第89話 出産 灯の場合

相変わらず順番はガタガタですが、最早書きあがった順です。

R15位あるかもです。


「ん?」

 灯がお腹に手を当てて違和感を感じたのか首を傾げた。

「どした?」

「うごいた、とは違いますね・・・」

 最近は臨月と言う事で、胎児は良く動いているようだが、今回は違和感を感じるらしい。

「いだだだ。」

 痛がると、って、それは。

「陣痛の方?」

「ちょっと早くありませんか?」

「1ヶ月の前後は有りだから、通常範囲。」

 陣痛誘発剤も無い為、子供が出たいときに出て来るだけなので、多少の前後は想定内と見て置かなければならない。

「産婆さん読んで来ます。」

 エリスが急いで家を出て行った。

 義母上は急いでお湯を沸かし始めた。

 一先ず抱き上げ、生む予定の部屋に運ぶ。病院扱いの教会は遠いので。この世界では在宅出産が基本である。ちなみに、義父上が教会に寄付金継ぎ込んで尼さんの産婆さんを教会に派遣してもらっていた。

「いだだだだ。」

 陣痛感覚が20分と、最低限の分娩開始ラインの10分間隔まではまだ時間が有るか。久しぶりに時計を見る、こういう時ぐらいしか出番が無いが、たまには役に立ってもらおう。

「お湯沸かしてきた、順調?」

「ありがとうございます、今のところ順調です。」

 義母上がお湯を張ったタライを持って来た、未だ生まれる段階には早いのでタオルをお湯で濡らしてもらい、灯の汗を拭く。既に灯は汗でぐっしょりである。

「もう一回沸かして来てもらって良いですか?」

「はいはい。」

 流石に出産関係は専門外だったので虚空の蔵のアカシックレコードから知識を強引に引っ張り出して予習して置いた。

 破水とおしるしの出血は未だと、取り合えず清潔なシーツの上で灯を横にして、手を握る。

「ラマーズ法って未だでしたっけ?」

 ヒッヒッフーと灯が呼吸を始める。

「まだ早い、今は只の腹式深呼吸、それは陣痛が10分間隔になってから。先ずは鼻から吸って、口から出して・・」

 すう・・・はあ・・・・と、灯が深呼吸で息を整える。

「いだだだだだだ。」

 痛がる時間がちょっと長くなっている。間隔15分とこっちは順調に短くなる。

「白衣観音経は安産祈願でしたよね、暫く唱えててください。」

「あいよ。」

「オン・シベイテイ・シベイテイ・ハンダラ・バシニ・ソワカ」

 今回は真言から入ろう。

「南無仏南無大慈悲救苦救難広大霊感 白衣観世音菩薩 摩訶薩 南無法 南無僧 南無救苦救難観世音菩薩 怛只(ロ多)(ロ奄) 伽羅伐(ロ多) 伽羅伐(ロ多) 伽訶伐(ロ多) 羅伽伐(ロ多) 羅伽伐(ロ多) 娑婆訶 天羅神 地羅神 人離難 難離身 一切災殃化為塵 南無摩訶般若波羅蜜」

「いだだだだだだだだだ。」

 って、前回から5分、早い。ついでに此処で破水したらしく、シーツが濡れて行く。

 外でドタバタとする気配が有った。

「呼んで来ました!」

 エリスが産婆さんを連れて戻って来た。

「すでに陣痛が5分間隔です、急いで手を洗ってきてください!」

「もう洗ってきた!後は任せなさい!」

 気迫が凄い。

「出口どれぐらい開いてます?」

 既に両手を握り締められて居るので此方では確認出来ない。

「8cm、もう一息。」

 一言で状況は分かったらしく、産婆さんが指示に従って確認してくれる。

「はい、お湯、置いとくね。」

「ありがとうございます。」

「いだだだだだだだ、安産祈願って、痛いじゃないですか・・・」

 灯が恨みっぽい目をこっちに向けて来る、それはごめん・・・、これで3分間隔。

「トラブルなければ安産の内、はい、此処からはひっひっふー」

 小さく2回吸って、一瞬止めて吐き出す、一番有名な呼吸だ。

 恨みがましい目を向けられるが、実質犯人が俺なので、若干気まずい。

「9cm、そろそろ。」

「あと一息、ひっひっふーが辛くなったら切迫呼吸、はっはっはっはって、浅く息して。」

 灯の息が荒くなる。

「10cm、そろそろ頭出て来る。」

「はい、いきんで。」

「んあああああ!」

 灯が聞いた事が無い様な叫び声を上げた。

 握られた手からミシミシゴキリと音がする、嫌な色になってるなあと、他人事の様に自分の手を見ていた。


「おぎゃああ」

 無事、産声が上がった。

「はい、お疲れ様、確認するまでも無く元気な女の子だ、嫁さんも旦那さんもよく頑張ったね。」

 産婆さんが手際良くへその緒を縛って切り、産湯に付け、タオルに包んで行く。

「しかし旦那さん、その手大丈夫?」

 指摘され、手を見ると、灯に握りつぶされたのか、手が変な色に成って居た、既に感覚が無い。指も愉快な方向に成って居そうな雰囲気が有る。灯がまだ握りしめて居る為、抜けないので確認もできないが。

