第101話 小細工と成果
カツカツと鏨と金槌を使って金属を削り、文字を掘って行く。
長巻の刀身を柄から引き抜いた所、此方の言葉で武器屋の親父の名前と。「幸運を祈って」と、刻んであった、中々粋である。今は、その文字を潰さぬよう、間を縫うように。刀身彫刻を入れている。
不動明王の化身である倶利伽羅龍王(クリカラリュウオウ)、剣に巻き付いた竜や大日如来(ダイニチニョライ)の化身である。不動明王(フドウミョウオウ)、其の物は流石に手間が凄いので、三鈷剣や独鈷、素剣を入れて置く。
三鈷剣は、不動明王が右手に持つとされる、刀身の反対側が三鈷杵に成って居る物。
仏教道具の類はほぼ不動明王の持つ法具の記号だ、剣も独鈷も三鈷杵も蓮の花も縄も三本爪も同じ様にほぼ不動明王である。魔物を祓う戦神としての不動明王は昔から人気だったらしい。
極論、戦国時代までの刀身彫刻はほぼ不動明王である。
「実際問題、魔と煩悩を祓うって不動明王が便利すぎますよね。」
同じ様に、灯が俺が使う槍を、エリスが戦斧に彫刻を入れている、それぞれ自分の武器に入れるよりは御利益が有りそうだと言う事で、自分以外の武器に彫刻している。
「ほぼ最高位の宇宙神もしくは太陽神、天照大神(アマテラスオオカミ)と大日如来(ダイニチニョライ)が同一神で、その戦闘用の化身が不動明王、そのまた化身が倶利伽羅龍王だからな。」
「実質最高神なんですね・・・」
「そして便利すぎるもんだから、普通の刀身彫刻はどれ掘っても実質不動明王だ。」
「大人気過ぎますね。」
それ以外の鶴亀や達磨、七福神の縁起物は、ほぼ戦争の無い江戸時代からの物である。
「取り合えずこんなもんで。」
装飾としては素っ気なく三鈷剣を掘り終えた。
「こっちはまだしばらくかかるので、お待ちください。」
灯の手元を見ると、手間がかかるのでこれは無理だと言いながら、書くだけ書いて置いた剣巻き龍・倶利伽羅龍王を掘って居た。
「其処までやらんでも・・・」
「まあ、勢いです、芸術神、虚空菩薩の加護って凄いですねえ・・・」
返事をしながらも手が止まって居ない。と言うか、リミッター外れたおかげで金槌無しの鏨で引っ掻くだけで削れるのか、作業が速い訳だ・・・
「エリスの方は?」
覗き込むと凄い勢いで蓮の花、蓮華(れんげ)・蓮台(れんだい)を掘って居た、しかもあまりデフォルメせずに。
「だから其処までやらんでも・・・」
「指の進むままに掘って行ったらこうなりまして・・・」
此処まで来ると俺の三鈷剣が凄く見劣りするが、気にしない事にしよう。
自分だけ手が空いてしまうのも何なので、予備武器にも梵字で簡単に彫って置くとしよう。一文字で仏一柱を書き示せるので楽だ。
千手観音(千手観音)、虚空菩薩(こくうぼさつ)、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)、勢至菩薩(しせいぼさつ)、大日如来(だいにちにょらい)、不動明王(ふどうみょうおう)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、金剛界大日如来(こんごうかいだいにちにょらい)、胎蔵大日如来(たいぞうだいにちにょらい)、毘盧遮那如来(びるしゃなにょらい)、釈迦如来(しゃかにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、薬師如来(やくしにょらい)、阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、不空成就如来(ふくうじょうしゅにょらい)、烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)、鬼子母神(きしもじん)、その他色々と・・
と、其れが少し前の事で。
「彫って置くもんだな、実質常に不動明王発動してる。」
思わず呟いた、戦闘も楽々である。流石に唱えた時よりは弱いが、十分だ。
「薄ぼんやり光ってるのは気のせいじゃなかったんですね・・・」
と、灯が。
「これ、後で武器屋の親父さんに売り込んで見ましょうか?」
エリスが呟く、結構売れそうではある。
「ゴブリン殺しのゲン担ぎとして文化侵略できそうだ。」
「ある意味、王道ですね。先ずはこの方向で行きましょう。」
「まあ、先ずはこのうんざりする様な群れを潰すとしよう。」
何千、何万規模のゴブリンの群れを眺めつつ、休憩を終えた。
さてと、先ずはアレを処理するか。
追いかけて来る分を処理しつ茂みに入り。火薬玉を遠くに投げて混乱させる。
群れの横手に回り、茂みの中を抜けてボス格らしいキングを射程距離に収める。
「南無八幡大菩薩!」
流石に投擲用の小刀では威力不足なので、虚空の蔵から取り出した予備用の槍を投擲してキングの頭を打ち抜いた。盛大に柄の部分まで突き刺さって居たので死亡確認は要らないだろう。
「お見事。」
「流石。」
二人が小声で褒めてくれる、さあ、次・・
「あの槍回収しないんですか?」
「あれは予備の安物、何十本単位で準備してあるから大丈夫。」
「金銭感覚も崩壊気味ですね。」
「本気で安物の1本大銀貨1枚だからそれほど痛くない。」
持ち手は普通の木、穂先は研いでは居るが鋳物だ、ローコストの安物と見ても酷い。
「槍一本と考えると馬鹿みたいに安いですね・・・」
「ちょっともったいないですけど、回収する手間考えるとしょうがないですね・・」
エリスも納得したようだ。
「むしろ、回収しても、投げる以外の用途が無いからな、あれ持って戦闘なんてしたら切り合いで折れる。」
「どんな酷いクオリティで作らせたんですか・・・・」
「いや、最初から初心者用の練習用って名目で量産されてる物体だから、よっぽどの馬鹿じゃないとあれ持って戦闘なんて考えない。」
「アレですか・・・」
エリスもどんな物だか理解したらしい。
店頭には本気で一山幾らのノリで山と積んであった。弟子の失敗作も混ざっていたらしい。鍛造品も有るらしいが、失敗作なのでこの値段、溶かして打ち直すよりは、そのまま売ってしまった方が店としても楽らしい。
「そこそこ重さは有るから、刃先研いであればあの通りちゃんと刺さる、重さは正義だ。」
ついでに刀身彫刻で梵字入れているので、加護が発動しているかもしれない。
「武器屋の親父さんみたいな事言ってますね・・・」
「まあ、あれはある意味で世の真理だ、質量保存と慣性の法則がある限り重さの正義は揺るがないからな。」
「物理法則は揺るがないって奴ですか、魔法が有っても世知辛いですね。」
「さて、と、次行くか。」
先頭に居るキングが居なくなった事で、指揮系統が多少は混乱したのか、行軍に乱れが有ったが、未だ村に向かう流れには変わりはない。さらに後ろのキングとクイーンを
「はーい」
「地獄の果てまでお供します。」
灯はともかく、エリスの台詞が重かった・・。
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