第24話 草原にて

草原にて


 門の入り口に居る兵士に冒険者証を見せると問題無く外に出ることが出来た、なるほど草原だ。


「それで、何処に行くんだ?」


 右も左もわからない。


「依頼の薬草はちょっと行った所に群生してるのでそこまで行けば実質達成です。」


 エリスが自信満々に応える。


「どれぐらい歩くんです?」


 灯が不安げに聞いた。


「片道で大体2時間、往復と採取時間諸々含めて5時間て所ですね。」


 普通ですね?と言う様子でエリスが答える。


「うわあ・・」


 灯は早くもげんなりしている、こっちとしては平地で5時間程度なら平気だが、


「そう言えば靴買わなくてよかったのか?」


 今更聞く、灯は通学用のローファーのままだ、


「そこまでひどい靴じゃないので大丈夫ですよ?」


「まあ後で買いに行くか。」


 多分俺が買わせたい靴と灯の想定している靴は違う、長時間歩く場合出来れば捻挫等の怪我予防から見て足首を固定できる編み上げハーフブーツが望ましいのだ、これは実際に履かせないとわかないと思うので後で履かせよう、重いけど・・


「まあ、諦めて行きましょう?」


「はいよ。」


「しゅっぱつー」




「そういやこの辺モンスターは何が出るんだ?」


「ねずみとウサギ、犬に猫、牛や鹿ですね。」


「モンスター感は薄いな?」


「街道沿いですから、メインの流通経路何でそんな強いのでたら優先討伐対象で緊急クエスト組まれます。」


「どれとどれなら肉扱い?」


「基本的にどれでも食べられないことは無いです、前回のゴブリンは名状しがたい臭みで少なくとも食料に出来ませんけどね・・・そもそも食欲一切わきませんし・・・」


「それじゃあ、あれは食料?」


 物陰に猫、と言うには大きいものが居た。枯草の中に茶色い毛並みなので保護色でうっかりすると見逃しそうだ、体が大きいから盛大にはみ出ているのだが・・


「うわ、可愛い。」


「可愛いか?」


 灯が謎のリアクションを取るので取り合えず突っ込んでおく。ライオンとかトラとかライガーとかのサイズだ、襲われたらごりっと食われる。


「あれは良いので放っておいてください。」


「安全?」


「撫でられます?」


 灯がテンション上がり気味に無茶な事を言い出した、


「さすがに撫でるのは無理です、あれはこの草原の主って言われてますけど人間からちょっかいかけない限り襲ってくることは無いんで、遠巻きに見てるだけにしておいてください。」


「残念です。」


 エリスが苦笑交じりに説明すると灯が残念そうに肩を落として歩き出した。万一に備えて後ろに気を張っていたがどうやら本当に襲ってはこないようだ、ゴロゴロ言いながら転がっている、アフリカのサバンナでライオンだったらそこから飛び掛かって来るよなあと、内心ビクビクしながら通り過ぎた。




