第127話 良く分からないうつけもの 役人視点

 本気で何者だ此奴は・・・

 いや、予め前準備としての下調べは済ませて有る。国内伝令役の役人には、各地の伝令の際に。国と、それに付随する既得利権を脅かすようならば貴族であろうと切り捨てて構わないと言う、表には知られていない特殊な権限が与えられている、普通の人物ならば王の権威を笠に殺気を飛ばして威嚇すれば其処等の一般人は言うに及ばず、上級冒険者や騎士団の隊長格だろうと切り捨てられる程度の剣の腕も有る。威圧負けする事など無いと思っていたのだ、つい先刻まで。

 この人物、和尚と呼ばれていたが、殺気も威圧も意に介した様子も無く、質問に答えた。

「貴方は此処に何をしに来たのか?」

 と言う質問、つまらない答えだったり、国を害する様な野心が見える答えだったら、独断で切り捨てて居たところだったのだが、その生死をかけた質問に。

「嫁といちゃつく為に此処に居る。」

 と、予定外の方向に堂々と、それ以外は些事だと言わんばかりの様子で、小市民的な小さな答えが返って来た、さも其れが人生の第一目標だと言わんばかりに大真面目な笑顔を浮かべて言い放ったのだ。

 余りにも予想外の答えに、流石に後ろに隠れていた和尚の嫁達が噴き出し、嫁に突っ込まれているが、其の嫁達はどうやら喜んでいる、今の顔は見えないが、声の調子から口元が笑って居るのが判る、どうやら、其の嫁も其れで良いと言う事なのだろう。

 私の威圧に充てられてか、緊張で今にも死にそうな顔をしていた領主のギルはその一言で緊張の糸が切れた上に、笑いのツボにはまったらしく小さくピクピクと肩を震わせている。

 一言だけでこの場の空気を自分の物にされてしまった、此方もこうなってしまうと真面目な事を言う雰囲気では無いが、これも職務の一環である、本気でこのうつけ物が何をしようとしているのかを確かめなくてはならない。

「私達は最終的にこの村でいちゃ付いて居れば用は済みますよ?」

 もう一度聞き返そうとした所で、もう一度繰り返して来た、このうつけ物はその方向の人物なのだろう、この緊張感が壊れた空間で最早大真面目に質問するのが馬鹿らしいが、最低限は聞かなくてはならない。

「其れで如何なる予定です?」

 自分の中にある緊張感をかき集めて質問する。

「この世界で人類の生存率が若干上がる予定ですよ?この場で見逃しても損はしない筈です。」

 にっこりと笑みを浮かべて返して来る、何をする気なのかは暈しているが、何かしらは遣らかすつもりなのは判るが、何をするのかは分からない。

「其れはまた、大きな事を・・・」

 人類の生存率など、この世界では吹けば飛ぶようなものだ、回復魔法で傷は治しても病気は治らない、古傷も治らない、死んだ者は生き返らない、稼ぎの良い冒険者が嫁をたくさん娶り、子供をたくさん産まれようと、最終的に張り切り過ぎて魔物に狩られて、一族郎党路頭に迷うなど良くある事だ、前途洋々な冒険者だと思ったら下手すると全滅して居るなんて言う話も珍しい事ではない。何年かに一度で村単位、街単位で魔物に滅ぼされるのも珍しい話ではない。何をどうやってこの状況を変えるつもりなのか。

「大言壮語か如何かは後々の数字でも見て下さい、40年後位に。」

 やたらと長い数字が出て来た、流石に其処までの成果を一気にる物では無いらしい。

「また長いですねえ・・・」

 思わずそんな気の抜けた返事を返した。すっかり飲まれてしまって居る。

「大きな影響なんてものはのんびり出す物です。」

 既にこの村の防衛戦で実質攻撃の要として訳の分からない活躍をしておいて何を言うのか、あの爆発する物体、火薬玉をこの村に伝えたのも裏が取れている、隠して居ようと人の口に戸は立てられないのだ、これ以上の危険物の知識も持って居るのかもしれないが。

