第112話 仕込んでいた物

 そろそろ条件は揃ったかな?

 群れを避けつつ繁みを使い、極力目立たない様移動。

 見付かってもこのメンバーなら対して苦労しないのだが、この場合は時間が惜しい。

 群れの流れを遡り、目に付く大物を八幡様の祷りを乗せた梵字を刻んだ槍の投擲で狙撃。

 現状、距離だけを考えた上に向けた山なりの投擲、狙いは八幡様任せの実質自動ホーミングなので、唱えて祷りながら投げれば槍の重さと梵字によるそれぞれの仏の加護でほぼ確実に仕留められる。最大有効射程は100m程である。元の世界でなら世界が取れる。ファンタジー世界だと考えるとかなり地味なのだが、まあ、こんな世界なのでしょうがない。

 そして、群れを遡りが大体終わり。手持ちの使い捨て分は、ほぼ使い切った。

 遠目なのでキングもクイーンもほぼ一緒くたである。

 一般的には強敵らしいが、頭部に当たれば突き刺さって死ぬのなら一緒である。

 其れでは、太陽の位置も良い様だし、最後の仕上げと行こう。


「仕上げ、どうなるか分からんから。護衛頼んだ。」

 二人に何とも不明瞭な指示を出す。

「何時に無く雑な指示ですね‥」

 灯が呆れた様子で返す。

「頑張ります。」

 エリスはやる気満々である。付いて来た時点で二人共やる気はあるのだが、エリスの方が重い。

「多分時間かかるから。頼んだ。」

 投擲した槍に刻んだ梵字に対応した仏の真言を唱えて行く。

「オン・アキシュビヤ・ウン。」

 阿閦如来(あしゅくにょらい)

「オン・ガラタン・ナウサンバンバ・タラク。」

 宝生如来(ほうしょうにょらい)

「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン。」

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

「オン・アボキャ・シツデイ・ア。」

 不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)

 遠くでキングやクイーンに突き刺さった槍が燐光を発し始める。

「オン・バザラダト・バン。」

 最後にこの曼陀羅の要となる。大日如来の真言を唱えた。

 この5仏が、五智如来(ごちにょらい)、金剛界五仏(こんごうかいごぶつ)である。

 大日如来の梵字を刻んだ槍の辺りを中心として、光が降り注いだ。

  一瞬、周囲が光に包まれた。


 そして、光が収まった戦場は、見た目には何も変わっていなかった。


「いったい何が起こったんです?」

 灯が呟いた。

「分からん。」

「やった本人が分からないって流石に酷く有りません?」

 灯が呆れ顔で呟く。

「発動させるの初めてだしな。」

「結局何仕込んでたんです?」

 エリスが結局何だったのかと聞いて来た。

「刀身彫刻で投擲槍に梵字刻んで、突き刺さった位置で、曼荼羅(まんだら)を組んで発動させた。ちなみに金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)、信じる物に金剛石、ダイヤモンドの守りを与える。」

 中心は大日如来だから、発動条件が恐らく太陽が南中地点に登っている事。

 突き刺さった位置は正確に測って決めた訳では無かったので、自分自身が認識している範囲内に、曼荼羅を構成する仏様を配置する事と言った所だろうか?


「まあ。試す分は試したから、後は此れだな。」

 ポケットから。小瓶を取り出そうと、ジッパーを下げた。

 下げた時点で、ムワリと、形容し難い匂いが溢れた。

 じろりと、今までこちらを認識していなかったゴブリンの視線がこちらを向いた。

 開けるまでも無く、ポケットの中で瓶の中から溢れている。

「コレだから未開の地は。」

 思わず苦笑いを浮かべ。呟いた。

 少しポケットの中に指を入れると、ポケットの中が例の液体でビシャビシャになっていた。

 生地とジッパーが防水だったので今まで漏れず、気が付かなかったらしい。

 濡れた指先を出して二人に見せる。

 意味は分かったらしい、二人が苦笑を浮かべた。

「元の世界のシール性能を求めちゃいけませんね。」

 苦笑混じりに灯が呟いた。


 ゴブリンがこちらを向き、一斉に向かって来る。

「目標変更。コレからは風上を辿って崖を背に出来る位置まで移動!場所はエリス任せた!」

 目標変更と言うが、ゴブリン寄せを貰った時点で、囮に成る事は確定していた、少しだけ態勢を整える余裕が削れただけである。

「分かりました!ちょっと遠いので走ります!」

「囮モードですね?!」

 道案内のエリスを先頭に走り出した。

 走りながら咄嗟に先頭のゴブリンに小刀を投げる、突き刺さったゴブリンは転倒。地面に転がり。後方集団に積み潰されて視界から消える。

 後方で何匹か纏めてつんのめっただろうか?

「足止めにもなりゃしない!」

 思わず苦笑を浮かべながら叫び。

 気を取り直して走り出した。

 所謂モンスタートレイン状態である、この状態で他の冒険者と遭ったら巻き込んでしまうので、出くわさない事を祈ろう。


 ゴブリンの群れを引き離さない程度の距離を維持しつつ目的地の崖まで到着。

「これからは?!」

「後ろから襲われる心配が無くなったから、此処でひたすら刻むだけ!」

「そんな事だろうと!」

「思ってました!」

 二人がそう返し、振り返り、後ろから追いかけて来たゴブリンをエリスが一刀で纏めて切り伏せた。

「?」

 少し不思議そうな顔をして、続けて来るゴブリンを切り伏せる。

 灯も同じ様に一閃で纏めて潰して行く。

「気持ち柔らかくなりました?」

 エリスが呟く。

「あれだけ仕込んで地味ですね?!」

 灯がぼやく。

「効果あったなら良かった事にしておいてくれ!」

 同じ様に十字槍の先端で纏めて撫で切りにする。確かに曼荼羅発動前よりは大分柔らかい。

 そうこうして、俺たちの長い戦いが始まった。

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