「ペットというか魔物使い的な職業はあるのか?」


 歩きながら適当に話を振る。


「特殊な力でもなんでもなくただその人に慣れてるだけであって、そこら中の獣から好かれるっていうものじゃないって話です。」


「無理に従わせるものじゃないわな。」


「馴らすことはできないでもないんですね?」


「イエネコじゃないんだし育ちきったら普通無理だろ。狙うなら小さいのにしろ。」


「小さいのが居たらいいんですね?」


「変なフラグを立てるな・・・」


 下手なフラグを立てると複線扱いされて回収しなきゃならなくなる。


「生まれたばかりの小さいのだったら慣れやすいって言いますよ?」


 エリスが灯に助け舟を出す。


「そんな事を言うと飼う羽目になるが大丈夫か?」


「赤ん坊の獣なんてまず巣穴の中ですし親がべったりです、普通出くわすなんてありませんから。」


「それはフラグというのだ・・・」


「そもそもフラグって何です?」


「フラッグ、旗を言いやすくした言葉だが、故郷では何かあると旗を立てて目印にしたんだ、つまり何がある前振りって意味だ。」


 この世界ではゲームは無いため説明しずらいが、どうにか噛み砕いて説明する。


「はあ、よくわかりませんが」


 エリスはピンと来ない様子で返事をする。


「具体的には、俺、この戦争が終わったらあの子と結婚するんだって言って戦場に出たりすると死にます。」


「えー」


 灯が混ざって来て具体例を説明する。エリスがそんな馬鹿なと間の抜けた声を出す。


「敵が強いときに俺に任せて先に行けって言っても死にます。」


「なるほどゲン担ぎですか。」


 納得したようだ。


「その辺は死亡フラグって言われる奴だ、ここぞというときに使うとろくなことにならんから注意だな。」


「私たちは結婚してるから最初のは影響ないんですね?」


 安心した様子で言う。


「その場合、子供の顔を見るまで死ねないとか、あいつが待ってるって言うと死にますね。」


「全部だめじゃないですか・・・」


 灯の追撃にエリスがげんなりする。


「あんまり気にするなってことだ。」


 頭をポンポンと撫でて置く。


「死にませんよね?」


「今の所その予定は無いさ。安心しとけ」


 不安げにこちらを見てきたので苦笑しながら答えて誤魔化しておく、多分数日前に死んだばかりでもう一回死んでも面白さが足りない、もっとも死んだ自覚は無いが。


「一応そのパターンで死んだのは少ないんで安心ですね?」


「そだな」






「ここが群生地です、リコリーって言います」


 赤い花が群れを成して咲いていた、ユリ科と言うか、ヒガンバナの類か、確かにこれは球根増殖だからあんまり広がらんわな。名前も割とそのまんまだ。


「綺麗ですね」


「そだな、墓とかとか思い出すな」


「これを掘って球根ををもぎ取ってください、いくらでも採れますが採りすぎると全滅するので」


「どれぐらい取るんだ?」


「一人一回に付きこの袋いっぱいで採るの止めるんです」


 小さな袋を取り出す。なるほど、乱獲禁止か。


「資源保護念入りで何よりだ」


「だから一か月に一回しかこの依頼出ないんです、そこそこいい依頼ですが、あくまで初心者用ってことで上級冒険者は緊急着くまでは受けられません。」


「なるほど、結構良く出来てるな。」


「小さい球根は少し離した所に埋め戻してくださいね。」


「はいよ」


 この球根はそこまで深く沈むわけではないのであっという間に袋はいっぱいに成った。




「ここは終わりで次行きましょう」


「他のもあるのか?」


「近くに黄色い花も有るんです」




「こっちが黄色い花の群生地です、ゲッコウキスゲって言います」


 しばらく歩くと黄色い群生地があった。


「なるほど、こっちも似たようなもんだな」


 同じく百合族のニッコウキスゲとかヤブカンゾウ系統だ、同じく球根で増える上に種の発芽率が悪い、さっきの彼岸花に至ってはこっちでも恐らくそもそも種が無い、球根系の植物は花が栄養を無駄に消費するただの飾りなのだ。


「綺麗ですね」


「そだね、尾瀬ヶ原とか思い出されるね。」


「こっちは花が咲く前の蕾を取ります、さっきのと違っていくら取っても良いですけど本体と球根は踏んだり折ったりしないように注意してくださいね?」


「はいよ、資源保護は徹底しているようで何よりだ。」


 こういうのには慣れている、ポキポキと蕾を収穫する。


「やたらと慣れてますね?」


 灯が感心した様子で手元を覗き込む。手を逆手に構えて蕾を一本ずつ掌でつかんで親指の爪でポキポキと首を折るだけだ、前のを袋に入れず次の手の中に握ったまま次のつぼみを摘まむ、あっという間に手がいっぱいに成るので、まとめて袋に放り込む。