「お産の時に色々握って壊すってのは良くある話だけど。旦那の手を握り潰したって言うのは初めて見るね・・・」

「俺も初めてです・・・」

 やっぱ潰れてるのかコレ。

「まあ、こんな元気な子供産んだんだ、その親が元気なのも良くある事か。」

「そうですね。」

「抱けるかい?」

 産婆さんが灯の目の前に赤ん坊を持って来る。放心していた灯の目に意志の光が宿って、俺の手が解放された。

 やっと血が通い始める、心臓の行動に合わせてズキズキ痛い。

「治療術使えるの居る?」

「エリス、頼む・・・」

 部屋の隅で呆然と見ていたエリスが呼ばれて此方に来る。

「嫁さんには未だかけるんじゃないよ、変な所繋がっちまうから。」

 産婆さんが釘を刺して来る、癒着とかするのか・・・

「大いなる癒しを、この物の傷をいやしたまえ、ヒール。」

 エリスにこうして治療されるのも久しぶりだな。

 見る見るうちに色合いがまともに成る、明後日の方向を向いて居た指も、無事まともな方向を向いた。

 にぎにぎと感触を確かめる、特に違和感は無しと。

「助かった、ありがとう。」

「どういたしまして、初めて見たけど、凄いんですね・・・」

「うん、凄いんだ、俺には出来ない事だからな。」

「次回私ですか・・・」

「そうなるな、痛かったり苦しかったりしたら好きなだけ恨み言を言ってくれていいから、さっきみたいに握り潰しても良いぞ。」

 エリスが不安気に言うが、基本見ているだけの男にはサンドバックに成るぐらいしか仕事が無い。

「そこまでは・・・しない・・・はずです・・・」


「さて、そろそろだね、仕上げあるから一旦預かるよ。

 灯はきょとんとして、何のことです?と言う様子だが、灯の手から赤ん坊が離れる。

 産婆さん経由で、義母上の方に赤ん坊が渡る。

「表に居る、爺様にも合わせてあげな。」

 産婆さんは、ニッコリ笑って2人を部屋の外に出した。

「もっと怖いの出て来るけど、大丈夫?」

 こくりと頷いておく。エリスも頷いたようだ、出るタイミング逃しただけかもしれないが。

「男が見ると不能になるって言うけど、まあ大丈夫かね?」

 不穏当な事を言う、まあ、確かにあんまり見る物では無い。

「いだだだだ。さっきので終わりじゃないんですか?」

 灯が未だ有るのかと言う様子でこっちを見て来る、もう一度腕を出して捕まらせて置く。

「後産、産まれた後の最期の収縮で、胎盤や羊膜その他の胞衣(えな)が剥離して出て来る。」

 取り合えず解説はしておく。

「はい、もう一回いきんで。」

 産婆さんが指示を出す。

「んー!!」

「未だ切迫呼吸、浅く細かく、ハッハッハって、痛みが和らぐハズだから。」

 俺の余計な支持にも従って、灯が呼吸を小刻みに切り替える。

「もう一度いきんで。」


 太い血管の走ったクラゲのような物がズルリと出て来た、羊膜だ。続いて、肉塊、胎盤が出て来る。産婆さんが手際良くタライに受けて行く。無事後産も終わり、出て来る分は受け切った様だ。

「はい、これで全部終わり。お疲れ様。治療かけて良いよ。」

「オンコロコロセンダリマトウギソワカ。」

 久しぶりに薬師如来の真言で治療をする、痛みや興奮が落ち着いたのか、灯の表情が落ち着いた。

「お疲れ様、ありがとう。」

「どう・・・いたし・・まして・・・・」

 まだ息も絶え絶えだ、起き上がる気力も無いらしい。

「しかし早かったね、最初の陣痛で私の所に飛んできて、私が此処に来てから1時間かからなかった、全部で2時間?安産だね、いやー良いお産だった。」

「ありがとうございました。」

「良いの良いの、それで呼ばれたんだし、しかしできた旦那さんだね、私の出番無い位だ。」

「いえ、助かりました。」

「あの息の仕方は初めて見たけど、中々良さそうだね、後で私にも教えてくれるかい?」

「はい、あれぐらいなら幾らでも。」

「それじゃあ、残りの二人が産気付くまでに教えてくれな、奥さんの調子がおかしかったら直ぐ呼んでね、それじゃあまた。」

 休憩も入れずに出て行ってしまった。

「何と言うか、凄い人ですね。」

 エリスが感心していた。

「そだな・・・」

 取り合えずそう返す、あそこまで勢いと元気がある人も珍しい。

 灯はそのまま寝落ちしたようだ。

 そういえば、俺とエリスは未だ赤ん坊を抱いて居ない、抱きに行かなくては・・・

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