第128話 無欲?な人物
「本気でこの村で骨を埋める心算ですか?」
役人が最後にそんな事を言って来た、其れを要求している人物が言うか。
「足る事を知れば富めるなり、と言う物ですよ。」
「どういう意味で?」
「本当に欲しい物さえ知れば、余計な物を欲する必要は無いって言う事です。」
「?」
未だ理解できないらしい。
「金持ちが最低限しか働かず、嫁とゆっくりして居るだけの貧乏人に、忙しく働き、もっと稼ぐべきだと言うが、最終的に金持ちが語る理想的に欲しい物は嫁とゆっくりのんびりする時間と言う落ちです。忙しく働くまでも無く、理想は最初から叶って居たと言う堂々巡りの話です。」
現状、嫁の灯とエリスが居て、冒険者として多少?頑張って生き残る事が出来ればそれなりに稼げる、この世界に来てから一年以上、無事に何不自由無くとは行かないが、食にも職にも屋根にも寒さにも困らず暮らす事が出来たのだ、食と娯楽のパターンは少々少ないが、騒ぐ程の事は無い。
「成程、そう言う事ですか、そう成ると既に叶って居ると言う事ですね、分かりました、何事も無ければそれだけで十分と。」
「納得いただけたようで。」
今の説明で役人も腑に落ちたらしい。
「何事も無い事を祈ります。」
役人がもう一度手を出して来た。
「ええ、何も無ければ平穏無事に済みますから。」
お互い含みのある苦笑を浮かべた顔で、今度は何事も無く握手を交わした。
「所で、この世界での目標アレで良いんですか?」
役人が馬車に乗って居なくなると、改めて灯が苦笑を浮かべて腕に抱き着いて来た、少し顔を赤くして、ニヤニヤと笑顔を浮かべて居る。
エリスも同じ様に腕に抱き着いて来る、灯程分かり易い笑顔では無いが、口角が上がって居るし、顔が赤い。
「言うまでも無く、俺に取ってはコレが本命、仏のタイムスパンは長いから、仏教についてはジワジワ行けば良い。」
「のんびり行って40年後ですか?」
「冒険者のゲン担ぎでちゃかり武器に刀身彫刻で梵字と各種記号、偶像崇拝で身代わり地蔵やら仏像でも普及させれば十分だろう。」
有難い経典として般若心経でも普及出来れば最上だが、其処まで行けるとは思って居ない。
「まあ、今は先刻の言葉、結構嬉しかったので、今日は久しぶりにゆっくりするとしましょう。」
灯は上機嫌でそんな事を言う、エリスも同意すると言う様子で頷いて居る。
「お前ら、夫婦仲が良いのは判るが、本格的にいちゃつくのは帰ってからにしておけよ?」
役人を見送り、ギルド前でそんな事を話して居た所で、義父上に突っ込まれた、道行く冒険者や一般人、ギルド職員にも生暖かい目で見られて居る。
流石に少し照れるが、最早今更だ、二人も視線を自覚した様子で、顔と耳をさらに赤くしているが、手を放す様子は無い。良い嫁を持ったものだと、つくづく思う。
「金貨の枚数と金額の確認頼む、俺はもう帰る。」
義父上が職員に指示を出す、職員も疲れている様子だが、文句を言う様子は無い。
「はい、ゆっくり休んでください。」
「お前らも一段落したら帰れよ、急いで書類準備しても、俺の仕事遅いからな、ハンコ待ちならもう帰れ。」
ギルド職員に、仕事が遅いのは自分のせいにして良いと言って休ませようとしている、かなりマメにやってるんだなあと感心する。
「俺は之で帰るが、そっちは?」
義父上は帰り支度を終えた様だ。
「武器屋でコレの研ぎ直し頼んで来ます。」
腰に下げている日本刀擬きを目線で指して言う。
鞘まで血糊で固まって居る上に、刀身も根元までボロボロだ。自分でも多少の手入れは出来るが、専門家に預けないとどうしようもない段階だろう。現在虚空収納の中に有る本命の槍も、戦斧も、長巻も、既に刃物扱いするには無理がある状態だ。
「それじゃあ、先に帰る、武器屋の親父に宜しく言っといてくれ。」
「はい。お疲れ様です。」
「よう、無事生きてたな、揃って無事なら何よりだ。」
店に入ると武器屋の親父がほくほく顔で声をかけてきた。
「儲かってそうですね?」
「今回の騒ぎのおかげで在庫がほぼ売れたからな、図面書いてもらったコンパウンドボウもちゃんと活躍してたぞ。」
「それは何よりです。」
面白い武器は無いかと言う武器屋の親父に、冗談半分でコンパウンドボウの図面を書いてその図面を売りつけて見た所、良い刺激になったのか、むきになって作り、完成品を試し、無事使えることを確認し、店頭に置いた迄は良かったのだが、高すぎて売れない不良在庫になっていたのだ、売れて活躍したのなら何よりだ。
「で、どうした?英雄様?」
「何時からそんな扱いに?」
その呼ばれ方は初耳だ。
「お前らがゴブリンの群れに一番槍で突っ込んだからだな、ひよっこ共からは凄い目で見られてるぞ?」
「まあ、どんな呼ばれ方でも良いですけどね。」
悪目立ちしているのは今更なので気が付かなかった。
「本題は?」
「武器の手入れをお願いします。」
腰に付けていた日本刀擬きを武器屋の親父に預ける。
「こりゃまた、活躍したようだな・・・・」
感心した様子で鞘から抜いて刀身を確認する。
「刃こぼれはともかく、見事に歪んどるな、新しいの打ってやるからこれは諦めろ。」
「はい、じゃあ次はこれ・・・」
残りの槍、戦斧、長巻を順に取り出して見せる。
「どれもこれも、ほぼ限界だな、砥ぎ直すから預かるぞ。代わりはその辺から持ってけ。」
在庫用に店頭に並んでいる通常武器がほぼ無くなっているが、重量級の大型武器ばかりが残っていた。
「何でこんなのばっかり・・・・」
「使い手少ないからな、まったく、最近の奴らはひ弱でいけない。」
「あまり重すぎるのもどうかと・・・・」
適当に3つ選ぶ、丈夫そうな杖を二つと・・・
「これは本体無事だから、穂先だけ預かるぞ。」
穂先だけ外された槍の柄が戻ってきた。
「料金は?」
「ギルドの方に請求出すから大丈夫だ、未だ討伐報酬出てないだろう?」
「まだ先になりそうですね・・・」
事後処理の書類に埋もれた義父上が脳裏に浮かんだ。
「ギルドから出なかったらそっちに請求するから、その時に頼む。」
「エライふわっとした請求システム・・・」
「今更お前らが逃げるなんて思ってないからな、信頼してるさ。」
短い時間に信頼されたものだ。
「それじゃあお願いします。」
「おう、任せろ。」
武器屋の親父に見送られ、武器屋を後にした。
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