「向こうでも結構やってたしな。」


 植物が大体同じで助かった。山菜取りは山男のささやかな楽しみだ。




「この蕾は食べないのか?」


「薬にはしますけどあんまり食べたって話は聞きませんよ?」


「まあ薬になるんならそっちの方が多分高いが、後でちょっとだけ料理させてくれ。」


「良いですけど、美味しいんですか?」


「多分な、似たようなものだから大丈夫のはずだ」


 納品用の袋から少しだけ取って分けて置く。山菜は大量に食べるものではないのでちょっとだけで十分だ。大量に食うと飽きるし灰汁で腹を壊す。


「あとは採る物は無いのか?」


 袋に入った薬草をリュックに詰め込んで荷造りしつつ確認する。


「近くに群生地は無いんでこれだけです、滅多に魔物も出ません、初心者向けだからこんなもんですよ。」


「平和で何よりだ。」


「平和が一番ですね。」


「それでも時々大物が出るんでこう言うのでも冒険者の仕事なんです。」


「なるほど、ああいうの?」


 何の気なしに指をさす、犬というかハイエナのようなものがこっちの様子を見ていた、もうちょっと前振りが欲しい。


「いや、初心者がアレに遭ったら食い散らかされます」


「骨まで残らんな」


 狼よりもある意味怖い、ハイエナは骨ごと噛み砕くので糞が白くなるのだ、食べ残しは当然何も残らない。


「ちょっと急いで離れます、こっちが焦ると追いかけてくるんで悟られないように静かに急いで・・・」


「残念ながら遅いっぽいぞ」


 エリスが急いで出発しようとしている間に草むらからがさがさと音が聞こえてきた、囲まれているようだ。


「灯は攻撃飛んで来たら九字切りで防御たのむ、エリスは回復」


「はい、攻撃は和尚さんだけで大丈夫ですか?」


「多分な、色々試すさ」


 一息ついて槍を構え、小さく経を唱える


「オンケンバヤケンバヤウンバッタソワカ」


 荒神真言、仏・法・僧の三宝を守護し、不浄を厭離する真言だ、エリスと灯がうすぼんやりと光に包まれる、多分結界。


「ナウマクサンマンダーバサラダンカン」


 不動明王の真言、これは立身出世に悪霊退散、国家安泰、戦勝、除災招福、商売繁盛などに効果があると。災難を砕き、魔を取り払い、迷いを断ち切り、苦難に立ち向かう勇気を与えてくれると言われるありがたい真言だ、破壊と再生をつかさどる不動明王の力は槍に宿るようで、唱えると槍が薄く発光した。わかり易くて良い。


「それじゃあ、参る」


 丁度前から飛び掛かって来ると見せかけて横から来た、音から見て3匹居るか、後ろから来ると困るな、咄嗟に槍を横に薙いで飛んできたハイエナを迎撃する。そのまま回転して後ろを振り向き。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 早九字を切ってエリスと灯の後ろに壁を作る、丁度後ろにいたもう一匹が引っ掛かった、ギャインとぶつかる、これで迂回して前からでないと襲えないはずだ。


 そして後ろを向いているので正面に居たハイエナは改めてこちらに飛び掛かり、


「・・・在・前!」


 灯の唱えた早九字で引っかかった。


「うまくいくもんだ!」


 振り向きざまに穂先が光る、気勢が乗った槍の穂先はハイエナの頭の部分を二つに割っていた。残りは?と周囲を見ると既に居なくなって居た、逃げ足の速いことで・・・


 念のため残心を取りながら構えを解く。


「無事?」


「はい」


「大丈夫です」


 灯がガタガタ震えながらvサインを出してきた、何だか別のに見えるな。


「よくまああのタイミングで動けたな?」


「感謝してください。」


 灯がガタガタ震えながら胸を張る。


「だが歩けるか?」


「しばらく無理です。」


 震えながらきっぱりと言い切った。


「しばらく休憩か、あれどうする?ここで捌くか?」


 頭が割れた死体を指さす。


「出来ればそのまま持って行った方がいいと思います、ギルドに納品すればクエスト一件分ぐらいになりますし、毛皮も売れます。」


「そか、じゃあ重いまま運ぶか、これで灯を担いで移動するのは無理になったから早く立ち直ってくれ・・・」


「ゆっくりお待ちください・・・」


 灯はそのまま後ろに倒れこんだ、早目の復活を祈ろう。

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