「まあ、その言葉が本気なら大勢には影響無しと言った所でしょうか。」

 その程度の予定ならば、あまり影響は無いのかもしれない、石鹸やら回転式洗濯樽なども、出所がこの2人なのは分かって居る、最近王都でも珍しいデザインの服が流行って来ている、その出所もこの2人らしいが、まあ、その程度なら可愛い物だ。

「分かりました、この村に居る限りは見逃します、ですが、この村の外に出て民衆を乱すような事が有れば只では置きません。」

 念の為に釘を指す、指すだけならタダだ。

「其処まで派手な事はしない予定ですのでご安心ください。」

 にっこりと笑みを浮かべた返事が返って来る。どの口が言うかとツッコミを入れたくなるが、言うだけ無駄なのだろう。

「いっその事、このまま現領主のこの人から後を継いで其のままこの土地に引き籠って戴きたいですね。」

 同じ人間なのだが、別の価値観と言うか、此方が見て居る物と、其方の見ている世界が恐らく違う、この人物の引き出しは火薬と洗濯樽や、謎の戦闘技術だけでは無いと思う、下手にその技術や知識を王都、中央でクッションも無しに広められた場合、恐らく国や教会の屋台骨、商人や貴族の既得利権が可笑しな事に成る物だと言う事は何故か直感で分かった。この村で根を張ってもらい、色々な流通の手間と時間を緩衝地帯として機能してもらうのが最善なのだと思う。

「其れで最初の跡継ぎネタですか。」

 どうやらこの人物、変な事を言うが、察しが良いと言うか、頭が悪い訳では無いらしい、その場合、あの時の空気崩し迄計算づくでやって居ると言う事に成る、本気で何なのだろう?

「ご納得戴けたようで。」

 最後に手の内を見せろと、握手だと手を出して見る、素直に手を出して来る、槍を使うのは知っていたが、剣も使えるらしい、この筋肉の付き方は自分達とは別の物だ。

「所で、中央の教会で貴方を探しています、上層部は既得利権保護の為に抹殺方向で。下の方の野心派が貴方を旗印にして色々やらかすつもりのようですが?」

 これも大事な質問だ、下手に教会と合流して権力図を書き換えられると、教会と繋がっている貴族や王族、その他色々と民衆を乱すことになるので、この質問でも返答次第で出方を変えなくてはならない。

「そんな面倒な事ごめんです。それを聞いて余計にかかわる気が失せました。」

 心底面倒そうに言う、この人物は出世欲というものが一切感じられない、本気で嫁以外些事なのだろうか?

「貴方ならそう言うでしょうね。厄介事は勝手に飛んで来る物ですので、ご注意を、場合によっては私達も敵に回りますので。」

 少し強めに釘を刺す、場合によっては本気で敵に回らなくてはならなくなる。物によっては人目をはばかるような暗殺隊の手配もあるかもしれない。

「敵に成るだけなら如何でも良いですが、此方の身内に手を出したら何であろうと潰しますので覚悟はして下さいね?」

 和尚はニヤリと笑みを浮かべて返す、次の瞬間、みしりと自分の手の骨がきしんだ、今まで攻撃的な様子を一切見せずに居たが、此処に来て、これは自分の手に負えないという異様な殺気と力を見せてきた。

 ミシミシを骨が悲鳴を上げる、こう言った場面では痛い様子を見せては負けた事に成る、ハッタリと意地の張り合いだ。

「お互い様です。」

 目立たぬように息を整え、改めて力を込めて潰れろと握り返すが、今更大勢は覆らない、びくともしない、諦めてもう止めと力を抜いて手を引くと、するりと抜けた、良い様にあしらわれて居る。

 目立たない様に手を振って感触を確認する、どうやら無事だ。

「お互い敵対しない事を願いますよ?」

 そう言って来る、先ほどの攻勢の体感した以上、ただのハッタリでは無い事が体感として分かる。

「其れはお互い様です。」

 此れは自分の本心だ、恐らくこの人物は、攻撃されるまではすべて些事だと笑って流すだろう、そして、身内に攻撃の手が及んだ場合、本気で潰しに来る、縄張りに入るまでは何もしないが、縄張りに入った瞬間殺しに来る草原の主の様な人物なのかもしれない。

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