第80話第五十六段 久しくへだたりて逢ひたる人の

(原文)

久しく隔りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、かずかずに残りなく語りつづくるこそ、あいなけれ。

隔てなくなれぬる人も、ほどへて見るは、はづかしからぬかは。

つぎさまの人は、あからさまに立ち出でても、今日ありつる事とて、息もつぎあへず語り興ずるぞかし。

よき人の物語するは、人あまたあれど、ひとりに向きて言ふを、おのづから人も聞くにこそあれ。

よからぬ人は、誰ともなく、あまたの中にうち出でて、見ることのやうに語りなせば、皆同じく笑ひののしる、いとらうがはし。

をかしき事を言ひても、いたく興ぜぬと、興なき事を言ひても、よく笑ふにぞ、品のほど計られぬべき。

人のみざまのよしあし、才ある人はその事など定めあへるに、おのが身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。


(舞夢訳)

長い間交際が無く、久しぶりに逢った人から、その人の身に有った事を、何から何にまで際限なく語り続けられるのは、実に不愉快である。

かなり親しくなった相手であったとしても、ある程度の期間を隔てて再会する場合には、一定の遠慮があってしかるべきではないだろうか。

品性に欠ける人の特徴は、ほんの少しの外出時に見聞きした事を、「今日はこんな事があった」などと言って、息をつく間もなく夢中でしゃべりまくって面白がる。

それに対して、確かな品性を持った人が話をする場合は、かなり人が多くいても、その中の一人に向かって話すような感じで、それで自然に周囲の人も耳を傾けるようになる。

品性に欠ける人は、不特定多数の人々に向かって、今起こっていることのように、話をふくらませて話すので、周囲の人々が一斉に笑い大騒ぎとなる。

それが、実にやかましい。

そもそも面白いことを言っても大して面白がらないのか、または面白くないことを言ってもよく笑うのか、その違いから、その人の品性がよくわかると思う。

人の容姿の良し悪しとか、教養ある人の場合は、その事などを論評しあう場合に、まず自分自身のことを引き合いにして言い出すのは、実に聞き苦しいと思う。



要約していえば、「謙虚さと遠慮」が欠如している人への反感なのだと思う。

男であれ、女であれ、周囲の空気を感じることもなく、しゃべり続ける人がいる。

たいした話でもないことを、ベチャベチャと際限なくといった感じだろうか。

話し出した当初は、多少面白いかもしれないけれど、度を越せばうるさくて仕方がない。

自分の言いたいことだけを言い続けるから、他人が口出すタイミングもない。

かくして、「聞くだけの身」には、欲求不満と退屈だけが、増大する。


話は飛躍するけれど、「御馳走の前の長い挨拶」のヘキエキ感を思い出した。

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