第151話 舞い上がる少女と、歓待される図

「嫁其の4?」

 どうやら私に向けて言われたらしいその言葉に驚いた、もう3人居るのか、となると、灯さんとエリスさんと、この二人?いや、其れだと一人多い、どっちだろう?


 それより、もしかして私も妻として迎え入れてもらえたりするのだろうか?

 家政婦などの下働きでは無く?思わず和尚さんの事を見つめる、此方を向いて、目が合った、如何なんです?そっちですか?私は何時でも・・・

「其の4?」

 自分を指差して、その一言を確認する。

「その方向も、無い事も無い、だがすぐじゃないし、無理矢理は無いから落ち着け。」

 否定はされていない、有るのか?有るんですね?期待して良いんですよね?

 自分自身、良く分からない勢いで舞い上がって居る。

 いやいや落ち着け、そんなうまい話が有る筈も無いだろう、冷静な部分が舞い上がる自分に内心でツッコミを入れる。

「じゃあ、その方向で改めて紹介すると、灯が其の1、第一婦人で、エリスが其の2、其処のアカデさんが其の3って事に成ってる。」

 それぞれ手を振って反応してくれ、成程、其の4は空席と・・・

「私は?」

 呼ばれなかった一人が自分を指差しておどけて見せる。

「お義母さんなので別枠です。」

 エリスさんがツッコミを入れた。

「お義父さんいるじゃないですか。」

 灯さんも続く。

「間男する趣味は無いです。」

 和尚さんも続く、3人と言うか、4人揃って息が合って居る。

「あら残念。」

 答えは分かって居ると言う様子で遊んでみただけらしい。親子?仲は良い様だ。

「そう言う危ないボケは止めて下さい。」

 はあ、と言う様子でため息をついて仕切り直して続けた。

「で、エルザさん、この中ではさっき言った通りにエリスの義母親(ははおや)、自動的に俺たちの義母上に成る、この家の本来の持ち主、この土地の領主の義父上の妻。」

 つまり、この人が領主夫人と。この中では一番偉い。

「クリスと申します、宜しくお願いします、何でもしますので、此処に置いて下さい。」

 勢い良く頭を下げた。

「エリスが貴方を身請けするってあの人に啖呵切って、あの人も賛成したの、私が反対する事も無いから安心しなさい。」

 優しく受け入れられた。

「じゃあ、何をしてもらおうかしら?得意な事は?」

「家事なら何でも大丈夫です。」

 家政婦として家事しているとき、あの馬鹿貴族に手を出され、思わず拒否してしまい、バランスを崩して倒れ込んだ所で嫌な所に当たったと言う流れで、不興を買ってしまった結果として崖から突き落とされて今に至る訳だが、自分が出来る事は家事だけなので、其れしか無いのだ。

「ん?今なんでもって?」

「今はギャグに成らんから止めなさい。」

 灯さんがニヤリと笑い、何か言いかけて、和尚さんに止められていた、息が合って居て微笑ましい、私も何時か、あのような関係に成れるだろうか?

「家事が出来るなら、色々頑張ってもらう事に成りそうね、今子供がいっぱい居るから。」

 エルザさんが、目線で部屋の隅を示す、赤ん坊が毛皮の中で3人ほど寝ていた。

「一番大きい黒髪の女の子が光、次の金髪の女の子がイリス、一番小さい金髪の男の子がウルザ、で、その下に居るのが猫?の、ぬーさん。」

「にゃあ?」

 呼んだか?と言う様子で毛皮が動いた。思わずびくりとする。

 1m程の猫だった、いや、猫?なのだろうか?ちょっと大きくないだろうか?

 食べられたりしないのかと後ずさるが、その状態で無防備な赤ん坊が豪胆に眠って居るので、安全なのだと納得する。

「ええっと・・・よろしくお願いします。」

 猫?相手に思わず丁寧に挨拶する、咄嗟に気圧されてしまったので、こうなってはこの猫、ぬーさんより下だと自分が認識してしまったのだ。

「なあ。」

 此方の言葉が解って居るのか居ないのか、一言返事するように鳴いて、興味無さそうに目を閉じた。

 嫌われた線で無ければ大丈夫だろうか?

