第107話 エリザの出産 ギルマス視点

 いよいよ自分の子供が生まれるのかと妻のエルザの手を握って居た、先にエリス達の子供、孫が生まれたので散々喜んだが、自分の正式な子供が生まれると言うのは感慨深いと言うか、今となっては何も考えられない、ただ時々うめき声を上げる妻の手を握りしめているだけだ。

 先の娘二人、灯とエリスの時、和尚は本当に焦らず慌てず、落ち着いて手を握らせて、的確に産婆に指示を出していたらしいが、いざ自分の番に成ると、頭が真っ白になってしまい、全て任せることしか出来ない。

「そろそろ出口が全開で、出て来る頃何ですけど、未だかかるようですね。」

 本当に、何をすれば良いのかわからない、こういう時には婿殿の和尚は如何するのだろう?

 カンカンカンカン

 今は聞きたく無かった半鐘の音が聞こえた。思わず顔を上げ、妻の手を放し部屋の外に飛び出した。

「何か有ったのか!?」

 状況を確認しようと声を上げる。

「ゴブリンだー!群れが出たぞー!戦えるのは集まれー!」

 外から声が響いている。聞くまでも無く、聞こえて来た、領主でギルマスである自分は行かなくてはいけない・・・

「私達で行きますから。お義父さんはここに居てください!」

 義娘の灯が強く窘めて来る。そのまま部屋に戻るようにと押し込まれる。と言うか、灯の力が強い、自分に迷いが有るのは確かだが、有無を言わせ無い勢いと力強さがある、自分が実質片足なのを差し引いても、押し勝てそうな空気が無い。

「だが俺が出ないと責任者が居ない。大丈夫だ、子供は後でもちゃんと抱ける。」

 責任者としての仕事はしなければいけないのだ、出産の立ち合いの重圧から逃げて居る訳では無い。

「ああ、もう!身代わり一個じゃ足りません!グロス単位で持って来て下さい!」

 灯が叫び声を上げた。相変わらず、時々言って居る事が解らない。

「どれぐらいかかります?」

 エリスが産婆に確認している。

「大体ほぼ全開まで開いてるけど。未だ破水してないから。まだしばらくは。」

 専門家がしばらくかかると言って居る、今すぐ子供が抱けるとは思えない。

「開いてるんですね?すいません、割ります。」

 婿殿、和尚が強い口調で割り込んだ。

「割るって?」

 産婆が訝し気に繰り返す。

「多分、破水させれば出てきます。」

 和尚が強く断定する。

「え?」

 産婆が疑問符を浮かべる。どうやら、専門家でも意味が解らないらしいが、大丈夫だろうか?

「すいません、ちょっと痛みますけど、大丈夫ですか?信じてくれますか?」

 真剣な顔で確認してくる、此処まで真剣な顔も珍しい。

「信じろと言うなら信じるが、何を?」

 恐らく和尚の事だから信用は出来る筈だが、いったい何をするのだろう?

「無事・・生まれるなら・・・何でも・・・良いです・・・」

 妻も、既に苦しそうな様子で子供を待ち焦がれている。

「では、すいません。切迫呼吸で、息を荒くしてください。」

 妻は和尚の指示に従って息を荒くする。

 和尚が妻の下半身を覗き込み、その場所に手を伸ばした。自分の視点では、何をしているのかは見えなかった。

「南無阿弥陀仏・・・」

 小さく呟いたのが聞こえた。

「あぐっ。」

 妻がうめき声を上げた。

「え?」

 産婆が信じられないと言う様子の声を上げた。

「ああああああ!」

 うめき声に続いて悲鳴が上がる、掴んで居た手が突然強く握りしめられる。

「後お願いします。こっちは祈ります。」

 和尚は祈り始めた、相変わらず祈りの言葉の意味は分からないが、祈りの様子は鬼気迫ると言う感じで燐光を放っている。

「おぎゃああ。」

 無事生まれた。男の子だった。産婆が手際良く後処理を始める。

 無事生まれたのだから、もう出番は無いだろう、早く行かなくては・・・

「先に行ってます、義父上はコレ持ってて、落ち着いたらエリスと一緒にギルドに来てください。」

 和尚に出ばなを挫かれる、袋の中には大量に木製の像が詰まって居る、そう言えば孫たちが生まれる前に和尚達が大量に削って居たなと思い出す。今渡される意味は分からないが・・・

 どうやら、任せて良いから、落ち着いてから来いと言いたいらしい、其処までお膳立てされては、甘えないのも失礼か、しょうがない、お言葉に甘えるとしよう。


「ぬーさん、此処お願いしますね。」

「にゃあ。」

 部屋の外で猫、ぬーさんに灯が指示を出している、何と言うか猫の手を借りたいと言うが、本当に借りるんだな。

 娘たち、灯とエリスが孫たち、光とイリスを出産部屋に運んで来た。

「エリスちゃんはお義父さんの護衛お願いします。先に私達だけで行ってきます。」

 娘たちが作戦会議をしている、と言うか、いつの間にか娘のエリスに護衛される立場になったのか、お義父さんは模擬戦なら未だ現役だぞ、歩くのは遅くて走れないが・・・

「はい。」

 エリスはその指示で納得した様子だ、何時も婿殿と一緒に居る事を第一条件にしている娘にしては珍しい。

「和尚さん、決戦装備でお願いします。」

 和尚が空間収納から戦斧と長巻を取り出し、灯とエリスにそれぞれ渡している、と言うか、その武器はまともに振れる物なのかと不安になるが、二人共危なげ無く受け取って居る、少し見ない内に強くなったらしい。

「これでフラグ回収です。」

 相変わらず、灯の言う事は良く分からないが、笑顔を浮かべているので悪い意味では無いのだろう。

「それじゃあ、先に行ってます、のんびり来てください。」

 そう言って二人は出て行った、こういう時はお言葉に甘えて良いのだろうか?

「取り合えず、抱きます?」

 産婆が産湯に付け、御包みで包んだ子供を差し出して来る。思わず手を伸ばした。

「やっと逢えたな、お父さんだぞ。」

 最初の一言を直前まで色々と考えていたが、口を付いて出たのは、そんな一言だった。

 妻とエリスに笑われた気もするが、良いじゃないか、これぐらいしか思い浮かばなかったんだ。

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