第181話 番外 鉛を食う物

「鉛中毒に効く薬か、土の中の鉛毒を中和する薬ありませんか?」

 何時ものキツネっぽい役人からそんな事を聞かれた。

 因みに、現在地は何時ものギルドである、依頼を適当に見繕おうと入った所で、前回の様に職員に捕まって、義父上の執務室に連行された流れである。

「鉛って、かなり面倒な物質何で、作れるか怪しいですよ?」

 金属元素を身体から排出させる薬は、エチレンジアミン四酢酸やエデト酸二ナトリウムカルシウムによるキレート(錯化さっか)療法、虚空の蔵、アカシックレコードの援護が有ろうと、正直まるっきり専門外だ、順を追って合成しようにも、ロードマップすら組めない。

 土壌改良なら鉛を吸収して貯めこむ類のハイパー・アキュミレーター植物でも育てれば良いだろうか?

 この世界の動植物の知識が足り無いので、探すのも大変なのだが・・・

「前金として金貨10枚出します、万一出来なくても文句は言いません」

 かなりの破格の様な研究費が出て来た。

 いや、元の世界での相場を考えると高いと言えないのだが・・・

 元の世界での製薬部門は数年、数十年がかりで予算は億単位である・・・

「何でそんなに切羽詰まってるんです?」

 エリスが胡散臭げに質問する。

「例のブレイン領の首は挿げ替えましたが、鉱山から流れた鉛の毒で畑の収穫すら怪しいんです、あの領主、鉛の貿易だけで経済を回していたので領民は鉱夫以外まともに金を持って居ません、領民が飢えようとお構い無しの上、そろそろ鉱山も枯れます、そんな前任者の負の置き土産、新しく立てた領主にも泣きつかれまして・・・・」

「成程・・・」

 ある程度納得できる理由だった

「成功報酬で10倍出します」

 更に増えた、勿体着けて居る訳でも無いのだが・・・・

 しょうがないので引き受ける事にした。


 一先ず、大雑把な方向で生き物系のルートから行こうと思う。

 折角なのでアカデさんを巻き込んだと言うか、生き物を薬にすると言ったら、かなり乗り気で身を乗り出して来たので、研究論文のネタにしてもらおうと言う流れだ。

 先ずは鉛を含んだ土壌から土を採取する。

 前回潰した白粉業者が鉛をちゃっかり捨てていたので、其処で採取した。

 空き部屋を掃除してアカデさんの研究室を増やした。

 明らかに大きな異物を除去する。

 乾燥させる、この段階で余計なバクテリア等が居なくなり、乾燥耐性持ちの放線菌以外が粗方死滅する。

 更に火で焙る、更に余計な生き物が減る。今回目当ての放線菌は乾燥と耐熱体勢が高いのだ。

 後は、酵母菌若しくは、寒天培地を作って培養・・・

 今回は鉛を餌にする類の菌が目標物なので、鉛を含んだ培地である・・・

 培地に落としてコロニーの形成迄数日待つ・・・・


 数日後


 培地の中で毛玉が育っていた・・・・

 いや、菌類のコロニーと言うより、本体の無い雪虫とか、ヒルガオの綿毛とか、耳かきのぼんてんの類だ・・・

「何だっけこれ?」

 思わず呟く。

「ケサランパサラン? でしたっけ?」

 様子を見に来た灯が正体を推測する。

「そういや、彼奴等鉛の白粉で増えるんだよな・・・・」

 ある意味順当な生き物? が湧いたと思うが。

 向こうの世界では、四日市喘息やら光化学スモッグの時に大量発生したっけ?

「どう使うんですか?」

 エリスにもツッコミを入れられる。

「分からん・・・」

 正直如何した物だかと言う段階だ。

「私も初めて見ますけど、研究仲間に鉱山の煙に混ざって毛玉が降ってくるとか聞いた事なら・・・」

 アカデさんもあまり馴染みが無いらしいが、居る事は居る物らしい。

 しかし、土壌細菌とか放線菌の類だったのかコレ? 茸とかのフェアリーリングが本体で、最終的に飛び立つモードがこれってだけか?

 さて利用法は・・・

 乾燥させて摩り下ろして、其のまま使うか、水に溶かして塩析するのか油に溶かして分離させるか・・・

 青かびのペニシリンなら、油と水で溶かして分離させる訳だが・・・


 一先ず薬効抽出は後回しにして、毛玉(ケサランパサラン)を一時代前の鉛の白粉に放り込んで放置してみた。

 結果、鉛の白粉が無くなっていて、毛玉が増えていた・・・

 毛玉を弄って見るが、粉は付かない、静電気で毛玉に張り付いている訳でも無いらしい。


 どうやら鉛を食べているっぽい生き物は見つかった、生物濃縮で鉛が濃く成って居るのか、吸着して無害化して居るのかがまた別の話なのだが・・・


 どうやら鉛を取り込んで無害化しているらしい、培地で鉛の含まれる場所では生息しない植物が育つように成った。

「でもコレ、現地で既に居るんでは?」

 灯が根本的な所を突っ込む。

「聞いてる限り時々見る程度って話ですよ?」

 アカデさんが首を傾げた。


「あれ? パサラじゃ無いですか? こんなに如何したんです? こっちにもいるんですか?」

 クリスがひょっこりと混ざって来た。そういや地元だったな。

「これの元は居るらしい、そっちの故郷には結構いるんじゃないのか?」

「時々見る程度ですね、そんなにうじゃうじゃ居ませんよ?」

 クリスが毛玉だらけに成った培地の容器を指差す。

「生息条件違うのか?」

 推論を出していく。

 原産地より別の場所の方が繁殖力強くなる外来種の類は珍しく無い。

 フンボルトペンギン何かはその最たる例だったりする、世界的には絶滅危惧種なのに、日本限定で増えすぎて、増えないように卵の代わりに石を抱かせているのは有名な話だ。

 他にも日本産マメコガネやらアフリカ産雑種のキラービーやらも似た様な枠である。

「あっちは寒いです、色々な意味で・・・」

 故郷の生活を思い出したのか、クリスがぶるりと身を震わせる、恐らくそれは二重三重の意味だと思われるが・・・

「生育条件は多分、温度と湿度か、後餌か・・・」

 毛玉が降って来るのは恐らく精錬の煙で発生した上昇気流に乗って飛んで居るとか、精錬所の煙突の中に入る類の意味だろう。

「あっちの方は冬場もっと寒いですからね」

 アカデさんも寒いと言うのは同意する、保温が重要なのだろうか?


 後日、色々俺から聞き出した知識から、アカデさんが毛玉を乾燥させた後に磨り潰し、油と水で不溶性の分解して居なかった水に沈む鉛と、水に浮く不純物を選分け、脂溶性と水溶性の別々の薬効を取り出すと言う極めて地道な作業で薬を作っていた。

 因みに、油の部分は水に浮く不純物と肥料を混ぜて土壌改良に、水溶性の部分は飲ませれば鉛毒が解毒出来ると言う極めて都合の良い生き物だった。

 因みに、鉱物系の毒は魔法や奇跡の類では浄化出来なかったらしく、値千金所では無かったらしい。


 義父上経由で何時もの役人に納品すると、とても喜ばれ、約束通り以上の成功報酬が大金貨で飛んで来た、増えるのは構わないが、通常金貨で寄越せと、エリスと役人のひと悶着が有ったりもしたのは、ある意味お約束の風景だった。

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