第188話 番外 修業期間の回想

「「「「1! 2! 1! 2!」」」」

 ぶんぶんと音を立てながら同期の修業僧達と揃って槍に見立てた6尺棒を振り回す、現在地は修行寺に有る道場だ、年頃の若い修行僧はどうしても性欲的な物も溜め込むので、武術的な物をやって幾らか運動で解消しろと言う事で、修行の一部に組み込まれている。この修行寺は、かの有名な槍の宝蔵院、胤舜所縁の地と言う事で、武術を組み込む所以も有ったらしい。

 小さい頃世話に成った地元の寺も同じ系列だったので、寺の境内で小さい頃に同世代の子供同士で遊んで居た所、住職が張り切って子供達のチャンバラごっこに混ざり、手の付けられない大暴れをし、でっかいガキ大将扱いされたと言う愉快な出来事も有ったりするが、まあ今は別の話だ。

 武術の鍛錬と言う物は一種の苦行にも似ている、只何も考えず、適切なタイミングで勝手に身体が動くように成る迄、只管に基本の動きを繰り返すのだ、子供の頃は本当に遊びの延長で、素振りや型はそこそこに、その住職とのチャンバラごっこだったが、大人になった今では、改めて素振りからと言う事に成って居る。

「一挙動!」

「「「「はい!」」」」

 これは所謂早い素振り、一つの挙動で踏み込み武器を振り、次の挙動で元の場所に戻る。

「1! 2! 1! 2!」

 掛け声に合わせてドンドンと揃って踏み込みで音を鳴らしながら武器を振るう。

 これは掛け声を出す余裕は無いので、師範代の声に合わせて動くだけだ。

「素振りは其処まで! 次! 分れて型!」

「「「「はい!」」」」

 余計な事を考えながらも、染み込み覚えた動きで身体は動き、時間は過ぎて行くが、次は先に打ち込む仕太刀と、其れをいなし、受け止め、打ち返す打ち太刀と言う型稽古だ。

 一般的に、打ち太刀は先に仕掛けて負ける役、仕太刀は返し技で勝つ役である。

 基本遅い動きで寸止めの約束稽古だが、刃が無くとも防具は無い、下手にぶつければ怪我をする稽古だ、そんなぼんやりてして居ると怪我人が出る、公開稽古で演武をする師範代の方々の指の本数が足りなかったり、変な曲がり方をしているのも珍しい話では無い。

「一本目!」

「えい!」

 最初は其の掛け声と共に首元に突き出される棒の動きに合わせて、自分の持って居る棒を横面に合わせて軌道を逸らし、下から半回転させて石突き側で相手の首元を狙う。

「やあ!」

 最後に止める瞬間に掛け声で合の手を入れる。

 慣れていないとエライ怖いし、ちゃんと動きをお互い覚えていないと怪我をする。

「次! 二本目!」

「えい!」

 次は大上段からの振り降ろし、槍と言う物は、突くよりも大上段から叩く者でも有るので、良くある型だ。

 そもそも対槍だけでは無い、対刀でも、短刀でも、二刀流も有るので、型は幾らでもある。

 これは間合いを見切り、一歩下がり間合いを外して、改めて自分から飛びこむ型だ。

「やあ!」

 先程と同じく、首元に切っ先を寸止めで突き立てる。

 基本的に、打ち太刀側は眉間や首元、胸元の心臓の辺りを狙う、こうしてみるとエライ物騒な物だが、武術の世界はいかに相手を殺すかの術理で有るので、慣れてしまえばそんな物だ。

 そして、返し技で殺した後、残心を取り、形だけでもしっかり相手が死んだ事を確認する事を忘れてはいけない。

 基本的に、実戦では急所である眉間や頭部、心臓を撃ち抜いただけでも未だ即死せずに動く物だし、首の脊髄を切り飛ばすかへし折る以外は次の動きが有る物だ、相手がしっかり死んだ事を確認する迄は次の動きには移れない。

 返し技の後、更に返し技の流に入り、変な怪我をする事も有るのだ。

 尤も、今回は技構成が決まって居るのでそんな事は無いのだが。

「三本目!」

「えい!」

 真っ直ぐ突き出された棒を、自分の棒を瞬時に横に構えて上に逸らし、下を潜って45度返して切りつける。

「やあ!」

「入れ替え! 一本目!」

 仕太刀と打ち太刀の入れ替えだ。

「えい!」

「やあ!」

 攻守が入れ替わる、流れは同じだ。

 段々と息が合い、速度が上がって行く、段々と掛け声無しで合わせる様に成る。

 更にいつの間にやら武器に当たる部分は手加減や寸止めが無くなって行く。

 其れでもお互い怪我しない様に最後の寸止めは忘れない。

「入れ替え! 七本目!」

 時々順番が変わるのも良くある事だ。

 大上段の振り降ろしを、自分の振り上げで掠らせて軌道を逸らし、踏み込んで間合いを詰めて反対側の石突き側で打ち込む。

「次!・・・・」

 次々と指示が出る、最終的に、修業僧達が揃って力尽き、この師範代が「今日は其処まで」と言うまでは之が続くのだ。


 数か月後。

「槍は十分だな、もう飽きただろう?」

 目を閉じて居ても約束稽古なら動けると言う段階に成った所で、師範代がそんな事を言い出した。

 同期の皆に、何を言って居るんだ? 今度は何を言い出すんだ? と言う戸惑いと、困惑が浮かぶ。

「言わなくても良い、分かって居る」

 師範代はうんうんと一人で納得して居る。

「槍はもう古い、時代は居合だ」

 いきなり変な事を言い出した、居合用の模造刀が壁にかかって居るので、ある意味予測通りなのだが。


 居合の理屈は、相手が此方を向き、先に武器を抜いた相手に違和感を抱かせないように、ゆっくりと自然な動きで武器を抜き、相手を斬り殺すと言う事が基本だ、ぶっちゃけてしまうと、抜いた後は納刀なんてしなくて良いから、其のまま切り殺せだったりすると言う、身も蓋も無い理屈だったりした。

 最後の納刀は、本当に最近出来た作法らしい。

 最終的に、瞬きもせずに凝視されて居ようと、次の瞬間には抜刀して切り殺すと言う技術だったりする。

 速さでは無い、違和感無く、無駄の無い最適化された動きなら、殺気も意思も、動きの起こりすらも相手に意識させる事無く殺す事が出来ると言う理屈だ。

 其れはそうと、この師範代、居合に成ると純粋に殺すしか言ってないな、本当に坊主なのだろうか?


 結局、修行僧たちが飽きないように数ヶ月単位で武術時間の使用武器が入れ替わるだけであった。


 使う当ての無い、殺人技能ばかり増える修業時代だったと思い出す。


 真坂、こんな形で役に立てる事に成るとは思わなかったが・・・・



 異世界で、教えてくれと飛んで来た、灯やエリス、その他冒険者達や、子供達を弟子として、師範代の真似事をする事に成るとは思わなかった、何事もやって置く物である・・・・

 深刻に、あちらの世界で役に立つ場面は無かったのだが・・・

 どんな報われ方だと内心で自分で突っ込みを入れて苦笑を浮かべた。

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