第248話 子供と猫と、見た目は子供
(うー)
屋敷の中を歩きながら内心で唸る、新しいお酒が飲めるとウキウキで付いて行った挙げ句に、変な醜態を晒してしまった。
でもアレだ、お酒が美味しいのが悪い、新しくて珍しくてしっかり美味しい、間違い無く売れる、あのキンキンに冷やす飲み方もかなり美味しい、危ないのは確かだけど、流石に唇が張り付いたのは驚いたが、まあ無事だし。
何気無く唇に触れる
(うわ、ガサガサ、後で薬塗らなきゃ……)
そんな事を考えつつ、ついつい唇をなぞる。
パキ
(っつう)
嫌な痛みを感じて顔をしかめる。
(あーあ)
内心冷め気味にため息をついた。
誰か治療術使えるの居ただろうか?
エルフは魔術が使えるだろうって?
いや、意外な事に私は治療系は使えないのだ、治療術と魔術は実は技術体系が違い、力の出処も違うのだ、魔術系は純粋に自前の力で、極論手足の延長に近いのだが、治療系は母なる大地の神に見初められていないと使えないので、そもそも使える者が少数派だ。あの3人、今領主をやる前は冒険者をやっていたのだから、一人ぐらいは治療系使えるのも居るだろうか?
領主になる直前に疫病対策の防疫最前線に居たのだから、治療系も使えると考えるのが当然の流れか、結局詳しく根掘り葉掘りしたのは薬の作り方で有って、役割やら何やらは聞いていない、義姉さんが活躍したのだろうと言うことで納得してしまってそれ以上は聞く機会が無かったのだ。今更だが失敗したと思う。
そう考えると、あの場で治療を頼んだ方が早かったのだが、謎の照れが先に立ったというか、あの至近距離で男の人に手を握られるというのは初めてだったので、びっくりしたのが先だと思う。
でも、何というかあの人の手、暖かかったし、こうしてみると優しいという評価も何だか納得が……
「アレ? カナデお姉ちゃんどうしたの?」
そんな上の空で歩いていると、和尚さん達の子供で有るヒカリに声をかけられた、私とこの娘では親と子程に年は離れているのだが、見た目年齢としては子供にしか見えないという事で、子供達にも大人扱いされて居ないのだ。
「何だか寒そうだから、こっちこっち」
何故か得意気に手招きされた。
確かにちょっと冷たい物を飲みすぎたせいか、身体が冷えてきている。
まあ良いかと言う感じに付いていくと、暖炉の前に陣取った巨大猫、ぬーさんと、ソレを枕やら毛布やらの代わりにして思い思いの格好で眠る子供達と、その子猫達が居た。
何と表現するのだろうこの塊? 猫玉?
思わず立ち尽くして、どうするんだろうと見ていると、こっちこっちとぬーさんのお腹を枕のようにして寝転んで、得意気に毛をぽむぽむと叩いて誘って来る、叩かれているぬーさんも反応して薄目を開けた、何とも言えない肉食獣の目が此方を射すくめるが、ぬーさん側も何時ものことなのか、特に気にする事も無さそうな様子で、直ぐまた眠そうに目を閉じた、どうやら大丈夫らしい。
「噛まれない?」
其れでも一寸怖いので確認する。
「大丈夫!」
ちょっとむっとした様子で返された、油断しかしていないこの子達の感覚だと、この巨大猫に対する信頼関係は絶大らしく、そんな事はまず無いのだろうと言うのが共通認識らしい、あの人達が子守手放しに預けていることを考えてみれば当然なのだが。
そして、どうやら一番暖かい場所を譲ってくれたらしい。
「じゃあ、失礼して……」
おずおずと子供達の真似をして、体重をかけないように注意して、その毛皮をクッションか何かの代わりのようにして寝転んだ。
ふわ
もふ
……暖炉の近くで暖められた巨大猫の冬毛は、ふわふわのもふもふで、もこもこだった、獣の匂いやら何かもするのかと思いきや、嫌な匂いも何もない、有るとすれば日向に干した新しい布団のような、そんな果てしなく眠くなるような独特の感触に全身の力が抜けた。
先ほどまで冷えて寒かった身体が、体温を取り戻して、指先が温かくなっていくのが、心地良い。
更に力が抜けると、まぶたが重くなる、そもそもこうして寝転がってはもうやることも無いし、仕事の続きをするのも無粋という物だ、そもそも仕事に戻ると言って先に出てきたが、急ぎの仕事はもう済んでいるのだ。
先ほど飲んだお酒のせいも有ってか、どんどん眠くなる。
ゴロゴロゴロゴロ
ぬーさんの喉が鳴る音が聞こえる、どうやら上機嫌らしい。
何故かその音の振動で更に眠く成ってきた。
身体も重い、もう指一本動かせない。
そんな訳で、あっという間に私は意識を手放した。
和尚視点
「あらま、何時もの所にいないと思ったら」
凍傷の治療をしようとカナデを追いかけてきたのだが、何時もの執務室にいなかったので探してみたところ、ぬーさんと子供達に混ざって寝落ちしているのを発見した次第だ。
「しー」
起きていたらしいヒカリが何処となく得意気に、静かにとジェスチャーをしてくる。
(わかったわかった)
笑みを浮かべ、小さく肯いて返事としながら、静かに近づいて未だ寝ている子供達の頭を順番に撫でた。
(にししー)
声を上げず、得意気にヒカリが笑う、何だかんだ、子供達の間に年の差はあまりないのだが、ヒカリは長女らしくしっかりして、妹達の世話をよく焼いている。
(まあ、こっちの仕事もやっておかないとな)
「オン コロコロ センダリマトウギ ソワカ」
流れでカナデの頭も撫でつつ、小さく薬師如来の真言で治療する。
皮が剥け、割れて血が滲みそうになっていた唇が綺麗に治る、気持ちカナデの寝顔が安らかになった気がする。
(其れじゃあ、又後で)
満足げに肯いて、未だ起きているヒカリに手を振って部屋を後にした。
追伸
虎に関する民間伝承で、虎の吐息と唾液には麻酔効果があって、獲物は痛みを感じていないという物があったりします。
作者の出典は「ているている」から、マイナーな伝承らしく、詳しく調べても出て来ません。
そんな訳で、うっかり此奴らに巻き込まれると寝落ちします。
22222の日に合わせて書いたけど、盛大に遅刻しました。
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