第132話 研究者としての性分

「あの時、ゴブリンの死体の処理はしていなかったですよね?」

 アカデさんがそう切り出した、確かにほったらかしだ、ある程度村からも距離が有ったので、改めて回収するにも物理的に遠いため、後始末はしていなかった。

「ゴブリンも、キングもクイーンも、村から遠いものは回収する機会がなかったのでほったらかしですね。」

 その言葉を聞いたアカデさんに、若干の笑顔が浮かんだ。

「その死体の山に、見覚えのない魔物が沸いているらしいのです、恐らく餌場としてでしょう。其処で、是非とも自分の目で確認したいので、其処までの護衛と道案内をお願いしたいのです。」

 どうやら護衛らしい。しかしあれだ、アカデさん一人称安定しないのだな・・・

「それはわかりましたが、だいぶ雑な目撃証言ですね?」

 思わず、そんな突込みが出た。

「詳しい説明をしますと、何か大きいものが這い回って居たと言う事です、昼間は普通の動物や魔物がゴブリンの死肉を漁っていて、虫も蠅やら何やら凄いらしいのですが、夜間になるとその動物や魔物の類が居なくなるらしいです、で、その代わりに何か大きな生き物が現れて、その死体の山を纏めて食べているとか、運んでいるとか・・・」

 どうやら完全な眉唾話と言うわけではないらしいが、雪山のイエティやネス湖のネッシーに近い何とも言えない感がある、いや、このファンタジー世界でなら其れほど珍しくもなく居るかもしれないが。

「その目撃者に案内させては?」

「何だか怖がってしまって、もう行きたくないと断られてしまいました。」

 此方に回ってきた理由は有るらしい。


 そんな訳で、アカデさんを案内して、あの激戦区の近くまで戻ってきた、未だ遠くなのだが、既に臭いが酷い。

 生物層は豊富だから多分食べ尽くしてくれるだろうと軽く考えていたが、未だ1週間程なので、処理しきるには時間が足りないのだろう。

 アカデさんはどうやら其れなりに鍛えているらしく、夜になる前に付きたいと言うので早足気味の強行軍で来たが、文句も言わずに難なく付いてきた。

 因みにアカデさんの装備は軽くて扱いやすそうなショートソードだった、フィールドワークの時は着けているらしい。

「いざという時にはお願いしますよ?飾りですから。」

 あくまで自分は護衛対象でお荷物だと言いたいらしい。護衛対象が下手に得意気になって前に出ると酷い事に成るのは良くある事なので、守られる側だと自覚が有るのは有難い。

「此処ですね、あまり近づきたくない臭いがしますが・・・」

 ゴブリンの死体の山を目視で確認する、因みに、道すがら槍とキングやクイーンの死体をそれなりに回収してきたが、金剛界曼荼羅の発動起点になっていた部分では焼けこげるようになって居た、発動起点の金剛界五仏や大日如来を掘り込んだ物は他の物よりも効果範囲が広かったらしい、他の仏の物もどうやら無関係では無いらしく焼けている、ブースター的な効果は有ったのだろうか?

「オン シュリ マリ ママリ マリシュシュリ ソワカ」

 余りにも匂いが酷いので烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)の真言で浄化する、

 烏枢沙摩明王はいわゆるトイレと浄化の炎、胎児の性転換を司る、インドの原形ではアグニと言う火の神だ。

「便利ですねえ・・・」

 アカデさんが感心した様子で呟いた。

「こっちは神様多いですから。」

 名前の有る物だけでも正直把握できない。

 名前の無い仏は更に沢山居ると言う事に成って居る、恒河沙(ごうがしゃ)、10の52乗程居るらしい。

「さあて、何が出るかな?」

 アカデさんが楽しみそうに現地に向かう。

「ん?」

 視界に例のゴブリン死体の山と、その近くに黒くて大きい生き物が目に入った。ゾワリと、アレはヤバいと言う嫌な予感に従い、虚空の蔵から先ほど回収した槍を取り出し、八幡様の加護を乗せて投擲した。

 当たり処が悪いと言うか、傷が浅かったらしく、其のまま向かって来るので、もう一本取り出して全力で投擲した。


「ブラッディベア・・・」

 アカデさんが呆然とした様子で呟いた。

 投擲した槍が突き刺さった先には、体長5m程のヒグマの様な生き物が居た、どうやら無事仕留められたらしい。背中の鬣部分が赤い、赤カ〇トかな?

「こんなもん居たんですね?」

 灯が呟く。

 遭遇したのが今で良かった、昔遭遇したら先ず助からない。

 しかし、こんな物が居るのならゴブリン等はキングもクイーンも含めて只の餌だろうに、アレだけ増えるのだから不思議だ。

「強さ的には?」

「見つかったらと言うより、見つけたら死を覚悟しろ、ですよ・・・」

 エリスが言う、真面目な顔なので冗談では無いらしい。

 まあ、熊が本気を出したら空以外全地形対応なので先ず逃げられない。

「貴方を連れて来てよかった・・・」

 アカデさんがしみじみと呟く。

「アレで仕留められてよかった、あんなもんと近接戦闘したくありません・・・」

 本心からそう思う。この熊にはどうやら仏の加護による浄化系の追加ダメージは薄いらしい。

「コレ相手に投擲だろうと何だろうと、まともに刺さる時点で可笑しいんです。」

 アカデさんが呆れ半分の様子で言う、此方としても、元の世界でヒグマ相手に近接戦闘は無理筋なので、絶対に近づきたくない。

「魔の森にしても、もう一寸奥地の生き物です、ゴブリンの死体が山に成って居ると聞いて、珍しい獣やら魔物やらが居ないと思って来ましたけど、当たりですね。」

 アカデさんは目的達成と言う様子のほくほく顔だ。

「そういえば、魔物と獣の違いって何です?」

 今更気になって聞いた。先程の口ぶりだとちゃんと分けて居る。

「浄化魔法を使った時に、多少でも嫌がるのは魔物で、ほぼ影響がないのは獣です、ゴブリン何かは分かり易く魔物で、この熊なんかは獣ですね。」

 なるほど、浄化影響無いのか。

「でも其れだと、細菌やらウイルスが魔物枠に成るのでは?」

 魔法として浄化のメカニズムは判らないが、毒素だけ消してるのか元から消して居るのか。

「何です?それ?」

 おや?

「目に見えない位の小さい生き物ですけど。もしかして顕微鏡有りませんか?」

「顕微鏡?」

「目で見えない位小さい物を大きく見せる為の物ですけど、こっちには有りません?」

「目で見えないのなら無い物では?」

 成程、其処からか。

「今度作ってきます。」

 この世界にも硝子が有るのだから、単レンズ顕微鏡ぐらいなら作れるだろう。




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