第262話第百八十八段 ある者、子を法師になして(2)

(原文)

この法師のみにもあらず、世間の人、なべてこの事あり。

若き程は、諸事につけて、身を立て、大きなる道をも成じ、能をもつき、学問をもせんと、行末久しくあらます事ども心にはかけながら、世をのどかに思ひてうち怠りつつ、まづ、さしあたりたる目の前の事にのみまぎれて月日を送れば、事々成す事なくして、身は老いぬ。

終に物の上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、悔ゆれども取り返さるる齢ならねば、走りて坂を下る輪のごとくに衰へゆく。

されば、一生のうち、むねとあらまほしからん事の中に、いづれかまさるとよく思ひくらべて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひ捨てて、一事をはげむべし。

一日の中、一時の中にも、あまたのことの来たらんなかに、少しも益のまさらん事をいとなみて、その外をばうち捨てて、大事を急ぐべきなり。

何方をも捨てじと心にとり持ちては、一事も成るべからず。


(舞夢訳)

この法師だけに限ったことではなく、世間一般の人に共通して、このことがある。

若い時代は、いろいろなことにつけて、立身出世したい、大事業を達成したい、芸能へ習熟したい、学問も究めたいなどと思い、遠大な計画を心中抱きながらも、結局は人生をのん気に送ってしまい怠けているうちに、まずは目の前の雑事だけをするようになり、そのまま月日を送り、様々達成することもなく、年老いてしまうのである。

とうとう、一芸に秀でることもなく、思い願っていたような大成もなく、後悔しても取り返すことができる年齢ではなくなり、後は坂を下る車輪のように、あっと言う間に年老いていく。

それを考えれば、自分の一生のうち、自分にとって大切なことは何かと、しっかりと思い比べて、一番自分に適したことを思い定めて、それ以外は諦めて、一つの事に励むべきである。

一日を過ごしていると、ひと時の間にも、様々な用事が発生してくるけれど、その中でも少しでも有益であることに費やして、それ以外は捨ててしまい、重要なことを急ぐべきである。

どれもこれも捨てないと、執着してしまうと、結局は一つの事も、成就するはずがない。



これも、兼好氏の言う通り、誰でも実感できることと思う。

人間の力は有限なので、あれやこれやと手を出してみても、結局はどれも不完全なものとなる。

やはり、若い時に、自分の適性にあう「一事」をわきまえて、それに出来る限りのエネルギーを注ぐことが、大切。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る