第108話 遅れて来た馬鹿 モブ視点

「やあやあ、良く頑張ってくれた、之で私の来歴にも箔が付くと気う物だ。」

 聞き覚えの無い声が聞こえて来た、皆、誰だ之?と言う様子で顔を見合わせる。

「私がこの地で任期を始めて直ぐにこのような大規模の襲撃が有るとは、だが私の卓越した戦術眼によって素晴らしい指揮を執った事によりこうしてこの領地を無事に守り通すことが出来た、働いてくれた君たちに先ずは礼を言おう。」

「誰だお前?」

 ヒゲクマさんが思わずと言った様子で突っ込みを入れた。

「私を知らないのかね?この土地の領主である私を?」

「この者たちは未開の地の住人です、多少の無礼はしょうがないかと。」

 付いて居る執事らしい側近が此方を馬鹿にしつつフォローする。

「ああ、其れはしょうがない、では覚えておきたまえ、新しく領主として派遣されたブレインフラワーと言う物だ。これからはよろしく頼むよ?」

 現場に居た冒険者たちは思わず呆れかえった様子でぽかんと口を開けた。

「いや、うちの領主はギルマスだ、アンタなんか知らん。」

 クマさんが思わず訂正した。気持ちは冒険者一同同じだった。

「不敬な、貴族に向かって平民風情が。」

「俺は之でも上級冒険者でな、騎士階級だ、平民じゃないから発言権は有るぞ。」

 上級冒険者は名目貴族ではあるが、騎士(ナイト)を名乗れる。

 まあ、名乗れるだけであって、領地も無い名目だけの騎士なんて活用する機会なんて無いと良く言われるのだが。どうやらこういう場所では有効らしい、貴族でない平民が貴族に口答えすると無礼打ちで無かった事にされるのが関の山なのだが、お互い貴族階級ならその線は潰せると、貴族として振る舞うクマさんと言う物が想像できなかったが、貴族の階級を有効活用するクマさんと言う物は有ったらしい。

「末席の騎士程度で粋がるな!」

「そんなアンタは何階級ですかな?」

 フラワーが語気を荒げるが、クマさんはどこ吹く風と言った様子で対応する。

「此処に赴任して領地付きの男爵だ!名目だけ貴族の冒険者風情が!」

「その委任状はちゃんと持って居ますかな?それを確認するまでは、この領地と我ら冒険者の剣の捧げる先は現領主のギル様だ。」

「そうだそうだ!」

 思わず周囲からヤジが飛ぶ。

「吠えるな雑兵!」

 顔を真っ赤にして次期領主?フラワーが叫ぶ。

「よく見るが良い!これが委任状だ!」

 側近から羊皮紙の筒を受け取り、封蝋を引きちぎり、大きく開いて此方に見せて来る。こういった貴族が使う公式文書は、未だに羊皮紙が使われている。

 新しく普及を始めた植物紙は伝統と格式が無いと言う事で、貴族階級では倦厭されているのだ。

「ほう、拝見させていただきます。」

 先ほどの馬鹿にした様子とは打って変わって、クマさんが恭しくその委任状を覗き込む。

「どうだね、しっかりと私が納める領地だと書いてあるだろう?」

 フラワーは得意顔だ。対して、クマさんは訝し気にその委任状を読んでいる。不意に、クマさんの口角が上がった。

「失礼ですが、この委任状、貴方自身はお読みに成りましたかな?」

「先ほどの封蝋を見たであろう!現領主に届けるまでは開かない様にと厳命されておる!」

「で、何で今開けたんです?」

「貴様が見せろと言うからであろう!」

「今見せろなんて言ってませんよ、最終的にしかるべき場所で見せてくれれば良いだけだったんですがね。」

 クマさんがにやにや笑って居る。

「こう言った委任状は、当人たち、この場合は先ず場所はギルド若しくは領主の館。立会人の元、つまり、現職の領主と中央の役人、交代する次代の領主が開けられていないと言う事を確認するための封蝋を見てから開けないと無効なんですよ?」

「な?!」

 フラワーの顔色が変わる。

「封蝋が無かった場合、偽造が疑われるため、中央に再発行のお伺いを立てて、もう一度正式に再発行して頂かないと成らないのです。お判りですかな?」

 フラワーが顔色を失ってぶるぶる震えている。

「貴様・・・・」

「そもそも、何でこっちに先に先に来たんです?通常のルートならギルドが先に成るはず、のこのこと遠回りして何で此処に居るんです?」

「・・・・」

 一方的に丸め込まれ、フラワーが黙った。

「真坂、出ても居ない魔物相手の戦で手柄を立てた振りをして、どうだ?助かっただろう?何て恩着せがましく前任者のギル様と民衆にアピールするつもりですか?」

 呆れ返った様子でクマさんが続ける。

「五月蠅い・・。」

「おや、図星ですかな?」

「五月蠅い!」

「良いですよ?今から手柄を立てて下さい。」

「・・・なに?」

「今ゴブリン討滅戦の真っ最中です、今からでも戦場に参戦して、一山幾らのゴブリンを蹴散らしていただきたい。」

「な?!」

「貴族たるもの、民衆を導く剣で有れ。其れが貴族の有り方である筈です。真坂その腰に差している宝剣は只の飾ですかな?」

 確かに、フラワーの腰には立派な宝飾剣が刺さって居た。華美に飾り立てられ、明らかに実用品では無い。

「馬鹿にするな!ゴブリン程度物の数ではないわ、10や20程度蹴散らしてくれよう!」

「素晴らしい!次期領主フラワー様が自ら我々民衆に手本を示してくれるそうだ!」

 クマさんが言質を取ったと言う様子でフラワーをおだてて、門の前に立たせた。側近も一緒に剣を抜いてやる気満々と言う様子である。

「そんな訳で、開けろ。」

「良いんですか?」

「どうなっても知りませんよ?」

「防衛線、盾持ち準備しろ。直ぐに閉める準備をしておけ。」

 クマさんが小声で指示を出し、盾持ちの冒険者が大扉とフラワーを遠巻きに囲む。改めて強引に閉めるために人員が集まった。

 大扉が開いた。

 大量のゴブリンが雪崩れ込んで来る。

 先ほど、第三波が来ると言う事で、サイクさんが率いる近接チームが引き揚げている、ガンダーラのメンバーが残して行った結界で外壁を持たせて、遠距離攻撃用のチームが必死に減らしている段階だ、この段階で開けたらどうなるか、火を見るより明らかだった。

「「な?!」」

 側近とフラワーはそのままゴブリンの群れに飲み込まれた。

 結果は言うまでもない。ほぼ即死だろう。


「気合い入れて止めろ!扉閉めろ!近接組!出番だ!」

 クマさんの指示が飛ぶ、人海戦術で強引に扉は絞められ、盾持ち達がゴブリンの群れを止め、近接組が壁側の物陰から、ゴブリンのバックアタックを取りあっという間に殲滅した。

 後にはゴブリンに見事に潰されたフラワーと側近の死体と、殲滅されたゴブリンの死体が残った。

「そんな訳だ、我らが次期領主フラワー様はゴブリンの前に悲しくも散った、詳細は伏せろ。」

「はい。」

 間違えても喋れない、同罪にされては物理的に首が飛ぶ。

「あのバカが領主じゃなくてよかった・・・・」

 誰かが呟いた、其れは確かにその通りだった。

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