第165話 閑話 食物連鎖 陸生甲殻類

 戸を開けると、地面が蟹で埋まって居た・・・・

 20cm強サイズの青い蟹が地面を埋め尽くして居る。いや、ヤシガニなのか・・・

「今年は来ましたね、これでスライム退治はもう無しです。」

 エリスがほっとした様子で呟いた。

「毎年来ないのか?」

「来たり来なかったりです、3つ目の月が回って来る年だけ来るとか。」

 衛星が彗星みたいな変態起動してるのだろうか?それとも素数ゼミの類なのだろうか?

「川で卵産んで、ついでにスライム含む水辺の生き物を根こそぎ食い尽くして山に戻って行きます、帰り道まで体力持たなくて死んでるのも良くいますけど。」

「因みにこの卵、其のまま育てようとしても孵化するだけで死んじゃうんですよね、川で産むのに川の水で育たないとか舐めてるんでしょうか?」

 アカデさんが補足説明に混ざって来て、愚痴をこぼす、どうやら育てて見た事が有るらしい。アカデさんの手には、山盛りに蟹が詰まった桶が握られて居た。

「陸封禁止の汽水幼生なのでは?」

 ん?今何か変な事言いましたね?と言う様子でアカデさんが、ぐるんとこちらを見る。

 どうやらこの動きはお約束らしい。段々慣れて来た。

 卵を確認しようと桶から一匹取り出してみると、雄だった。

 他のを手に取って見るが、他の物も雄だ。

「この蟹って雄しか居ないんですか?」

「いや、雌はちゃんと産んで貰おうと言う事で、捕まえるのは雄だけにしてるんです。雄の方が肉美味しいですし。」

 拘りらしい。ついでに食糧ネタなのはお約束なのか。

「なるほど・・・」

 近場の蟹を一匹捕まえると、その個体はちゃんと雌だった。

 しっかりと卵を抱えている、沢蟹やヌマエビの様な陸封タイプの大きめの卵では無く、海水蟹や汽水エビ系の細かい卵だ。

「この卵から孵ったのは蟹の形してないやつですよね?」

 多分ゾレア幼生の類だ、稚蟹として認識できるメガロパ幼生の一段前だろう。

「何と言うか小さい奴がうじゃうじゃと沸きますね。」

「今なら顕微鏡で見ると良く見えると思います、海老っぽい物が見えると思いますよ。」

「其の手が有りましたか。」

「倍率は低い奴で良いです。」

 肉眼で見える物は大体20~40倍程度で十分な倍率だ。


「カニっぽく無いですね?」

 水に浸けると、インスタント状態であっという間に卵からわらわらとゾレア幼生が孵り始めた。

 アカデさんは何だかんだで手慣れた様子で低倍率顕微鏡を取り出して観察を始める。

「暴れすぎて見えません・・・」

 困り顔で見て下さいと言う様子で此方を見て来る。

 その誘い通りに顕微鏡を覗き込んで焦点距離を調節する。

 1ミリほどのゾレア幼生がレンズの向こうで盛大に暴れて居た、暴れすぎて低倍率レンズの広い焦点距離でも一瞬しか見えない、カバーガラス無いし、スライドガラスの精度がイマイチだしでスライドガラス二枚重ねでも結構暴れるのだ、ハンカチで水を少し吸い取って活動可能範囲を狭める、どうにか見えるようになった。

 予想通りのゾレア幼生である。

「なるほど・・・そうやるんですね・・・」

 アカデさんに感心された、顕微鏡を返すと、凄い勢いでスケッチを始める。

「多分、この浮遊状態の間に、餌が豊富な汽水域か海水域まで流されて、其処で成長する類だと思われます。」

「成程、餓死してたんですね・・・」

「結構海遠いんですけど、流れるもんですかね?」

「向こうの川海老も海まで流れる前提の生態有ったので、無理では無い筈、何百キロ単位の凄い上流で結構見かける。」

 日本だと淡水系のスジエビやヤマトヌマエビが、そんなめんどくさい生態をしている、昔アクアリウムやって居た友人が、其れをあえて繁殖させると言う苦行を行っていたのを思い出す、人工的に汽水を作り、別口の水槽でグリーンウォーターを作って餌にするらしいので、水槽がいくらあっても足りなくなるらしい。

