第234話 恐怖の引き継ぎ

 依頼が終わったと、元の辺境領に帰り、やれやれと数日休んだところで、コチラも一段落したと言う調子の役人さんが到着、ご丁寧に正式な領地経営の委任状を持ってきていたので、最早諦めて礼を持って受け取り、役人の馬車でそのまま領地に移動する羽目になった。

 ちなみに役人は、話は通してあるとばかりに館の前で居なくなった。

 今回は大人達だけでひとまず行って、後から子供達を連れてくる予定である。

 ぬーさんのことだから、ここまで縄張りだと呼ばなくても来そうではあるが。

 引き継いだ領主の館は、元の辺境領の物より大きく、城とは言わないが、昔通った小さめな学校じみた規模のお屋敷で、使用人達も残されていた。


 入り口の門番に話しかけると、少しお待ち下さいと、大騒ぎで館の中に走っていき、館の前に使用人やメイド達が並んだ。

 20人程だろうか?

「「「「「ようこそいらっしゃいました、御主人様奥方様」」」」」

 と唱和される、どう応えた物かと言葉に詰まるが。

「分かった、宜しく頼む」

 此処で低くなるのは悪手の様な気がするので、若干鷹揚に返した。

 あれ?返事が有った?位の謎の困惑が広がっている。この世界のメイドの人権って一体……

「紹介と証明はいるか?」

 念の為に確認する、最初に例の短剣見せれば通じるとは言われているが、実際どこまで通じるのか分からない。

 因みに、この短剣での強権発動自体は、実は防疫戦の最後の方でちゃっかり使って居る、感染源の蚤やら何やらが居る様な古い寝具でも、その家では数少ない家財で有ると言う事で、新しいのを買ってやるから処分する等と言っても、信用も無く保証も無いだろうとごねられたので、短剣の権威を使ってでも色々やらなければいけなかったのだ。

「その短剣さえ見せて頂ければ十分です」

 蒼白と言った様子の青い顔で、このメンバーの中では最年長で有るらしい一人が返答する。

「では、ご案内いたします」

 挨拶もそこそこに屋敷の中に通された。

 何とも言えないガランとした空虚感を感じるのは、本来の主が居なくなったからだろうか?

「すいません、こんな少人数の出迎えではみすぼらしいと怒られそうですが、今家に居るのは代行を除くとコレが全員なので……」

 純粋に何時もより人が少ないと言う事らしい。


「今領主代行の方は奥の執務室に居ます」

 かしこまった様子で奥の部屋に案内された。

 トントントンと戸を叩く。

「はい」

 戸の向こうから返事が有った。

「新しい領主様をご案内しました」

「はい、御通ししてください」

 ガチャリと戸が開き、中にどうぞと案内された。

 揃って中に入ると戸が閉まり、戸の前にメイドが待機する形で立ち止まった。

「用事が有ったら呼ぶので、外して置いて下さい」

 現在の部屋の主である、領主代行の女性がメイドに指示を出して部屋から追い出す。

 因みに、声の主は机の前に積まれた書類に埋もれていて、顔も見えない。声の調子だと大分小柄な女性の様だが。

 メイドさんは特に気分を害した様子も無く、ペコリと一礼して部屋の外に出て行った。

「いやあ、堅苦しいですね?」

 戸が閉まったのを見計らった様に、崩れた様子の一声が上がった。

「大分偉くなったの? カナデ?」

 アカデが若干呆れた様子で声を上げた。

「お久しぶりです、アカデ先輩」

 先程迄とは違う、緊張が崩れた声が上がる。どうやら知り合いらしい。学校関係?

「今だけです、引継ぎしたらただの文官ですから、あと少しで一段落」

 そんな事を続けて言いながら、とたっと言う足音を立てて椅子から下りて、トテトテと足音を立てて此方に出て来た。本当に小柄な女性だった。

 髪は銀で長く、器量は良い、日に当たらないのか、この世界でも珍しいぐらいの色白、背丈はクリスよりさらに低いぐらい、着飾っては居ないが、良い仕立ての服を着ているので育ちやら何やらの素性は良さそうだ。

「まあ、先ずはお座りください、引継ぎ予定の領主様は此方の上座にどうぞ」

 テーブル周りに並べられた椅子の中、奥の席を指定される。

 残りは三々五々、適当に座るのかと思いきや、灯、エリス、アカデ、クリスと順々に席に着いて行った、何だかんだで順位とか有るのか。

「さて、其れでは引継ぎです、好きな方法でどうぞ」

 此方の席の横に来て、膝立ちで項を垂れた。

(えっと何だっけ、アコレード?)

 つい最近役人にやられたのだが、自分でやることになるとは思わなかった。

 立ち上がって領主の短剣を抜いて……

 と、領主の短剣に手をかけた所で、少女が目をぎゅっとつむり、小さく震えているのに気がついた。

「少し違うな?」

 小さく呟いて短剣を鞘に戻す。

 手刀でも抱擁でもよかった筈だ、まあこれで良いかと考えつつ、優しく抱きしめた。

 あまり濃厚でもあれだが、一瞬でも困るかと、気持ちゆっくりと、ぽんぽんと背中を叩く様に撫でた。見た目通りだが、小さいし細いな。

 腕の中の少女は、きょとんとした様子で震えを止めた。

 視界の外で、灯達がガヤガヤしているのが聞こえるが、特に悪い言われ方はされていない様子だ。

「これで良い?」

 一言確認すると、反応したようにぴょこんと立ち上がった。

「はい、コレで私は貴方の臣下と言う形に成ります、宜しくお願いします」

 少女は改めてカーテーシーをしつつ、一礼した。

「これで肩の荷が下りました、旧領主代行にして、文官、若しくは領主補佐をする様に申し付けられました、カナデと申します、以後お見知りおきを」

 先ほどまでよりは幾分緊張が抜けた様子で挨拶をした。


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