第74話 変な切り口の研究

「ゴブリンを食べた事は有りますか?食物的な意味で。」

 それが改めてのアカデさんの第一声だった。大真面目な顔をしているのでギャグで言って居る訳では無いらしい。

「食べようとしたら不味いから止めろと止められました。」

 取り合えず素直に返してみよう。

「図鑑にも不味いって書いてあるし、食べられるって話は聞いた事無いです。」

 と、エリス。

「そもそも食べ物に見えません・・・」

 と、灯。

「はい、その図鑑に不味いって書いたの俺です。読まれて居る様で嬉しいです。」

 期待通りの答えが返って来たらしく、アカデさんの顔に笑みが浮かぶ。しかし一人称俺なのか、少し違和感を感じる。

「魔物の生態と対策を伝える図鑑に味の評価書く馬鹿は此奴だけだ。」

 ギルマスが呆れ気味に捕捉する。

「では、何故不味いか考えた事が有りますか?」

 どうやら対話型で進行するらしい。

「灰汁が多い?」

 適当に答えてみる。

「灰汁は確かに多いです、でも其れだけじゃありません。」

 予定通りの外れらしく、次の答えを待ち構えている。

「血が青色。」

 エリスが続いて答える。

「確かに青い血の生き物は珍しいです、でもエビやカニ、昆虫類も血が青いです。エビカニはむしろ美味しいのでそれだけでは無い訳です。」

 外れ、次と言う様子で灯に目を向ける。

「食べて居る物が悪い。」

 灯も適当に答える。

「奴らは肉食系雑食です、肉食獣は確かにあんまり美味しくない訳ですが、それどころじゃない味がします。」

「と言うか、実際食ったのか・・・」

 ギルマスが突っ込みを入れた。

「当然です、食えなきゃ味の評価なんかできません。」

 アカデさんが少し遠い目で言う。

「そんなに生活苦しかったのか?研究費こっちから出してやってるだろ?」

「その前から売れない研究者は金が無いんです、何でも食えなきゃやってられません。」

「そんな味の事ばっか言ってるから学会で干されるんだ・・・」

「でも味の事言わないと俺の特色が・・・」

「捨ててしまえそんな特色・・」

 ギルマスが身も蓋も無い事を言う。

「味の事調べたから今回の発見なんです!良いから続きを話させてください!」

 アカデさんが目の端に涙をためながら続きを始める。

「環境が悪い?」

「奴らはトイレやゴミ捨て場の概念も有るので意外と奇麗好きです。泥貝みたいな臭い中で生活していると言う訳では無いのです、だから違いますね。」

 しょうがないので付き合って繋げてみる。

「毒が有る?」

「正解です、弱いですが毒が有ります。下手に食べると少しお腹壊します。」

 やっと期待していた答えに行き着いたらしい。アカデさんが笑顔を浮かべる。

「少しなんですね・・」

「弱いですから、実質的に無駄に不味いって言うのがあいつらの毒の特徴です。」

「何の意味が有るんだ・・・?」

 ギルマスが呆れ気味に突っ込む。

「好き好んで食われないって事だと思います。で、ここからが大事な所です。」

 強く強調する。

「ほう?」

「毒の中でも生物系の毒は浄化の奇跡で浄化出来ます、つまり、教会で浄化してもらうと幾分マシな味になります。」

「それが結論か?」

 呆れたと言う様子でギルマスが確認する、確かにこれが結論の流れだ。さあ帰るかと言う様子で席を立とうと言う動きをする。

「まだ終わりじゃないです、これからが大事なんです!」

 じゃあとっとと言ってみろと座り直す。

「ゴブリンの肉に浄化をかけると変質するんです、ならばゴブリン本体に浄化をかければ・・・」

「ゴブリンを殺せると?」

 ギルマスが前のめりになる。

「残念ながらそんなに強くは殺せません、試しに巣の討伐に参加した冒険者に小型成体と生まれたばかりの幼体を生け捕りにしてもらいました。教会の人に散々頼み込んでそれに浄化の奇跡をかけてもらった所、小型成体は多少弱った気がする程度ですが、幼体は死にかけ程度まで持っていけました、恐らく腹の中に居る生まれる前の未熟な幼体なら、浄化の奇跡を強く使うことが出来れば殺しきることが出来る、かも・・・しれません・・・」

 最後は上手く行かなかったと言う事なのか、消え入りそうな感じに声が小さくなった。

「其処まで行って上手く行かなかったのか?」

「巣で保護された少女の母体を冒険者が殺してしまいました・・・尊厳を守るためだって・・・」

 はぁ・・・

 その場にいる一同が沈痛な面持ちでため息を付いた。

「助けられるかもしれないから絶対に母体を生きている状態で連れて来て欲しいって言ったんです!それを、【どうせ胎を抉り取ってどうにか生きてます、良かったですね?なんてするつもりだろう?それこそ冒涜だ!】って言われてどうしろと言うんですか!?」

 最後は殆ど悲鳴だった、癇癪を起こしたように髪を振り乱し、涙を流しながら机を叩いて拳を握り、動きを止めて体を震わせる。

 現地に居なかった俺たちには如何する事も出来ないので、ただアカデさんが落ち着くまで待つことしか出来なかった。


 だが、大げさだろうと思っていたエリスが最初に助けられても助からないと言って居た事が本当だと言う事に。俺と灯は衝撃を受けていた。

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