第247話 番外 形あるものは壊れるけれど 時系列「第164話 クリスの鎖」の後

 未だ薄暗い朝、目が覚めて布団の中で伸びをする、頭が段々と冴えて来るので、それに合わせて身体を起こす。

 先ずは身支度を調えてと。

 寝間着を脱いで何時もの仕事着、メイド服に着替える。


 パキ


 不意に聞き覚えの無い音が響いたので振り返る様に首を振って周囲を伺う、瞬間、スルリと身体に添うように何かが動き、其れが床に落ちる。

 カシャン

「?」

 何起こったのかも分からず、ソレをロクに確認もせずに拾い上げた。

「?」

 ソレは何処かで見た気がする、むしろ毎日見ている気がする。

 いや、ソレが何で有るのかは判っているのだ。

 ソレが壊れて落ちたと言う事に対しての理解を頭が拒んでいるだけで。

 そして、ソレが何かを認識してしまっては、もう泣く事しか出来なかった。

 目から何かが溢れて、ボロボロ溢れた、視界が滲んで何も見えなかった。


 壊れて落ちたのは、和尚さんから昔付けて貰った首輪(チョーカー)だった。


 同室のアカデさんが起きて慰めてくれるまで延々と泣き続けた。

「おはよう御座います、今日はクリスちゃん遅いんですね? 調子でも悪いんですか?」

 灯さんがいつもより遅い私を心配して部屋に顔を出した。

「ちょっとコレが壊れた物だから泣いちゃって」

 未だグスグスしている私に代わってアカデさんが応えてくれる。

「ああ、そう言う事ですか、んーと、大したことにはならないけど、私等ではどうしようも無いのであの人に任せましょう」


「ああ、流石にずーっと着けて居るんだから壊れもするな?」

 その言葉は、予想外に軽かった。

 千切れた鎖を手元でジャラジャラとさせながら千切れた箇所を観察して居る。

 怒られるのかと思って居たので、拍子抜けする。

 いや、期待も何もされてい居ないと言う意味での軽さなのだろうか?

