第175話 番外 アカデの回想 1(過去編)

 生き残ってしまった・・・・

 大分嫌な形で・・・・


 内心でがっかりしつつ、頭の中で状況を整理する。

 正規軍付き治療担当の神官に私の現状の話を聞く。

 流石に高給取りの正規軍付きなだけ有って、治療の腕は良かったらしい、あそこから助かったのならめっけものだと言っても良いだろう。

 生き残った代償は其れなりに大きかったが・・・


 少し前、私は開拓地の領地としてはそこそこ大きい街に滞在して、魔物と獣の観察記録を取っていた。ギルドに無理を言って解体場に持ち込まれた獲物の記録を取ったり、解体しても金に成らない様な獲物を分けてもらったり、自分で身を守れる範囲で生息域に乗り込んで、実際の生態を観察したり、護衛を雇って奥地に行けるようなお金は無いので、細々とやって居たのだが。

 そんな最中、動物や魔物に明らかに可笑しな動きが有ったのだ、前回、数年前に前任者が調べた生息図とは明らかに違う、もっと奥地に居る筈の生き物が森の浅い位置で目撃されている、人里からほんの歩いて一日も無い様な位置でゴブリンの大規模集落が発見されたり、其れを追いかけて来たのか、ブラッディベアまで目撃されている。

 村の近辺で放されている家畜が何時の間にか居無くなり、其れを探しに行った牧場主や、小間使いや子供が其のまま行方不明になる様な事も多発している。

 恐らく、生息域がズレる様な異常事態が有ったのだろう、何かの、恐らくゴブリンの大量発生では無いかと結論付けた。

 ブラッディベア相手に太刀打ちするには何十人規模でやらなければいけないし、ゴブリンの集落も同じかそれ以上でかかるものだ、メンバーを集めるだけでも大変だし、現在の領主が経営に口出ししているギルドでは、大規模依頼を出せる予算が無い。


 それを含めて、ギルドや領主に要望を出そうにも、私には他の貴族の後ろ盾や学界的な大御所に伝手が無い。師匠筋も既に亡くなって居るのでもう居ない。門前払いを食らい、余計な事を騒ぐな、民衆を惑わせるなと犯罪者扱いされてしまい、這う這うの体で引き下がったと言うか、逃げ帰った。


 顔見知りの冒険者にそんな事を話しても、増えて居るなら稼ぎ時だ、魔物でも獣でも、変な所に居ようと只の獲物だと、的外れな返答が帰って来た、じゃあ狩るのかと言っても、そもそもそんな討伐依頼が出て居ないと言う状態だった。

 依頼が出ている状態じゃ無いと、獲物の肉や素材だけでは冒険者も赤字に成る事が多いので、余り乗り気に成ってくれないのだ。


 最終的に、余計な事を言って不安を煽る私は狂人扱いされ、領主の私兵に追いかけまわされて居る内に、例のゴブリンの大発生、大行進で、私を含めて市民が非難する暇も無く、見事に群れが全てを飲み込んだ。

 攻め込んできた数も、被害者の数も、被害総額も、今と成っては全て最早訳が分からない数字が並んでいる、死んだ後は只の噂と数に成るのかと、被害者の一人ながら冷めた目で見ていた。

 私も被害者だが、ゴブリンに捕まり、借り腹の苗床にされて居る内に、遅れて駆け付けた正規軍に助けられた、その時点で既に産みつけられていたので、お腹に剣を刺され、中身を引っ張り出されて、治療術で強引に傷を塞ぐと言う極めて荒っぽい手順で・・・・

 ゴブリンの体液に含まれる毒が一種の麻酔の役目を果たす為、助ける為には最初の意識がもうろうとしている段階で、一思いにやるのがコツなのは、理屈としては判るのだが・・・

 お腹の中で暴れ始めたら手遅れなのも判るのだが・・・

 助けが来たと思ったら、その助けに来たはずの人に、消毒の為と短剣を炙って冷やして、猿轡をかまされて、羽交い絞めで以下略されると言うのは、少し荒っぽいと言うにも酷いと思う・・・・

 目の前で手っ取り早く血抜きモツ抜き処理されて食肉として殺されていた男よりはマシだと言われれば其処までなのだが・・・

 そのうえで、結局元通りには治らないので、子供は恐らく無理ですと言われた。

 命が有っただけめっけものだったのだろう。

 同じ様に助け出された借り腹仲間(?)は結局抜け殻の様になってしまって居たり、ゴブリンの子供を産んだ女など要らないと虐められたりで、助けられたとしても、まともに社会復帰できた例がほぼ無かったし、自殺者も多かった。

 私も、結局其のまま女として生きる気にもなれず、魔の森から離れ、男だと偽って生活していた、バレて求婚された事も有ったが、いざ裸に成って傷跡を見せると、嫌な物を見たと言う様子で目を逸らして手も触れず、速やかに居無くなった。

 私はその態度に傷ついたと言うか、まあそんな物かと、ため息を付いただけだ。


 そんな状態でも好奇心が向くのはやはり生態学だったので、最後に論文だけ形にして纏めようとなけなしのお金をかき集めて、本を出した。


 本を出して暫く後、何処かの領主から、突然書状で研究費の援助の申し込みがあった。

 差出人は、あの忌まわしい記憶の地、魔の森近接領領主だった・・・・

 あの領主にそんな殊勝な心掛けが有ったのか?

 と、首を傾げたが、どうやらあの騒ぎで当時の領主はお隠れに成り、新しい領主があの地を収めて居るらしい。

 私が観察記録と論文をまとめたあの本が、冒険者の間で生存率を上げる為に必須と言われる程に役に立って居ると褒められた。

 今まで、何でそんな物を調べる? 調べて何に成る?

 と、訝し気な視線を向かられることは有っても、そんな評価を貰った事が無いので舞い上がってしまった。


 急いでその領主の元に向かって、お礼とご挨拶、あわよくば追加の出資の申し込みをと思ったが、やはり足が竦んでしまい、とても足が遠かった・・・・


 結局、直接ご挨拶する迄長々と待たせてしまい、挨拶した後も、長々と居座る気にもなれず足早に退散した。

 失礼では無かったかと、自己嫌悪に陥ったが、領主のギル様はどうやら気にした様子も無く、追加の出資も快く受けてくれた。

 私の生活費も、研究費も、全てあの人に握られている。

 その後、何度も訪ねては、研究成果としての本を納品しては、追加の研究費をと頼み込むのがお約束と成った。

 矢張り長期滞在すると体が震え出すので、直ぐに逃げる様にその領地からは逃げだすのだが・・・・

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