 因みに、「そんなに面倒なら完全陸封型のミナミヌマエビで良いだろう?」と、突っ込んだ所、「お前はロマンが解ってない」と返されたりしている。

「月が纏めて集まるから大潮で海面が上がるから、良く流れるとかでしょうか?」

 理屈は判るらしい灯が補足してくる。

「まあ、多分其の類だな・・」


「さてと、お料理開始です」

「本当に食べるんですか?」

 クリスが気後れした様子でツッコミを入れる。

「当然です」

 アカデさんが答えるまでも無いと言う様子で、手早く蟹の解体を始める、背中の甲羅の部分にナイフを入れ、甲羅の部分を剥がし、消化器系の内臓と、鰓(エラ)の部分を毟り取り、水を張った鍋に放り込んでいく、慣れた手つきだ。

「私の地元では毒が有るから食べるなって・・・」

 クリスがビクビクとした様子で呟く、毒あったのか。

「何食べてるのか分からないので、料理前に胃袋系統の内臓残すと、良く分からない食中毒に成ります、鰓の部分にも毒が溜まってます、生煮えで火の通しが甘いと、やっぱりお腹壊します、と言うか、下手すると死にます」

 そう見ると、ほぼ有毒生物だな。何気に酷い一言が入って居るが、料理するアカデさんの手に迷いは無い。

「図鑑にも有毒注意って・・・」

 エリスも突っ込む。

「料理方法に気を付けろって意味です、料理した後、念入りに手を洗わないと、謎の毒で腫れます」

「其処までしないでも・・・」

 灯も突っ込んだ。

「食べられる物は美味しく頂くのです」

 成程、其のノリだから、ゴブリンを食べて見る流れに成って居たのかと、今更納得する。

 アカデさんは鼻歌交じりに蟹の入った鍋をコンロにかけ、念入りに茹で始めた。

「浄化使えれば何でも食べられるかもしれませんが、普通はそんなの使えるの少数派所か、先ず居ません、下手に教会に頼むと、そんな事で頼むなって怒られますし、お布施代も馬鹿に成らないのですが、こうして自力で毒抜き出来る物なら問題ありません」

 得意気だ。

「まあ、毒抜き出来て居るのなら食べて見ても良いだろう」

 揃って微妙な顔をしている3人を宥める、因みに、義母上と義父上は諦めろと言う様な、生暖かい笑みで此方を見ていた、流石に仕事で外に出るのは無理だったらしい。


「念入りに火を通して、甲羅の青い色が全て赤くなったら食べ時です、一部でも青かったら生煮えで毒が残ってるので、茹で直しです」

 そう言いながら、鍋から取り出して、ちゃんと赤いか確認して、皿によそって行く。

 クリスと灯、エリスの3人は蟹を前に微妙な顔をしている。

 義母上と義父上は、苦笑交じりに蟹を見て居る。

「はいどうぞ。」

 さあ、食べましょうとアカデさんが合図をするが、揃って微妙な顔で固まって居る。

「まあ、何はともあれ、頂きます」

 誰も手を出さないので、先陣を切って食べ始めた。

「前置きは物騒だけど、普通の蟹だな・・・」

 鰓と消化器系が毒なのは向こうの蟹も似たようなものだし。

 味も普通の蟹だ、先陣を切った俺が変な反応をしないので、他のメンバーも続いて食べ始める、特に問題は無かったらしい。

「毒っぽくは無いですね?」

「味は普通何ですね・・・」

「前置きが物騒すぎます・・・」

 其れは確かに・・・

「料理方法失敗しなければこうして美味しく頂けます、楽しいですよね?」

「そうですね、結構おいしいですし」

 苦笑交じりに答える、何でも食べる日本人なので、こう言った事は得意だ。

「よし、御仲間確保、次も有るので次回をお楽しみに」

 アカデさんがニヤリと笑みを浮かべた、楽しそうで何よりだ。


捕捉

割と珍しいアカデさん回です、この蟹に限っては、蛭(ヒル)を捕食できます、群だから捕食できるってだけですけどね。

自然界での蛭は、対する天敵が存在しない無敵生物なので結構困りますよね。

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