第212話 馬車の中での会話(役人視点)
各地で流行り始めた黒皮病の治療の為に心当たりであるPT、ガンダーラを最寄りの流行点に送り込むために、自ら赴いて送り届ける事に成った、下手に使いの物を出すのは非効率的と言うか、自分の目で確かめるのを信条として居るからだ。
そもそも手下を信じ切れない分も有るのだが、こいつ等の扱いは自分で見てからじゃ無いと怖いと言うのが正直な所だ。
「これ塗って置いて下さい、念の為の病気避けです」
馬車の中で和尚が小瓶を取り出し、此方に渡して来た。
「どんな薬です?」
一先ず受け取り、光に透かして小瓶を見る、薄い黄色の半透明な液体に、色々な草らしいものが沈んでいた・・・・
此方は予想外の物を出して来るので不意討ちで驚く前に、先ずは詳細を聞く。
「殺菌作用、病気避けになる香草やら薬草と、酢を混ぜた塗り薬ですが、飲む事も出来ます、レスキュービネガーと呼ばれます、これを塗って置けば病がうつらないと言われ居て、服に振りかけるだけでも効果が有ると言われます。病が故郷の物と同じと言う保証は有りませんが、気休め程度でも無いよりマシです」
・・・・既に特効薬の一種では無いだろうか?
「こんな物が有るのに薬が無いんですか?」
思わず意味が解らず聞き返す。
「病がうつらないようにする事と、病を治す事は別です、病の元を身体に入れなければ病にはかかりません、私の故郷では病を治せる薬だけを特効薬と言います」
条件が厳しい。
「この酢のレシピも教えて下さい、今直ぐに」
思わず飛びついた。
「はい、まあ料金の内ですね」
メモ用紙を取り出し、さらさらと迷い無くレシピを書き込んでいく。薬と言うには確かに単純な製法だが、こう言った物は手間の問題では無い、効果こそが正義だ。
正直この病の広まり方の法則すらわからないのだが、この口振りだと知って居そうだ。
「もしかして、うつり方、広まり方も知って居ますか?」
メモを受け取りつつ、半信半疑で聞いて見る。
「あくまで故郷での話ですが、齧歯類・・・鼠(ねずみ)と蚤(のみ)ですね、病を持った鼠の血液を蚤が吸って、其の蚤が人の血を吸う、その時に蚤の中に有る病付きの血液がほんの少し混じるんです、若しくは単純に噛まれてもうつります、それが獣から人にうつる条件ですね」
さらさらと立て板に水が流れる様に質問の答えが返って来る、どうやら人選は間違えて居なかった様子だ。感心すると同時にこの人物が敵対者でなくてよかったと後ろ寒くなる、この知識を悪用された場合、どんな事が起こったのだろう?
「獣から?」
「だから、鼠の天敵であるこいつらが居ます」
各々が膝の上に居る猫を撫でてアピールする、猫達が呼んだか? と言う様子で揃って顔を上げる、其れで連れて来たのか・・・
「愛玩用じゃないんですね?」
てっきりペットかと思ったのだが、違ったらしい。
「猫には猫の仕事が有ります」
「成程・・・」
「当然ですが、人から人にもうつります、咳やらクシャミに含まれる呼気や飛沫、唾みたいな水滴でもうつります、マスクと手袋は極力外さないようにしてください」
「この薬は?」
「あくまで蚤除け、虫除け、鼠除けです、奴らはこの匂いが苦手なのと、皮膚に付いた分はコレで多少殺菌できるだけですね、出来れば全身に塗って置いて下さい」
「成程、何でも予防できる訳では無いのですね?」
ある程度納得する、確かにそう言われると大したことは無い物のように感じる。
十分大した事なのだが・・・
「外に居る物を殺す分に手加減は要らないので楽です」
「そんな問題ですか?」
「人の体内に居る分は、人を殺さず、病だけを殺す物を探さなければいけませんから」
最早意味が解らない、フルプレートメイルを着た兵士相手に、鎧を傷つけず中身だけ殺す方法を探すような物だろうか?
寧ろ、そっちも知って居そうだが、そっちの方が簡単ですと言いかねない。
「有るのですか? そんな都合予良い物質が?」
「これから探します、前回の鉛用の薬もそんな都合の良い物質ですよ」
具体例を出されて納得する、確かにアレはびっくりするほど都合が良かった、その後にこやつの妻であるアカデによって発表された論文「目に見えぬ生き物たちの脅威の能力」によって学会が騒ぎに成った、実例と後ろ盾が無ければ只のトンデモ理論として一笑にふされるのだが。非公式では有るが其れで作られた薬が王族に使われた事、田舎領主では有るのが、最近出世した(させた)結果、曲がりなりにも伯が付くギルの後ろ盾のお陰で無視できない形と成り。思った以上に影響が有ったが、応用方法が今一解らず、未だ良く分からない理論とされて居るのだが・・・
「間に合いますか?」
各地の国力が決定的に殺がれる前に間に合って欲しい所で有るが・・・
「最終的には此奴の活躍と、運次第です」
和尚がその妻であるエリスのが持って居る杖の飾を指先で軽く叩く。
意外と妻頼りなのだろうか?
「あ、開けるのは猫達が居ない時にしてください、匂いが強い間は嫌がりますし、動物には毒性が有ったりします」
何気に瓶を開けて匂いを確かめようとした所、そう窘められた。
「そんな物ですか?」
「そんな物です」
その後、杖の飾の一部が切り離され、蟲の様な形態で猫達と一緒に馬車から外に消えて行った。
あの飾りは一体・・・・
質問した所、故郷に居る生き物だとはぐらかされた、もし本当だとしたら、この二人の故郷は一体どんな事に成って居るのだろう?
最寄りの最前線である教会に和尚達を送り届けた後、改めて個人行動に移る。
この地のギルドに寄り、先程手に入れた「レスキュービネガー」のレシピを複製してコスト度外視でオウルを飛ばし各地の研究機関と各地のギルド、教会の本部に送る、之だけでこの疫病が収まるとは思えないが、先ずは第一段階だ、多少でも効果が有ったのならば、次の段階、特効薬の指示に対する不信感が薄れる為、希望的観測では有るが、頭が固い連中でも動いてくれるだろう。
後は、この地の領主に話を通すか。彼奴等を使うに当たって色々予防線は張っておきたい。
しかし、此方の要請に対して、余り仕事して居ないようだし、どうにかしてしまおうか?
補足説明
・レスキュービネガー若しくはフォーシーフビネガー、泥棒酢
ペストで一家、集落単位で全滅する様な状況で、病人とペスト鼠や蚤が闊歩する中、4人の泥棒が平然とペストにかからずに火事場泥棒に勤しんでいた時に使用していた予防薬。正確には虫除け、服などに振りかけて使う。
泥棒達が逮捕された時に、お前らの罪を免除する代わりにコレの製法を教えろと言う事に成った曰くの有る物。
冤罪の魔女狩りで薬草・薬剤知識が不足する中、ある意味救世主扱いされた皮肉な薬。
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