第262話 細かい作業

 シャキン シャキン

 ポイッ

 シャクシャクシャク

 パチン

 ポチャン

 シャキン シャキン

 …………

 ……

 領主の館の庭先、一様に椅子と桶、箱を並べて作業中、黙々と音が響いていた。

 何をしているのかというと、先程確保してきた桑の木、その枝を切って整えて挿し木を出来る様に下処理しているのだ。

 シャキン

 余分な葉っぱを切り落とし。

 ポイッ

 落とした葉っぱを足下の箱、巨大クワコの一時巣箱に落とすと、待ってましたとばかりに葉っぱを囓り始める、大きさ的にも納得の食欲であっという間に葉っぱはなくなってしまう。

 シャクシャクとコイツらの咀嚼音がひたすら響いてくる。

 パチン

 成長点が一つ以上残るように少し太い枝を切り。

 ポチャン

 整形した枝は乾燥しないように一旦水を張った桶に落としておく。

 一連の作業を黙々と行っているのだ。


 ぷち

 ぽいっ

 コレは残っていた桑の実を隣で見ていたヒカリの口に放り込んだ音である。

 分かっていたとばかりにヒカリはタイミング良く口を開けていて、上機嫌に咀嚼している。

 ヒカリとイリスは上機嫌に周囲でうろうろしていた。


「でも、こんな小さくしちゃって上手く生えてくるんですか?」

 灯が胡散臭げに、小さく整形した枝の一本を手にくるくると玩びながら呟く。

「寧ろ小さくしないと枯れるんだ」

 手は忙しいが、口は開いているので、植物育成の豆知識を披露することにした。

「そんなもんですか? 大きい方が強そうですけど?」

 灯はそれ以上興味は無さそうだが、納得は行かないと言う調子で返してくる。

「根っこが綺麗に残ってれば大きくても構わないけど、根っこと上の葉っぱは大体同じ量で考え無いと、収支計算が破綻する」

「破綻?」

 灯が変な言葉使うなあと、首をかしげる。

「乾燥に適応したサボテン種や多肉系見たいな棘じゃないから、葉っぱから蒸気が出る構造上、吸い上げる分と、その蒸散させる水分の収支計算が合わないと枯れるんだ」

「そんなもんですか」

 余り興味なさそうな灯が生返事を返してくる。

「今回は根っこも何もない、切り口から取り込む分だけでどうにかしないと行けない、根っこを作り直さないとジリ貧だし、葉っぱは構造的に勝手に水分出しちゃうから、幹は葉っぱが邪魔だって自分で枯らしちゃう、ソレなら先に葉っぱは切り落とした方が、時間的にも水分的にも効率良い訳だ、そのわずかな時間差の延命が挿し木の成功率を分ける」

「理には適ってるんですね?」

 対して興味は無いが、理屈は分かったと言う様子で相づちを打つ。

「ソレでも少し残すんですね?」

 アカデさんが質問を引き継ぐ。こちらは興味津々と言う様子で、目がらんらんと輝いている。

 確かに葉っぱを半分だけ残している。

「そんな訳で葉っぱは贅沢品だけど、同時に光合成、光から栄養を作らなければ成長効率が良くない、葉っぱ無しだとその栄養を自前でこの枝部分に残ってる分だけで賄わなきゃ行けないとなると、それはそれで厳しいから、少しだけでも残しておくと言う奥ゆかしいバランス感覚」

「最後が雑ですね?」

 灯が呆れ気味に突っ込む。

「植物は生き物だから、最後はアナログで適当なんだ、気候に合わせたその場の気分次第に成るから、明言と確定は無理」

 多少の裏付けは有っても最終的には植物自身の気分と調子と気候と自分達の世話焼き加減だ、桑に悪さする例のキノコは今の所こちらでは見ないので、どうにかなるはず。



 ぷすぷすぷす


 ひとまず整えた枝を砂に刺していく。

「土じゃ無いんですね?」

「下手に栄養の有る土だと、同時に腐りやすく成るし、雑菌や微生物が悪さし易くなる。更に栄養価が高過ぎると、栄養は取れるからこれ以上伸ばさなくて良いって感じに根っこの伸びが悪くなる、最初は乾燥に注意しつつ、貧栄養状態にしておく」

「肥料は?」

「根っこが出来上がってからだから、最低限半年待ちかな? 」

 肥料には腐敗菌がいる為、早くやり過ぎると土と新しい根っこと塞がっていない切り口が腐るのだ。

「植物が枯れるのは水枯れと肥料撒き過ぎが大抵だから、のんびり育てる事だな?」


「コイツのご飯は?」

 しゃりしゃりやっているクワコ達を指差す。

「今やってるコレが発根して無事育つ迄、来年までは遠出してでも頑張って餌探しながら野外採取で頑張るしか無いな?」


「コレを毎日?」

 灯がちょっと遠い目をする。先程まで山積みだった葉っぱはあっという間にクワコの腹の中に収まっていた。

「しょうがないだろう、生き物相手なんだから」

 かなり大きいので、そろそろ繭になる頃だと思いたい。

「大丈夫、慣れると遠くからでも一目(ひとめ)で分かる位に目立つ植物だから」

 桑系の葉っぱが持つ独特の光沢は、慣れると遠くからでも分かる程度には目立つ、小学生の頃、理科だか家庭の授業でカイコの餌を確保したことを思い出した。

 ……ここまで大きくはなかったが。

「手が空いてる娘(こ)に手伝って貰うとしましょうか?」

 ウチのメイド達は領主交代の際、ソレなりに減っていて、補充もしていない様子なのだが、ソレなりに残って居るし、忙しそうにしている様子もない、面倒な上層部が消えた結果、無駄がなくなって丁度良くなった類いらしい。

「上手く行ったら専属雇って大規模化だけど、最低限下地は作っとかんとな?」

「孤児院にでも仕事預けましょうか?」

 エリスが呟く。

「子供と相性は良さそうではあるな?」

 そんな事を言いつつ、先程からうろちょろしているヒカリとイリスに目を向ける。

「「?」」

 二人がこっち? という感じに自分を指さしつつ首をかしげた。

 この二人は何だかんだ、下町も山も森も散々勝手に彷徨いている類いなので、地元の子供達や教会で世話されている孤児達にも顔が利くので、適材適所では有りそうだ。

 頼んだという感じに頭を撫でつつ肯いておいた。


「帰命頂礼 馬鳴菩薩 養蚕守護 如意円満」

 養蚕担当の仏の経文をを唱える。

 日本神道的には死んだ際に眉毛から蚕を生み出した保食命(うけもちのみこと)と、お蚕様其の物なオシラ様、その守護系の稲荷様か蛇神様がメジャーだが、仏教的には服飾と養蚕(ようさん)担当の馬鳴菩薩(ぼみょうぼさつ)と言う仏がいる、かなりマイナーなため、真言は無く、経文が一文しかないのだ。

 経文に反応してか、一瞬クワコと桑の枝が光った気がした。

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