第93話 エリスの出産 後編

「これで良い?」

 義母上が軽い食料と水、ついでに果実水をもって来てくれた。オレンジ系統の果物は石鹸ネタの為に山ほど買い貯めしているので、こういう時は助かる。

「ありがとうございます。」

 食料を受け取る。

「エリス、吐き気とかは無いだろ?今の内にこれだけ口に入れて置いて。」

 エリスの上体を起こして、先ずは果実水を飲ませようとするが、口を開けてくれない。

「・・・飲ませて下さい。」

「はいはい。」

 取り合えず果実水を口に含んで、そのままエリスの口に流し込む。

「ありがとうございます。」

「後は自分で・・」

「食べさせて下さい。」

「・・・大分余裕あるな?」

 エリスがバレましたかと小さく笑みを浮かべた。

 因みに、未だに俺の左手はエリスに抱えられたままである。

 開放はしてくれないらしい。

 まあ、右手が動けば何とでもなるので、今の内にエリスの口に放り込んでいく。

 今度は素直に口を開けて食料を放り込まれている。

「つ・・・」

 咀嚼を終えた所で、次の陣痛が来たらしく、エリスが顔を歪める、前回から25分、未だかかりそうだ。

 ドタバタと灯と産婆さんが走って来る音が聞こえた。

「連れてきました。」

 灯が息を切らして部屋に入って来た。

「今度はどんな感じだい?」

 産婆さんが報告を促す。

「今度は未だ陣痛感覚長いです、さっき来たのが25分でした。」

「まあ、身体が小さいから準備にも時間かかるか。」

「私の時が速すぎただけですか?」

「稀に見るぐらいの安産だったよ。」

「そうだったんですか・・・」

 当人に自覚は無かったらしい。

「長くなりそうだったので、さっき食料をエリスに放り込んでました。」

「だいぶ慣れてるねえ・・・」

 産婆さんが感心した様子で呟いた。

「多分、短くて4・5時間コースです、のんびり待つとしましょう。どれぐらい開いてます?」

 産婆さんがエリスの股間を覗き込む。

「まだ3cmと、その見立てで甘い位にかかりそうだね。」

 納得した様子だ。

「・・・所で、又握り潰されるの?」

 エリスに抱えられている左腕を指差して、呆れ気味に呟いた。

「前回サンドバック位はするって言っちゃったので。」

「私は前回、握り潰しちゃった側ですので、今更止められませんし。」

「そんな握り潰しません。」

「握り潰す人はみんなそう言うんだ・・・」

 突っ込みは入れておくが、最早あきらめ気味である。

「まあ、仲良さそうで何よりだ。」

 産婆さんは呆れた様子で呟いた。


「多分、後しばらくはかかるから、灯と外の二人は寝てて良いって言っといて。」

「お言葉に甘えて、寝てますね。」

 灯が部屋から出て行った。

「二人とも、言うまでも無く寝てます。」

「まあ、夜も遅いしな。」

 当人のエリスも陣痛の合間に半分寝ている、ん?眠り産は安産だっけ、丁度良かったのか。

 開いている手で軽く頬を撫でておく。

「今回も出番無さそうな予感だね。」

 産婆さんが安心した様子で呟いた。現状起きて居るのは俺と産婆さんだけだ。

「前回も結構活躍してましたよね。」

 胞衣の処理は流石に分からなかったし、産湯の付け方も手際が良かった。

「あれぐらいは活躍した内に入らないさ、しかし、旦那さん、前回に続いて慣れてるね、医者でもやってたのかい?」

「まあ、似たようなものです。実際やるのは前回のアレが初めてですよ。」

「大したもんだ、私の助手に欲しい位。」

「この二人の旦那で精一杯です。」

「あれ?最後の一人は?」

「あれは義母上ですので、生まれて来るのは義弟とか義妹ですよ。」

「意外と複雑な家庭環境だ・・・」

「今回の子と前回の子には直ぐに年下のおじさんとかおばさんが出来ます。」

「兄弟扱いで良いと思うよ?」

「其処等は義父上と義母上次第と言う事で。」

「ん・・・・」

 エリスが眉根をしかめる。陣痛の波が来たらしい。

「これで20分間隔ですね。」

 どうやら陣痛の傷みが脳内麻薬で上書きされて眠いに変換されているらしく、眠ったまま出産進行するらしい。

「寝たまま生まれるパターンだと本人も痛がらないから一番楽だけどね。」

「このまま寝て居てくれることを祈りましょうか・・」

「そういえば、この間呼吸のこと教えてもらったけど、今回は出番無さそうだね。もう一回実地で教えてもらおうかと思ったのに。」

「そうですね、このままじゃ出番が無い、無い方が良いですけどね。」

 いきみも無くスルっと出て来るパターンだったら万々歳だ。

「私らが寝てる訳にも行かないから、色々聞いても?」

「どうぞ、答えられる範囲でなら大丈夫ですよ。」

「何でこの家の空気こんなに清浄なの?」

「私が浄化しましたから。」

「おや、スルっと答えてくれた。」

「最終的に本部で言いふらしたりしなければ大丈夫です。」

 シィと指を立てて見せる。それで意味が分かったらしい。

「まあ、客の秘密は墓まで持って行くよ、お偉いさんの出産何か殺伐とした者だからね。下手に喋ったら命が無い。」

「それは怖そうですが、言いふらされると俺が困るだけなので、最終的に義父上とか嫁とかに恨まれます。」

「大丈夫だって。じゃあ、旦那さんの正体は?」

「ちょっと前に神託で来客が有るとか言って騒ぎに成ったらしいですけど、ソレらしいです。」

「おやおや、大人物だ、となると聖人?」

「聖人かどうかは分かりませんが、遠くからの来客で有るのは確かですね。」

「こんな所で隠れてて良いの?中央に行けば歓待されるよ?」

「此処で嫁が二人も居れば十分です。」

「無欲だねえ。」

「肩書で寄って来る嫁なんて碌なもんじゃありません。」

「そりゃそうだ。」

 産婆さんが苦笑を浮かべた。


 最終的に、夜中の0時ごろに始まった陣痛は、夜明けの6時に、エリスの意識もいきみも無しにスルっと出て来て無事終了となった。

 生まれて来た赤ん坊は、寝たままのエリスとは対照的に元気の良い産声を上げた、因みに性別は女の子だった。

 追伸としては、俺の腕は無事だった。

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