違う感触にびっくりして目を開ける、その触れた手の先には、和尚さんの身体が有った、思わずぎょっと目を剥いた。

(ええ?!)

 思わず変な声が出そうになるのを、必死に押し留める。

 いや、何でこんな事に?

 昨日有った事は何だった?

 と、必死に記憶を手繰り寄せる。

 えっと昨日は・・・

 一緒にお風呂と灯さんに御膳立てされて、其れだと言うのに、震えて動けなくなって、優しく脱がされて、抱き締められて、洗われて、お湯の中でも優しく抱きしめられて、興奮してしまったのか何なのか、自分でも良く分からない、弱気と泣き言を口走り始めて、口付けをしてもらって、一生此処に居ても良いって言われて、子供も産んで良いって・・・

 其処まで思い出して、其処で記憶が途切れて居る、その後は?其処が大事だと言うのに。

 凄く嬉しかったのは覚えて居る。

 でも、その後、自分はどうしたのか、ちゃんと返事は出来たのか?

 横で寝て居る和尚さんは、安らかに寝息を立てて居る、一緒の屋根の下で暮して居るが、この状況は初めてだ。

 寝所を共にして七日あれば夫婦として認められると言う、一般庶民の婚姻システムを思い出すが、7日も一緒に居られるのだろうか?

 寝顔を覗き込みつつ、先程触れた手を、そうっと伸ばす。

 初めて自分から触れたその肌は、冒険者の人で筋肉質だと言うのに、私より傷も少なく、意外と柔らかかった。

 いや、怒られないだろうか?

 昨日は内心パニックで自分から触れる事なんて無かった、何をしても怒らない人に見えるけど、どの辺が境界線なのだろう?

 いや、怒らせる気は無いし、万一怒らせたら何をすれば良いのか判らないけど・・・

 そんな内心ビクビクしながら、意外と滑らかで柔らかな肌の感触と、体温を確かめる、先程まで、目を覚ますまでの記憶が無いのが残念だ、私よりも温かい、この人の体温が心地良い、抱き締めてもらったまま眠りに落ちる事が出来たら、どれほど幸せだろう?

 そんな、昨夜の自分自身のみっともない姿を棚に上げて、理想の形だけ、要求ばかりが高く具体的に成る。


 でも、もう日が登って来ているので、御飯の準備の時間です、起きなくては・・

 そんな事を考え、断腸の思いで、離したくないと主張している手を放す、また今度・・・

(今度って何時でしょうね?)

 そんな言葉が不意に浮かんだ。

 我ながら未練がましい、次回は有るのだ、多分・・・

 謎の寂しさが噴き出し、泣きたくなる。

「何で泣いてる?」

 和尚さんの目が開いて居た、起こしてしまった?

 咄嗟に手を引っ込めて、逃げようと・・・

 がしり

 しっかりと手を掴まれてしまった、振りほどけば放してくれるかもしれないが、しっかりとつかまれているので無理だと思う。

「あの、ごめんなさい・・・」

 思わず謝る。

「何を謝る?」

 困り顔で聞いて来る。

「起こしてしまった事。」

「謝られても困る・・・」

 更に困り顔が深くなる。

「じゃあ、勝手に触った事・・・」

「謝る要素になってない・・・」

 余計に困り顔で返された。

「昨日何もできなかった事・・・」

「だから謝る必要性が一切無い・・・・」

 私は変な事を言って居るのだろうか?

「少なくとも俺に限っての話しなら、起きてる間だろうが寝ている間だろうが、触ろうと、撫でようと、抱きつこうと、キスしようと、何の問題も無い、むしろその泣き顔の方が問題・・・」

 キスして抱き着いて触って良いの?

 と、その言葉に驚くが、私の泣き顔自体は、自分の中では良くある事なので、其処まで気にしなくてもと思う、助けられてからは辛くて泣くと言う事は無くなったが、その直前までは常に泣いて居たと言うか、抜け殻だったのだと思う。

「寂しい時でも、何でも無い時でも、これぐらいなら何時でも大丈夫だから。」

 何時もの様に抱き締められる、只々優しく、ゆっくりと。

「で、今度は何がそんなに悲しかった?」

 優しく聞かれた、子供をあやす様に、背中をぽんぽんと叩かれる。

「折角こんなに近くにいる機会なのに、結局何も出来なくて、昨日の返事も昨日の返事もきちんと出来て居たのか覚えて無くて、次こんな機会が有るのか怖くなって、寂しくて・・・」

 改めて感情を言葉にすると一緒に涙が溢れて来た、同時に、冷静な部分が、自分の子供っぽさに呆れる、改めて考えるほど子供っぽい、自分はもう成人済みだと言うのに、この駄々をこねる子供の様な思考は何なのか・・・

 自分自身が呆れて居るのだが、この人は、呆れた様子も無くただ抱きしめて居てくれる。

「返事はしっかり貰ってる、良い笑顔だった。」

「よかった・・・」

 その一言に安心する、だが笑顔って一体・・・

「それと、これっきりって事も無いから安心して良い。」

「はい・・」

 一つ一つ、丁寧に私の話を聞いて答えてくれている。

「じゃあ、如何すれば寂しくない?」

 優しく聞かれる。

「毎日、もっといっぱい抱き締めて下さい。」

 この要求は子供っぽくないだろうかと、余計な心配がかすめるが、この人は馬鹿にする様子も無く、只優しく抱きしめて居てくれる。

「抱きしめてほしかったら、近くで手を広げて待っててくれれば良いから。」

「キスも・・・下さい・・・」

 次々と叶えられ、調子に乗って、段々と、自分でも無茶な要求を始めて居た。




追伸

ちょっと長くなったので一旦切りです。

クリスは寂しいとか辛いとか考える余裕も無しに生きて来ていたので、こう言った感情は、本人が認識できていませんでした。

和尚達と生活するようになって色々余裕が出来た為、初めてこんな事を考えるようになったので、向き合い方も何もかも知らなかったんです。

ある意味、合った時点のエリスよりも、その線では幼いです。

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