第44話 ギルマスの昔話

 駆け出しの頃は走り回ってばかり居た。


 ギルドで、朝の依頼が張り出されるときは真っ先に走って条件の良い依頼を確保するのが死活問題だった。


 当時依頼を受けるのは純粋な早い者勝ちなのだが、駆け出しが受けるような薬草採取の依頼でも、中級冒険者が出しゃばり、初心者の依頼を受けられなかった。初心者が食い詰めた挙句に、危険地帯のクエストを無理に受け、魔物に狩られて帰って来なかったなんて事もざらだった。


 だから、張り出された瞬間に、他の冒険者にとられる前に割の良い依頼を見極めて張り紙を取るのだ。


 張り出される前に取るのは禁止されているので、駆け出しの初心者冒険者を育てる気の無かった当時のギルドで初心者が生き残るのは、その部分で足で稼ぐしかなかった。




 何時しか、その時に鍛えたダッシュ力のおかげで「疾風のギル」などと言う二つ名が付いて居たが、そんな事はどうでもよかった。




 大規模な魔物の大量発生があった、前兆として魔物の生息図が変わる、一部の魔物が居なくなる、家畜や女・子供が連れ去られる、水が汚れる等。以上の事から危険な兆候だという魔物学者が居たが、魔物が増えるのは食い扶持が増えるから歓迎する。住民が不安になるから変な事を言うな、また嘘か、等々、まともに取り合う者は居なかった。




 結果として、その町は壊滅した。


 武装したゴブリンの群れ数千単位に蹂躙された。


 緊急依頼でギルドは冒険者を集めたが、初心者の育成すら手を抜いていた当時のギルドでは集められる人数も足りず、劣勢と見た冒険者は逃げだした。




 自分は其れでもPTメンバーに背中を預け、延々と周囲のゴブリンを切って捨てた、刃物は油で切れ味が鈍り、すぐに折れて使い物にならなくなるので、刃が分厚い鉈のような刃物や、ハンマー・鉄の棒・こん棒などの方が遥かに数を稼げた。




 結果として、生き残っていたのは最前線で暴れ回っていた自分たちだけだった。




 群れは暴れ回る自分たちを最終的に障害物として迂回し、街を飲み込み、宛も無く行軍した挙句に、王都でかき集められた兵に散り散りにされ、逃亡ルートで目に付いたものを全て喰らい尽くした挙句に餓死して全滅した。


 草原の主がかなりの数のゴブリンを狩り、死屍累々という様子で死体の山に陣取っていたりもしたが。大勢には影響が無かった。




 当然だが、自分も無傷では無かった、武器も何も尽きても武器を拾い暴れ回ったが、ゴブリンが使った毒矢が膝に刺さり、まともに歩けない状態でも仲間たちに助けられ、最終的にお荷物として生き残った。


 救援に現れた教会の治療術師が浄化や治療術をしっかりかけてくれたが、駄目だった。


 幾ら浄化や治療術をかけても、腐った肉は治らず、患部を抉り取って、強引につなぎ合わせた。


 膝は曲がらない事も無い程度、歩ける状態には回復したが、足で稼ぐ冒険者が走れなくなってしまっては役立たずも良い所だ。


 結果として自分は冒険者を続けられるわけも無く引退、PTは解散。


 一緒に戦った少女は其れでも支えると言って結婚してくれた。


 もう一人は武器屋として壊れない武器の伝道師をしているが、見栄えを気にして剣ばかり売れると嘆いている、だが重い武器こそ壊れないからと、重量級装備ばかり作るのはどうかと思う、下手すると持ち上がらないようなものを勧めてくるし。




 後日、前回の戦いの功労者として、国からギルマスになってみないかと打診された。


 怪我をする前は其れなりに名が売れて上級冒険者となっていたので旗印に成ると思ったらしい。


 ギルド事態に不信感があることを話し、断ろうとした所、領主も死んだので丁度良い、領主代行も兼ねたギルマスとして、実権を全て与えると言われた。この村(もはや町では無かった)は魔物との生存ラインの実質的な最前線だから、税金は免除、むしろ特別予算も付けるから、好きに使ってこの村を、ひいてはこの国を死守しろと。下手に断ると又馬鹿が任命されて苦労する人間が増えるぞと脅された、金をやるから責任者をやってくれと無理やり説得され、結局折れた。




 言う通りギルマス兼領主代行として実権を握ってからは、好き勝手して、あの時の理不尽をひっくり返すように、初心者冒険者が路頭に迷わないようにと必死にシステムを整備した。




 そんな最中、帰って来なかった冒険者が居た、夫婦で冒険者をやっていたのだが、そのまま依頼で魔の森に入った挙句に、未帰還。子供が一人だけ残されてしまったので、親戚筋に預かってもらえるように世話したのだが、どうにも折り合いが合わなかったらしく、別の場所別の場所とたらいまわしにされてしまい、改めて見つけた時にはボロボロの小さい物が歩いていると言う、酷い感想を浮かべたものだ。




 結局、このままではしょうがないからと、自分の家で引き取った。


 妻とは、何年も励んでいたが、不思議と子宝に恵まれなかった。


 代わりと言っては何なのだが、引き取った少女、エリスを二人そろって溺愛した、拾った時点では5歳、一緒に風呂に入り、寝物語に自分の体験からの冒険者の心得を教え、もしも冒険者として独り立ちした時にも苦労しないようにと、魔物の知識と対処法を記した図鑑を絵本の代わりに読ませていた。著者はあの時に嘘つきなどと呼ばれていた魔物学者だった。こうして著書を読むと、卓越した観察眼であらゆる魔物を記している、何であの時に信じなかったのかと自分たちの無知を恥じた。




 どうやら存命らしいので、ギルドからかなりの金額を研究費に充ててくれと送金した、それ以来、新しい研究成果がまとまり本が出る度に、こちらに送って来てくれる。


 エリスや職員、ギルドの冒険者に読ませると、目に見えて死傷者が減った。


 当時からギルドがこれをやって居ればと悔やまれる。




 エリスも無事14歳、成人となった、冒険者になりたいと言って真っ先にギルドで冒険者登録を行った。


 だが親馬鹿が災いしてか、下手な男と組むことは許せなかったので。そこはエリスに気づかれないよう水面下で色々と細工をして、下手に手を出さないようにと釘を刺して回った。


 万一求婚するような男は、最低限俺より強い事を条件とする、最初こそ面白半分に挑んで来た者が居たが、元上級冒険者が足で稼げなくなった程度、固定砲台式の戦闘、近距離の一挙同で動ける範囲でなら早々負けはしないと、次から次と挑戦者を沈めていたら、求婚者が居なくなってしまった。




 結果、エリスの婚期が遅れたらどうする気だと、妻に怒られた。

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