第97話 怒る灯と、適切な出番

「まったく、生まれる時は神聖な物なんです、大事な時なんです、邪魔するような馬鹿は馬に蹴られて死ねってんです。」

 何時になく灯の怒りが激しい、初めて聞くような口調で怒りを露わにしている。

 怒りに震える灯の顔が鬼っぽい、角や牙が見える気がする。周囲は暗闇なので其処まで見えないのだが、灯の纏う空気が鬼気迫ると言う状態に成って居る。

「もうちょい落ち着け、角が生えるぞ・・・」

 鬼子母神(きしもじん)の原形はインドでシヴァの神妃デーヴィー、狂相ドゥルガー、パールヴァティー、カーリー等の女神を内包して鬼として顕現する、そして、子を守る神としての神性が怒りを膨らませているのだろう。多分、加護に付いて居る鬼子母神が強すぎて引きずられている。

「生えません!」

 大声を上げたことで少しは落ち着いたようだ、先ほどの鬼のような気配は霧散している。そんなこんなでギルドに到着、先ほどの掛け合いで息を整え、既に集まって居た冒険者と合流する。ギルド前にはかがり火が焚かれ、職員と冒険者、不安な顔をした一般市民が集まって居た。

「来てくれましたか、ギルマスは?」

 ギルド職員が此方を認識して、近づいて来た。

「今子供が生まれて、親子で祝福している頃です、直ぐに来るとは思いますが、遅刻は大目に見て下さい。」

「突然すぎる襲撃ですからね、其れはしょうがないです、深紅の翼のメンバーは第一陣として既に現場に出ています。」

「襲撃は何処から?」

「魔の森からです、空堀と塀の強化をしておいて助かりました、火薬玉と目潰し玉の準備も、大分マシに戦えるはずです。」

 火薬玉は最終的にギルド側で量産してもらっていた、目潰し玉は、畑で唐辛子の様な物、山で山椒のような物が手に入ったので、焼き物屋で火薬玉と同じ様な薄い容器を作り、ぶつけた衝撃で割れる様にして、それぞれ粉末状に磨り潰して中に詰めている。これもギルドに頼んで量産していた。

「役に立っているなら何よりです。」

「配置に何処か希望は有りますか?ガンダーラのメンバーは出来れば遊撃としてお願いしたいのですが。」

 遊撃なら丁度良い。

「俺たちが出来るのは遊撃か拠点防衛しか有りませんから、丁度良いです。」

「じゃあ、行って来ます。」

「あ、ちょっと待って!!」

 現場に向かおうとした所で、急いで走って来たアカデさんに呼び止められた。

「どうしました?」

「キングとクイーンの臭腺らしき部分から精製したゴブリン寄せです、他の人には預けられませんが、貴方なら大丈夫だと思います。」

 小瓶に入った少量の液体だった。

「今は駄目です、此処で寄せたら酷い事に成ります。」

「ああ、すいません。」

 何気なく確認の為に開けようとして窘められる。

 取り合えずチャック付きポケットの奥に放り込んで置く。

「じゃあ、今度こそ。」

「はい、ご武運を。」

 そう見送られて戦場に出た。


「来るならもっと固まりやがれ!玉が勿体無いじゃないか!」

「こっち来たぞ、ぶっかけろ!」

「急ぐなもっと寄せろ!」

「こっちはとっとと打て!」

 罵詈雑言が飛び交う防衛線だった。夜中なので暗いが、月明かりと篝火で最低限見通せる。

 因みに、火薬玉を投げようとしているが丁度良い密集地帯が無い。

 お湯を沸かして壁にとりついた物にぶっかける防衛線お約束の風景。

 引き寄せてから打たなければ届かないのに射程距離外で弓を飛ばす。

 初心者が震えて矢を放てないと言う図である。

 見た所、未だ上までは来ていない、余計なことを話す余裕も有るようである。

「実際見ると酷いですね・・・」

 灯が現場を見てげんなりと言う様子で呟いた。

「おう、和尚も来たか。」

「来ない訳にも行きませんから。」

 クマさんが此方を見つけて話しかけて来た。

「見ての通りだ、まーだひよっこばっかりで使い物に成らん。」

「大分余裕ですね。」

「恐らく第一陣の捨て駒だ、今の内にひよっこの教育に使って、恐らく来る第二陣の本隊と、最後の大物が来るまでに馴らせるか、今休ませている中級と上級共に交代させる。」

「錬度低いと思ったらそう言う事ですか。」

 見た目に寄らず、大分冷静に見ているようだ。

「長期戦を見据えないと後半やってられん。」

「ごもっとも。」

「さて、何処にボスが居るか判るか?」

「流石に暗くてどうにも・・・」

 そう言いながら、暗闇に目を細める。取り合えず腿の投擲用小刀を抜いて構え、気になる部分に投げつけた。

「・・・・南無八幡大菩薩!」

 暗闇に小刀が吸い込まれて消えた。

「殺ったか?」

「当たってたら良いですね?」

「まあ、アンタなら当たってるだろう。」

 信頼されたものである。

 同様に何本か投げて置く、之で幾つか減らせていたら万々歳だ。

 この小刀は結構な本数を準備していたので、こういう時ぐらいは大盤振る舞いである。


「近接武器の出番が無いですね・・・」

 灯が不満気に呟く。

「下手に降りたら誤射でやられるからな、未だ出番じゃない、先は長いから、近接組は夜明け前までは休憩だ。」

 クマさんが律儀に答える。

「急いで出てきた意味が・・・・」

「戦場ではそんなもんだ、夜目が利くなら先に降りても良いが、ゴブリン共は人よりよっぽど夜目が利く、照明弾の魔法使えるのが居れば良いんだが、そう都合の良い人材は居ないからな。」

「魔法使いは居ないんですね。」

「居ない事も無いが、此処には居ないから無い物ねだりだ。」

 大分魔法人口は少ない様だ。

「それじゃあ、一旦休憩しておきます。」

「ああ、出番に成ったら呼ぶから、其れと・・・」

 不意に足元に矢が突き刺さった。

「ちゃんと物陰じゃないとこう言うのが飛んで来るからな、注意しとけ。」

「はい。」

 灯が青い顔で頷いた。

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