第179話 アカデの回想 緊張感のない人達

 ブラッディベアの死体を観察中、和尚さんに魔物と獣の違いを聞かれたので、色々話した所、私が一切知らないような、菌とか細菌とかウイルスと言われる、小さな生き物の話が出てきた、思わず思いつく限りの疑問をぶつけてみると、当然の知識で知っていて当然といった様子で、次々と私が投げかけた質問を答えて行く、そんな研究も論文も見たことないのだが、どうやら当てずっぽうの机上の空論と言うにはしっかりとした内容だ、それを見る為には小さい物を大きく見せる、顕微鏡と言う特殊な道具が要るらしいが、作り方は知って居るので、後で作ってくれると言ってくれた、とても楽しみだ。


「お風呂入ります?」

 灯さんが、外とは思えない気軽さで、そんな質問をしてくる、いや、お風呂も何も、こんな人類勢力外の魔の森でそんな余裕が有る訳が・・・・


 昔、師匠に連れられ、他の冒険者を護衛に付けて魔の森に入った時の事を思い出す、今の3人よりも多い10人、之より浅い位置、其れだと言うのに、飯炊きをする余裕も無く、保存用の干し肉と干しパンを齧るだけだった、今とは全く違う、揃って何時襲われるかと言う緊張感でピリピリして、必ず寝ずの番を立て、闇夜に目を凝らしていた、それが、この人達は・・・

「いやあ、いいお湯です、こうして外で入れるなんて贅沢ですよねえ」

 灯さんがそんな緊張感は何処吹く風と言った様子で、脱力仕切った様子でお風呂に浸かって居る・・・・

 いや・・・・何でこんな所でこんな物・・・・

 余りにも予想外の光景に思考が止まる。

 因みに、一緒に居たエリスさんも当然と言う様子でお風呂に浸かっている。

 そもそも、魔法道具の類は高価で、魔石を使うお風呂何て一般庶民は先ず手を出せない。

 街中でお風呂が供え付けられている家はそこそこお金持ちだ。

 其れを虚空収納で持ち運べる上に、好きな時に入れると?

 いや、これ正気?

 最早突っ込むのが野暮なのだろう、確かに来る時はかなりの速足の強行軍で、先程出くわしたブラッディベアの分も有り、冷汗も含めて汗だくだ、お風呂に入れると言うのなら有難いのだが、実際に入れると言われると驚くのが先に成るのだと余計な所で納得する事にした。

 月明かりと、申し訳程度のランプの明かりで傷もあまり見えないから、この際だ、入ろう。


 女3人で湯船に浸かる、流石に狭いが、お湯の温かさが夜風に冷えた体に沁みる。果てしなく贅沢だ・・・・

「奇麗な体してますね、結構鍛えてるんですか?」

 この中では一番奇麗な肌をしている灯さんがそんな事を言う、夜色の艶の有る長い黒髪、傷一つも無い肌、均整の取れた身体、若さも自信も有って、この中で一番いい女が誰かと言われたらこの人だろうに・・・・

「其れなりにです、本職には敵いませんけど」

 謙遜して置く、と言うか、この人達を比較対象にすると、本職だろうと敵わなさそうだが・・・

 年下だが、色々と敵う要素が無いので、自分でもちょっと卑屈だ。

「私の地元じゃ、ちゃんとくびれてる時点で立派なもんですから」

 そんな事を言われた、そんな物なのだろうか?

「そう言えば、私と初めて会った時、凄い勢いで威嚇してきましたけど、初対面で良く私が女だってわかりましたね?」

 あの時は男装が強かった、女として生きるのも辛かったので、身体のラインも浮かばない様な服を着ていたので、大抵の人からは男として見られていたのだ。

 エリスさんから私の事を聞いて居た様子も無く、初対面で真っ先にあの和尚さんに勝手に近づくなとばかりに威嚇して来たのだ、何処か変な所でもあっただろうか?

「いや、女だったら直ぐ分かりますよ、理屈要りませんもん」

 迷う事など無いと言う様子であっさりと言い切られた。

「そんな物ですか?」

「そんな物です」

「所で、この傷だらけの身体って、どう見られます?」

 自分でも、あまり見せられる身体では無いと思う。

「そんなに気にする物じゃ無いですね、うちのエリスちゃんもこの通りですし」

 呼んだ?と言う様子で此方を向いて首を傾げる、何気にエリスさんは和尚さんと居る時の様子と、私達と一緒に居る時の様子は結構違う、あの人と一緒に居る時は何時もはしゃいでいる様子で、定位置だとばかりに片手を抱え込んでいるが、喋ら無い時は意外と静かだ・・・

「これですけど、毎日奇麗だって言ってくれますし、優しくしてくれてます」

 エリスさんが、私と似たような傷を良く見える様になぞって見せて来る。

 ゴブリンは爪が鋭く、少し掴まれたりしただけで引っ掻き傷が付くし、突き刺さって出血する、結構目立つ傷が残るのだ、だから、その傷を見せた時点で大抵何が有ったのかはバレる、エリスさんの傷は、私の時よりは良い時期だったらしく、私の場合一番目立つ下腹部の傷は無い、この間子供産んでいたので当然なのが・・・・

 その傷以外は10人中10人が振り返るほどの美少女だと思う、長く艶の有る金の髪と、均整の取れた身体、まだ若い分もあって、完全に出来上がってはいないが、もう少し経ったら、あのギル様の求婚弾きの防衛線と、今の旦那である和尚さんが居なかったら、恐らく求婚の申し込みはひっきりなしだったと思われる。

「羨ましいです・・・」

 何気に口から、そんな言葉が零れた・・・・

 二人が揃って、何か言いましたね? と言った様子で首を傾げて此方を見る。

「この傷から、女扱いされてません、相手も居ません、傷見せて、昔ゴブリンに襲われたから子供産めないって言ったら、先ず男なんて寄り付きません・・・」

 来たと思ったら、傷を見た時点でもう去って行かれてしまった、其の相手に失望された時が思いのほか辛くて、こんな思いするのなら、もう一生其れはやらなくて良いと、開き直って、それ以降、万一にも女に見える服装をしていないし、人前で脱いでいない。

 自分でその方向に行って置いて、今更何を言うのかと思うが、お風呂で緊張感が抜けたのか、堰を切ったようにぐだぐだと理屈をこねだした。

 大人として之は如何なのか? と、自己嫌悪も出るが、今更止まらない・・・

 二人が、如何します? と言った様子で顔を見合わせた。


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