第239話 酔い潰れるカナデ

「全く、義姉(ねえ)さんは連絡もうちょっと詳しくしてくださいよ」

「ちゃんと良い人見つけたって手紙に書いたでしょう?」

「その一文でまさか旦那捕まえただなんて思いません、てっきり出資者(パトロン)捕まえた位かと勘違いしたじゃないですか」

「返事来ないから届かなかったのかと思った」

「義姉さんは返事届く頃には移動してるから、毎回行き先不明で返ってくるんです、今更返事書けません」

「ここしばらく辺境のフォレスト領に居たから多分届いたんだけどね?」

「何回返ってきたと思ってるんです?」

 カナデがじとりとアカデさんを睨み返していた。


 何が起っているのかというと、前回そのまま喧々諤々と作戦会議した後で、夕食と成った。

 そして、酒を飲み始めたカナデはどんどんと口調を崩していき、アカデさんに絡み始めた。最初の品の良さそうな雰囲気はどこに行った? といった感じではあるが、まあ、義理とはいえ姉妹で、久しぶりの再会だそうなので、色々溜まっていた物は有るのだろう。

 カナデの容姿はどれだけ大きく見積もっても12歳前後で子供にしか見えないが、ワインを煽る姿は道に入った物で、年齢と内面が見た目通りでは無いのは不思議と納得出来る。対してアカデさんに絡む姿は子供がへそを曲げている様にしか見えないのだが。

 しかし、このワインは結構、沈殿物(オリ)が凄くて、舌触りがざらざらする、後で清澄処理でもしようかなあ?

 と、余計なことを考えたりしながら皆で食卓を囲む。

 メニューはパンとハム、チーズと野菜のスープ、そこそこ大きな塊肉。

 一般的には高級品で有る白いパンだが、コチラでも天然酵母のフワフワパンを開発しているので、それと比べてしまうとどうしても見劣りする。

 もっとも、そんな出て来た食事に文句を言って残す様なメンバーでは無いので、特に問題は無い。

 クリスが灯と自分の料理レシピを粗方覚えているので、そちらの伝授を頼んで順を追って侵蝕して行けば問題無いだろう。


「さあて、先ずは貴女に指示出してるのは誰かしら?」

 アカデさんが酔っ払ったカナデをあやす様に情報を引き出す。

「私の上司はダモクレスですけど、今は和尚さんに仕えてると言う事で」

 おや、初めて役人の名前が出た。

「何というか、反逆ルルさんとかで聞いたような名前ですね?」

 灯が遠い目をしながら呟く。

「謎の飛行要塞だったか? 元ネタ事態はマイナーメジャーだからな」

 取っ掛かりは何であれ、知識として繋がるなら有意義だ。

「アレって元ネタ有るんですか? 名前自体はほかでも見た記憶が有りますけど」

「王が座る玉座の上に、今にも切れそうな糸でぶら下がってる剣の名前、王族で有ろうと何であろうと、時には理不尽に糸は切れ、剣は落ちて来て、その地位と生命を奪うだろうと言うお話。平たく言うと、王でも何でも、その立場じゃ無いと解らない苦労と重圧が有るって事」

「具体的には?」

 ピンと来なかったらしい灯が補足説明を要求する。

「有名所だと、フランス革命でマリーアントワネットとかルイ16世の首に落ちたギロチンの刃か? 本人が悪く無くても時代と運が悪かっただけで、理不尽だろうが首に刃が落ちる」

「パンが無ければの人でしたっけ?」

「最初に言ったのは革命家ルソーの小話で人違いだし、パン用の一等小麦、いわゆる強力粉が高くなったら、民が飢えない様にブリオッシュ用の二等小麦、薄力粉を安く流通させるって言うシステムが有ったから、其処まで間違えて無い。そもそもお菓子、ケーキじゃなく菓子パンだから其処まで外れては居ない」

 そもそもでっち上げられたイメージなので、この辺はぐっちゃぐちゃで、解説すればするほど酷いことに成る。

「理不尽ですね」

 灯が何とも言えないという感じにため息をつく。

「歴史はそんな物だ」

 無罪だろうが何だろうが時代と歴史はそんなモノである。前任者の領主も今回の疫病が無ければ元気にしていたことだろう。

「明らかに偽名ですね?」

「と言うか、むしろ役職名だろう」

 そっかあ、やっぱりそんな理不尽キャラかあと納得しつつ遠い目をして見る。

 名前通りなら王族相手にも刃が落っこちてくる筈だが、流石にランダムでは無く、それなりに理由は存在すると思いたい。


「潰れちゃいましたけど、やっちゃいますか?」

 アカデさんが変な事を言う、ちょっと目を離したスキにカナデがテーブルに突っ伏す様にして酔い潰れていた。

「いや、当人の意思確認無しにヤッたら不味いでしょう?」

 そもそも、そんな無理矢理襲うキャラじゃ無い。

「だってさっき抱き締めた時、満更でもない様子でしたし?」

 むしろ、子供が大人に何かされ無いかとビクビクしている図にしか見えなかったので、その目は節穴なのだと思う。

「でしたし?」

 突っ込みは置いておいて、一先ず続きを促してみる。

「この娘、あの役人さん、ダモクレスの子飼いで間者っぽいんですよね、先にやっちゃって落として身内にした方が平和的じゃありません?」

「はぁ……」

 思わずため息をついた。

「エロ同人みたいに?」

 灯がニヤニヤ笑みを浮かべていた。

「やかましいぞ諸悪の根源」

 明らかに灯の仕込みの類だったので、ツッコミを兼ねて灯を指先で突いておいた。


「そんな義妹さん巻き込んで嫁入りする程、気に入りましたか?」

 何故に? という感じに首をかしげてみる。

「私の旦那様としては最上級だと思ってますよ?」

 酒が入ったせいか、顔が赤い、ちょっと照れた様子だが、迷う事なく返して来る、思った以上に甘かった。

「其れはありがとうございます」

 思わず深々と頭を下げた。

「そういうのはこっちで」

 アカデさんが真っ赤になりつつ手を広げたので、席を立って抱きしめておく。

「でも、潰れるほど呑ませちゃって大丈夫何ですか?」

 灯が心配した様子でカナデに目線を送る。

「ああ、この娘は潰れはするけど、明日には完全復活でお酒残る類じゃ無いんで、ご心配無く」

 アカデさんがあっけらかんと笑う、どうやらこの二人の間では平常運転らしい。慣れている者同士らしい、独特の距離感だった。



 追伸

 何だかんだで距離感の有る義理姉妹なので、カナデが酔い潰れるのは、こうでもしないと甘えられない照れ隠しみたいなモノだったりします。

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