 内心でビクビクとしながら、顔色を伺う。

「ん?」

 不意に目があった。

 こちらの視線の意味を吟味しているのか、少し考え込む様子を見せる。

「ああ、そう言う事かな?」

 ちょいちょい。

 もっとこっちに来いと手招きされたので、一歩近づく、次の瞬間、膝の上に抱きかかえられて居た。

「え?」

 思わず間の抜けた声が漏れた。

「今迄絆の形として肌身離さず着けてたコレが壊れて、繋いでいた物が無くなったって泣いてたんだな?」

 図星を刺されてビクリとする。

「大丈夫、壊れたのはタダの物質、コレ其の物はそんなに大事じゃない。いや、大事にしてくれるのは嬉しいけどな?」

 大事じゃないと言われて、思わず絶望しそうになった所で、言い直される。

 この人も気を使うのか?と言う的外れな感心と気を使わせたと言う葛藤でどう返したら良いのか分からず固まる。

「全ては大事だけど、同時にそうでも無い、例え今迄の稼ぎ全ての全財産で有ったとしても、過程の結果は過程じゃ無いし、人生其の物でも無い」

 何だか良く分からない事を言っている。

「あの、よく分かりません」

「うん、分からないと思う、そんな訳で要約すると、コレが壊れたぐらいで現在の関係が変わる訳じゃ無いから、泣く必要は無いと言う事だな?」

 改めて抱き締められた。

「何回でも言うけど、こっちから捨てるとかそんな事は絶対に無いから、そう言う意味では安心して良いからな?」

 子供をあやすように、ただ優しく撫でられる。

「むしろ、毎日料理洗濯、家事育児、世話されてるのはこっちの方だからな、むしろクリスの方で愛想尽かされないか心配してるぐらいだぞ?」

「どれだけ私が感謝してると思ってるんです? 絶対にそれは有りません」

 そもそも助けられなかったら私はもうこの世に居ないし。

 いくら食べても飢えないだけの食べ物と、冬場に凍えない家に清潔な寝床を提供されている、この世界でコレがどれほど貴重で得難い物なのかがこの人には解っていないのだ。

 それに夜もあれほど優しくされて、惚れないはずもない。

「そもそも、クリスの価値は自分で思ってるほど低くないからな?」

 予想外の言葉に思わずギョッとして和尚さんの顔を見る、相変わらず優しく笑っている、嘘をつかれているとか内心で嘲笑されているとか、そんな裏は見えない。

「もうちょっと自信を持て」

 予想外の褒め殺しの追い打ちに、何故か涙が滲む。

 ぐすぐすと泣き始めてしまった私を、ただ優しく抱きしめて撫でていてくれた。


「じゃあ、これからもよろしく?」

 泣き止み、もう大丈夫と少し身じろぎしたところで、手が緩み、そんな言葉が降ってきた。

「なんで疑問形なんですか・・・・・・」

 段々と気も解れてきて何時もなら言えないような言葉が出て来る。

「そうだな、じゃあ・・・・」

 少し考える様子で言葉を止めた。

「この手は離さないからずっと一緒に居よう、死が二人を分かつまで」

 最後の言葉で真っ赤になっていた、流石に恥ずかしかったらしい。釣られてこっちまで真っ赤になる。

「はい、よろしくお願いします」

 何故か涙が又ボロボロと流れる。壊れたのを見た時とは別の、何か満たされて溢れた様な、そんな幸せな涙だった。


 和尚視点

「新しく選ぶのは構わんけど、そんな太いの重くないか?」

「壊れたら困りますから、コレでお願いします」

 その後、クリスの希望でチョーカーの鎖を買い直すと言うことに成ったのだが、千切れるようでは困るという観点がやたらと強く出た結果、アクセサリーのチョーカーと言うには妙にごつい物が選択肢に上がった。流石にアクセサリーとしてはどうなんだと言う突っ込みは、実用性というか堅牢性最優先というクリスの強い意思に負け、妙に存在感のある鎖がクリスの首を彩ることと成った。

 アクセサリーとしては革や布系の方が良いと思うのだが、お風呂の時等に毎回外すのも嫌だと言う事で、フルメタルなチェーンで有る。

 重さがあるぶん材料費の関係上、値段的にも可愛く無いが、何時もは控え目なクリスの珍しいわがままなので特に問題は無い。

「お願いします」

 妙に晴れやかな顔でごつい鎖を自分に着けてくれと強請るクリスと、野次馬達が不思議そうに見守って居た。

 妙に満ち足りた微笑を浮かべて目を閉じるクリスの首に鎖をかけ、カチャカチャと止め具を締める。

「はい、出来たぞ」

 声をかけるとクリスが目を開ける、自分の首に鎖がかかっている事を確認すると、拘束されたことで逆に解放されたような、清々しい笑顔を浮かべた。

「では、改めてお願いします」

「こちらこそ、よろしくな」


「奴隷か?」

「いや妻」

 店主が不思議そうに聞いてきたので、速攻で訂正する。

「何人目だ?」

「この娘で4人目」

「お盛んだねえ?」

 エロ親父特有の何とも言えない笑みを浮かべている。

「ええ、念入りに搾り取られてますから」

 何とも言えない下ネタに店主がわははと笑う、やっぱりそんなノリらしい。


 無常、全ては定まらないで、常に変わって行くと言う概念。

 色即是空、全ては虚、若しくは空、ソレに価値があろうと無かろうと、自分の中での価値でしか無いので、今回のチョーカーは二人の関係の象徴かも知れないが、関係其の物では無いので、そちらは壊れはしない。


 追伸

 当然と言うか何と言うか、コレで大泣きするのはクリスだけだったりします。

 灯は困るまでも無く和尚に強請りに行くし、基本的にセットで行動して居るエリスもそれ程溜めも無く同乗する、アカデだけ少し困るかな位。EX合流しちゃうと金属加工に困らなくなっちゃうのが難点、其れでも灯はそれはそれでと言う感じに強行出来ますので、自称第一夫人の正妻は伊達じゃない。

 そんな訳で。EX合流前で子供のリーオ産まれる前、こんな事も有りました位のネタでした。

 因みに、和尚の嫁になった時点で鬼子母神の加護が何だかんだ無意識に発動しているため、当人は意外と鎖自体の重さは感じないので、無意識に加減間違えてやっちゃったりした結果、段々と鎖が大型化していったりすると言うネタもあったりします。

 クリス的には最終的にデカイ鎖と南京錠みたいなもアクセサリーか其れ? 見たいな物も候補に上がっていたりと、変な方向に重いです。

 いくら壊れても平気だと言おうと、それはそれです。


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