第214話 半死半生の責任者と来客

 ごふっ! ごふっ!

 個室で一人、最早何度目か判らない咳をする。

 咳で飛んだ痰の中に血が含まれているのが見えた、私もそろそろ時間か・・・

 私はこの地で教会の責任者をしているしがない神父である。

 現在地は教会の自室、下の大広間に雑魚寝で構わないのだが、防犯も兼ねて貴重品と一緒に奥の部屋に押し込められている、泥棒が来ても盗むほどの物は無いのだが・・・

 皮膚が黒くなる死病、黒皮病が流行り出し、教会に治療の為にと患者が大量に運び込まれるようになり、幸か不幸か治療知識豊富なサン殿が滞在していたので手伝いを頼み、治療法が解らないながらも出来る事をしようと対処療法に右往左往して居た所、自分までその病に倒れてしまった、どうやら患者の咳の飛沫を被ってしまったのが悪かったらしいと言うのは、その後のサン殿の分析で知った、そして治療法が解らない最中、恐らく歳の行った自分はそう長く無いだろうと言う事を悟った、サン殿は貴族担当の産婆をしていただけの事は有り、聡明な方で有効な治療法は見つからないまでも、立派に治療を続けている、拾った孤児であるロニとリカも立派に働いて居る様だ、これなら私が居なくなった後でもちゃんと生きて行ける事であろう。

 私が倒れた時には二人揃って泣きながらしがみ付いて来たが、其れ所では無いのだと老い先短い私より助かりそうな者を救いなさいと説得した所、泣きながらでもちゃんと立ち直り、治療に駆け回って居る、多少の寂しさは有るが、立派に育ってくれたことを嬉しく思う、最期の瞬間に二人の顔が見えないのは残念だが、治療に駆け回って居る者の邪魔に成ってもいけない、一人で静かに居なく成るとしよう・・・・

 内心でそんな弱音を吐きながら目を閉じる。

 寂しさに涙が零れた。

 ふわり・・・

「・・・・・・・・・・・」

 ふと、不思議な風が吹いた気がして目を開ける。

 遠くで何か不思議な音だか声も聞こえた気もした。

 何か不思議な光と風を感じた気もする。

 死の前に神のお告げでも有ったのだろうか?

 そして、少しだけ身体が軽くなった様な気もする。

「一体何が・・・?」

 違和感の正体を探して動かない体で目線だけできょろきょろと周囲を見回す。


 ギシ・・・ギシ・・・

 部屋の外から足音と言うか、床板が軋む音が聞こえて来る、安普請と言うか、色々と維持費が足りず、老朽化して居るだけの話だ。何時もの食事の時間とは少し違うが・・・・

 と成ると、何か不都合があったのだろうか?

 いよいよ二人に管理を任せたこの教会の運転資金が尽きたのだろうか?

 運び込まれて来た患者さんが亡くなったのだろうか?

 まさか今治療に駆け回って居るあの3人に悪い事が?

 次々と悪い事が脳裏を駆け巡る。

 いかんいかん、悪い事ばかりを考えては更に暗くなる、万に一つも無いだろうが良い事を・・・・・


 なけなしの金で飛ばした救援の嘆願状が届いて本部や国から救援が来たとか、治療法が見つかったとか、領主が心を入れ替えて寄付金を・・・

 最期のは無いな・・・・

 領民から税を搾り取る事しかしていないあの領主が心を入れ替えるとは思えない。

 娘が飼っていた小鳥をうっかり放した所、目の前で猫に狩られたと娘に泣かれたからと言って報奨金を出して猫狩りをする様なボンクラだ。

 時期として収穫前で、農家がお金に困った結果、飼い猫や野良猫、山猫問わず、結構な数の猫が狩られてしまったようだが・・・

 コンコン

 戸が叩かれたので、とめどない思考が中断される。

「はい、どうしまじだ・・・ごふっごふっ・・・」

 一先ず返事をする、咄嗟に出した声がかすれて咳に成る。

「神父さま、来客です」

 サン殿の声だった。

「聞いての通りでず、この咳は悪い物です、病をうつすと悪いので残念ですが・・・」

 掠れる声で必死に話して警告する、下手にうつしてしまっては元も子もない。

「これからの方針の事も有るので・・・入らせてもらいますね?」

 聞き覚えの無い男性の声が、丁寧だが有無を言わさない勢いで断り入れつつ扉を開いた。

「な・・・・」

 入って来たその人物に、一瞬後光が射して見えた、薄暗い部屋だったので廊下が明るかったせいも在ったのだろうが、その時は確かにそう感じたのだ。

 程良く日に焼けた肌と、奇麗に剃り上げられた禿頭、鍛えて有る様子を強く感じる事から、教会や治療学士系関係者には見えない、恐らく冒険者だろうか? だが不思議と知識の輝きを感じる、何者だろう?

 思わず目を見開いて固まりつつ、色々分析する。

「初めまして、救援仏子代表の和尚です、色々やらせてもらいます、もしかすると面倒事も有るかも知れませんが、其処等辺はお願いしますね?」

 何か含みのある調子だが悪気は感じない。

「丁寧にありがとうございます、この教会の神父をしています、ウコギと申します、病に倒れた情けない姿ですいません」

「気にしなくて良いです、そんな格式張った物は求めて居ません」

 特に気にした様子も無い。

「失礼ですが何方からの依頼でしたか?」

 出所は確認したい。

「国の役人さんですね、色々切羽詰まっている様子でしたよ」

「・・・・そうでしたか」

 なりふり構わず各地に文を飛ばした甲斐は有ったらしい。

「ですが、どうやら私は此処までで・・・」

 恐らく私が後の事を考える資格と時間は無い。

「オンコロコロセンダリマトウギソワカ」

 何かの呪文と共に燐光が浮かぶ、不意に体が軽くなったような気がする。

「?」

 思わずきょとんと眼を見開く。

「死ぬのなら先ずはこの薬を試してください」

 和尚と言う人が薬らしい白い粒を取り出した。

「そんな薬何て、先の短い私には・・・」

 貴重な薬を無駄使いさせる訳に行かない。

「良いから飲んで下さい! 死ぬつもりだと言うのならせめて人体実験の糧と成ってください! 貴方には後々の責任を全て追ってもらう仕事が有ります!」

 有無を言わせない勢いを持って、薬らしい粒と吸い飲みの水を持って詰め寄って来る。

「わ、わかりました」

 思わず口を開いた所に問答無用とその粒を放り込まれた。

「?!」

「水です」

 何時の間にかサン殿が以心伝心と言う様子で吸い飲みで口に水を流し込んで来る。

 一瞬むせるかと思ったが、和尚が妙に手際良く背中に手を回して上体を起こされ目を白黒させて居る内に無事飲み下せた。

「無事飲めましたね? 後から次の薬も有ります、その時もお願いしますね?」

 思わず頷いた、しかし、さっき飲まされたこの薬は一体?

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