「寝てる間、大人しくしてるうちはこう言う感じにぬーさんに預けて置けばあやして番しててくれるから、呼ばれた時に対応すれば良いから。」

「なあお。」

 その猫、ぬーさんは何時まで預けて居るんだ?と言いたげに一言鳴いた。


「さてと、部屋は・・・」

 和尚さんが少し考える様子で呟いた、部屋割り?どんな扱いに成るのだろう?

「私と一緒の部屋で良いかしら?先ずは説明しなきゃだし、色々聞きたいことも有るし。」

 アカデさんが迷う事も無く立候補した、正直初対面なので少し怖いが、私の方を向いて、優しく微笑んでいる。

「程々にお願いしますよ?」

 和尚さんに釘を指されている、何を聞かれるのだろう?


「先に部屋に案内するから、こっちね?」

「はい、宜しくお願いします。」

 勢い良く頭を下げ、アカデさんに先導されて部屋に行く、部屋の中には机と寝台、高価な本が数冊置かれていた、机にはびっしりと文字が書かれた紙とペンが有る、どうやらアカデさんは知識階級の人らしい、私なんかと同じ部屋で良いのだろうか?

「疲れてるだろうから、先ずはお風呂に案内しましょうか?」

「はい、お願いします。」

 お風呂に案内され、一緒に入浴する事に成った、アカデさんの身体は、私と同じように、小さい傷が沢山有る、ある意味で既視感を覚える身体だった。

「見ての通り、私達は似たような物だから、そんなに卑下して小さくならなくても大丈夫。」

 アカデさんは、その傷を隠そうともせず、堂々とした様子で私と向き合った。

 傷は有るが、そんな事は気に成らない様な、立派で綺麗な身体だった。

 見られない様にと小さく縮こまって居る自分が、更に恥ずかしくなった。

「貴方の傷を笑う人はこの家には居ないから、安心して・・」

 そう言われ、軽く頭を撫でられ、脱衣所からお風呂に誘導される。

 貴族のお風呂に其のまま案内されると言うのは、私たち使用人からすると特別な事なので、気後れするが、どうやら歓迎されているらしい。いや、家政婦では無いのだが、昔の癖が染みついてしまっているようだ、こうして自分が下だと認識してしまうと、どうにも卑下してしまう。先刻まで変な期待をして舞い上がって居たのが恥ずかしい。

「先ずは身体を洗って・・・ほら、其処の石鹸使って良いから、狩りに出る訳じゃないから黄色い方、カンキツの香りがするの使ってね。」

「え?石鹸?香り付き?そんな高級品を?」

 下手すると私達に払われる給金より高い、其れこそ王侯貴族が使う物だ、思わず聞き返した。

「さっき作ってたし、この家ではいくら使っても怒られないから、使い方は・・・、慣れて無さそうね?洗ってあげましょうか・・」

 そんな事を言いながらアカデさんが手慣れた様子で石鹸を泡立て始める、此処まで来てしまったら、下手な遠慮をする方が失礼だろうと、観念する。

 あっという間に頭のてっぺんからつま先まで全身泡だらけにされた。

 カンキツのさわやかな香りに包まれる、こんな贅沢して良いのだろうか?

「はいざばーっと。」

 盛大にお湯をかけられる、こんな贅沢・・・

「で、これも使っちゃまいましょうか?」

 アカデさんが何かを指に付けて、洗った髪の毛にペタペタと馴染ませてくる。

「これは?」

「オリーブオイルね、髪の毛がさらさらしっとりするから、奇麗に成れるの。」

 さらっとそんな事を言われた。

「其処まで贅沢・・・」

「この家には家政婦は居ないの、貴方にも奇麗になってもらわないとご近所さんに舐められるから、大人しく奇麗に成りなさい。」

「はい、ありがとうございます」

 昔いた貴族の様な裏方飼い殺しでは無く、表に出れる扱いらしい。こんな大きな家で家政婦が居ないのは不思議だが、この家ではそうなのだろう。

 内心歓待に感動しすぎて泣きそうになりながら、お礼を言いつつ頷いた。

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