第265話 やっと取れる糸と、副産物
ぐつぐつぐつぐつ
大鍋が二つほど並んで湯気を立てている。
「何でもかんでも灰で煮る流れなんですね?」
灯が関心した様子で呟く。
「強アルカリな物では一番身近で安価だからな、江戸時代にも有った捨てる物がないってヤツだ」
片方では灰の上澄み液で桑の枝を煮込み、もう片方では灰の上澄み液でクワコの繭を茹でている。
生き物の生体接着剤を分解するには、アルカリ系の溶剤で軽く溶かすのが一番楽なのだ。
因みに、これ以外にも灰は石けんの元だったり、畑の土壌改良にばらまかれるので、下手に捨てると本当にもったいない物で有る。
灰を使うことによって、アンモニアのアルカリを求めて小便を集める必要がなくなるのが一番大事な事だったりする、純度を求めるなら海水を電気分解で炭酸ナトリウムを作るのが一番だが、ここは海辺ではないので、潤沢な塩水なんて求められる物では無い。塩土系は探せばソレなりに見つかるが、絶対量が足りないのだ。
小一時間後
茹で上がった繭の鍋に菜箸を突っ込んで軽くかき混ぜる。
バラバラになった糸が菜箸に引っかかった。
無事接着剤は分解されて居るようだ。
そのまま糸巻きに引っかけて、手動でぐるぐると巻き取り始めた。
ぐるぐるぐるぐる
ひたすら黙々と回していく。
こういったときはEXにモーター駆動でぐるぐるさせれば楽なのだが、最終的に下働きに仕事を預ける関係上、コレが居る前提で色々組み立てるわけにも行かないため、手動でクランクをぐるぐると回していく。単発の単純作業は苦にするモノでも無い。
「おや、繋がってる?」
何時まで経っても糸が途切れなかった、例の中身の本体は羽化済みで穴の開いた繭なのだが、何時まで経っても糸が途切れない。どうやら自分の糸を切らずに出てくる器用な生き物らしい。
「例の解すだけってヤツですか、コレなら安心ですね?」
灯がほっとした様子で言う。殺生する必要が無い事に対する安堵か、中身有りを茹でた場合、流れとして食料にしなくては行けない事に対する安堵か、多分後者で有るのだろうが、孤児院に預けた時の子供達のリアクション的に食料としては悪くない扱いな様子だったため、最悪下げ渡せば無駄にならないと思われる。
「ああ、コレだけ見事なら羽化待ちで行けるかな?」
疑問形なのは、最終的な糸の質が羽化前後に茹でるのはどっちの方が良いのか? と言う実験が必要な為だ、実際見ないと分からないし、何なら商人や職人の目で見ないと分からない可能性も有るので、未だ色々分からないのだ。
そして、かなりの量の糸を巻き取り初回分の繭は処理を終えた。
「結構綺麗になったな」
元が大きいだけ有って、糸が太く強い、かなり良い糸になったと思う。
「でも、考えてみたら私らがここまでする必要ないんですよね?」
灯が苦笑する。
「確かに、ギルドでも繭の買い取りはやってるしな」
糸取りの業者は別に居るのだ、正直ここまで自分達でやる必要は無かったハズだ。
「まあ、勢いだな?」
出来ることはやってみようの精神だ、暇つぶしの手慰みだと考えるとしよう。
ふと手を見る、無駄にすべすべになっていた。男の手がすべすべなのはだれ得なのやら。
悪戯心で鍋の中に残った、どろっとした繭の茹で汁を入浴剤として風呂に投入した所、入った面々の肌つやが異様に良くなり、寝室で風呂上がりの灯とエリスを中心に凄い勢いで問い詰められた。
「絶対売れる……」
呟くエリスの目つきが怖い、商人属性が強く反応しているようだ。
「この世界でも化粧品需要は強いんですよね」
灯も苦笑を浮かべる、世界が変わろうと美しくあろうという女としての本能は変わらないらしい。
「入浴剤なら丸ごとすりつぶしてワイルドシルクパウダーとして売った方が手っ取り早いな……」
こうしてみると売り物には事欠かない。
知識は武器である。
「さて、それはそうと……」
灯がすべすべになった肌を見せつけるように服を脱ぎ始めた。
「やっぱそっちか」
「当然です、男女が飾る理由なんて最終的にコレなんですから」
灯が怪しく笑う、後ろでエリスも負けるかと準備を始めていた。
「お手柔らかに頼む」
「そっちよりもこっちの感想です」
言うことが有るだろうと灯が拗ねるポーズを取る。
「ああ、すまん、今日も綺麗だ」
「輪をかけて、ですよ」
満足そうに笑みを浮かべた。
なお、結局念入りに絞られた。
後日
「しかし、羽化待ちできるほど生きてるか謎だな?」
少し困り気味に目を向ける、レア色シリーズの繭から出てきたのが蛾ではなかった類いの為だ。
「確かに繭に成ったときにはお蚕様だったんですけどね?」
灯もコレには困り顔だ、イリスがつけた観察日記は立派な物だったし、EXに撮影させていた観察記録とも相違はなかった、だが、羽化の際に出てきたのは蜂だったのだ、芋虫に寄生する蜂の類いはこの世界にも居るらしい、しかも色が違うと言うことは、芋虫時点で産卵されると繭の色が変わる可能性すら出てきてしまった、コレは面倒くさい、寄生バチの種類で色が違ってしまったり、尚且つ蜂の場合は明らかに噛み破る形で糸を切って出てくる為、こっちは羽化前に茹でる必要があるのだ。
「種類同定が茨の道だ……」
思わず遠い目をする、あまり頼りたくなかったが、ここまで来るとEXに頼った方が楽そうだった。
更に追伸すると、結局糸の種類を同定するのに数年、色に対応する寄生バチの種類を調べるのにも数年、うっかり寄生バチにやられて全滅したり、カビにやられて全滅したりと、全滅した際に孤児院の面々が大騒ぎになったり、観察記録をつけるイリスの目が段々と死んだりしたので、アカデさんに頼ったり、EXに押しつけたりと、余裕を持って安定した生産が取れる状況に紆余曲折が有ったことを追記しておく。
取れる糸自体はかなり高いので、赤字にはならないが、糸だけの独立採算だとギリギリの年が有ったりしたのだ。シルクの製造が一種の秘伝で、糸が高いのも納得だった。
尚、糸より貴族相手に売る入浴剤としてのシルクパウダーの方が安定してエグい利益をたたき出していたのはアレで有る。
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