第140話 ガラス玉で作る物

「ガラス屋ってある?小売の露店じゃなく加工の方の。」

「工房ならありましたね。」

 こういう店探しは未だにエリスの独壇場だ。


 バーナー式の炉にガラス棒を突っ込み、引っ張って糸状にして千切る。

 一度冷やして、もう一度糸の部分を火に入れて溶かす、溶けたガラスが少しずつ表面張力で丸くなる、出来る限り真球状に成るように、表面張力のギリギリのラインを見極めて火から取り出す。

 出来上がりと、出来上がったガラス玉を切り離してを灰にポトリと落とす。

 硝子屋の職人が、ふう、とため息をついた。

「こんなもんでどうだ?」

 見事な真球状のガラス玉が出来上がったていた。

 落下式や転がし式での真球状のガラス玉作成が普及していないようなので、手っ取り早く表面張力を使ったガラス玉を作ってもらったのだが、如何せん色がよろしくない、小さなガラス玉なのだが、既にガラスに色が付いて見えると言うか、ガラスの中に不純物として小さなツブツブが見える、この大きさで既に不純物が混ざるのか・・・技術的に一段階飛ばそうか・・・


 手っ取り早く、鉛の灰、酸化鉛を投入してクリスタルガラスをでっち上げた。

 白粉で使って居た酸化鉛の粉の需要を潰してしまったので、鉛灰の相場は崩壊していたのでやたらと安かった、いやあ、犯人誰でしょうねえ?

 流石に其れ以上の無茶は出来ないが、触媒に酸化鉛を投入するだけでガラスの融点が下がり、一緒に溶かしてしまう不純物が減るのだ。なお、酢の物系に使う場合は鉛が析出するので食品の器にはお勧めできないと言う事は念入りに注意して置いた。

「さあ?この技術レシピ幾らで買います?」

 配合比やら溶けだす温度のメモだ、之が有ると無いとでは加工性がかなり違う。

 技術をただ安売りする訳にも行かないので、パラダイムシフトでやらかすにしても、ミリサイズのガラス球では幾らもらっても代金が安すぎる。

「金貨1枚だ・・・」

 渋い顔で店の親父が答える、それなりに儲けに成ると見込んだらしい。

「では。その辺で、こっちの代金は大銀貨で1枚でしたっけ?」

「いや、今回は流石にこっちが貰い過ぎだ、そっちはもってけ。」

「それでは有難く。」


 球レンズとスライドガラスを無事入手できたので、単レンズで顕微鏡を作るとしよう。

 家に帰り、部屋で細かい作業をして材料を加工して組み立てる。

 3枚ほどの板を重ねて、両側に開けた穴の片方に球レンズをはめ込む、もう片方が明り取りの窓だ。調節用のユリア螺子は精度は怪しいがちゃんと螺子が有ったので問題無かった。

 所謂、レーウェンフックの単レンズ顕微鏡と言う物が無事完成した。

 これ、レンズ交換無理だからレンズの数だけ本体が要るパターンなのが辛い所、尚且つ、レンズと対象物の焦点距離が合う地点が2ミリレンズで0.5ミリと言うシビアさで尚且つ、ユリア螺子の精度が怪しい為、自力で精密動作して挟んで調整する事に成るので、高倍率では一瞬でも焦点が合って対象が見えればめっけものとなる、因みに2ミリレンズ屈折率1.6と考えて倍率は役190倍ほど、レンズが小さいほど倍率が上がるが、先に言った様に焦点距離がシビアに成る上、暗くなる。

 取り合えずこれをひな型として、後で細工屋に頼んで量産してもらおうか?


 取り合えず出来上がった物の実験をしてみる、

 一番近く、隣に居たエリスの髪をさらっと撫でて抜け毛を確保する。

「どうしました?」

 エリスが反応して小首をかしげる。

「ちょっと一本貰った。」

 取り合えず見てみるが、まあ大したものは見えない、髪の毛のキューティクル、鱗が見えれば上出来か。

 だけど暗いな、明かりが欲しい。

「いきなり惚気られましても。」

 灯が言葉に出すまでも無くボケをかまして来る。

「そっちじゃないぞ。」

 苦笑いしてツッコミを入れつつ、窓際で外の明かりに透かして覗き込む、どうやらちゃんと見える様だ。

「どうにか見えるから一応成功か、試しに見てみる?」

 灯に預けてみる、しかめっ面で焦点処理を調節する、螺子の調節精度が甘いので、すぐ行方不明になるのだ。

「キューティクルまで見えます?この単純構造で結構な倍率出せるんですね、上出来じゃないですか?」

 授業で使って居た通常の顕微鏡よりは高倍率だが扱い難いのはしょうがない。

 エリスはあまり興味が無い様だ。

「見て見ます?」

 そわそわした様子で此方を見ているアカデさんに預けてみる。

「はい、是非!」

 待ってましたとばかりに、顕微鏡に張り付いた。

 舐める様に構造を見た後、レンズを覗き込む、見よう見まねで焦点距離を調節、ちゃんと見えたらしく、息をのんだ、どうやら反応は上々の様子。

「これは?」

「さっき見てた通り、エリスの髪の毛です、魚の鱗みたいに見える模様がキューティクルって呼ばれる構造、鱗と同じように髪を丈夫にするための防御構造ですね。」

「これは動物の毛も?」

「同じような物ですね。下手な糸より髪の毛や獣毛が丈夫な理由です。」

「材質的には別の生き物も?」

「クチクラとも言います、昆虫の外骨格と一部同じ物だったりもします。」

 キチン質は流石に無いが、意外な共通点だ。

 矢次早に質問が飛んで来る、こっちがポンポン答えるのが悪いかも知れないが。

「今ある物でみると面白そうなのは?」

「池の底の泥何かは生き物がうじゃうじゃ居て面白いですが、身近な物では血液辺りでしょうか?赤い色が赤いツブツブに見える様になりま・・・」

 話して居る途中で、アカデさんが迷う事も無くナイフを指に突き刺した。

「あ。」

「これを此処に?」

「こっちです・・・」

 顕微鏡本体に垂らしそうなので、観察用に予備として作ってもらっていたスライドガラスに血を垂らしてもらう。

「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」

 取り合えず止血はして置く。

「有り難うございます。」

「びっくりするから、いきなりやらんでください。」

 流石に窘める。アカデさんはキョトンとした様子でまじまじと此方を見て来る。

 今更何かに気が付いた様子でぼっと赤くなった。何かと思ったら手を握ったままだったことに対する反応らしい、意外とウブだ・・

「そしてこれを?」

「薄く伸ばして、此処にセットして、後はさっきのと同じです。」

 先程と同じように顕微鏡に張り付いた、どうやらちゃんと見えたらしく、歓声を上げている、どうやら喜んでくれた様だ。

「それ差し上げますんで、好きに使って良いですよ?」

 その言葉に反応して、アカデさんがぎょろんと此方を振り向く、凄い動きしたなあ・・

「良いんですか?」

「むしろ、アカデさん以外使う人居ませんので、使わなかったら勿体無いです。」

「有り難うございます!」

 玩具を貰った子供の様な目の光具合だ、二人に指輪贈った時とは方向が違うが、どうやら喜んでくれているので何よりだ。

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