第146話第百七段 女の物言ひかける返事(1)
(原文)
女の物言ひかけたる返事、とりあへずよきほどにする男は、ありがたきものぞとて、亀山院の御時、しれたる女房ども、若き男達の参らるる毎に、「郭公や聞き給へる」と問ひて、ここみられけるに、何がしの大納言とかやは、「数ならぬ身は、え聞き候はず」と答へられけり。
堀川内大臣殿は、「岩倉にて聞きて候ひしやらん」と仰せられたりけるを、「これは難なし。数ならぬ身、むつかし」など定めあはれけり。
(舞夢訳)
女性から、何か言葉をかけられた時の返事を、すんなりと、しかも上手にできる男性は、ほとんどいない。
亀山院の御代に、軽薄な女房たちが、若い男性たちが参内するごとに、
「今年は、ホトトギスの鳴き声をお聞きになりましたか」と尋ね、若い男性たちの感性を試したことがあった。
それに対して某大納言は、
「わたしなど、たいした身分でもないので、まだ聞いておりません」
と、お答えになられた。
また、堀川内大臣殿は、
「岩倉で鳴き声を聞いたような気がします」
とおっしゃられた。
女房たちは、
「堀川内大臣の答えのほうが、問題がない。たいした身分ではないなどの答えは、気に入らない」
と、評価をしあったとのことである。
※亀山院:第90代天皇。在位正元元年(1259)11月から文永11年(1274)1月。
※岩倉:京都市左京区岩倉町。山里にして、堀川家の山荘があった。
※数ならぬ身:古歌から引いている。
「音せぬは待つ人からか郭公たれ教へけむ数ならぬ身を」『続古今集』源俊頼)「数ならぬ身には習はぬ初音とて聞きてもたどる郭公かな」『拾遺愚草』藤原為家)
ホトトギスは夏を代表する風物の一つ。
その初音を他人にさきがけて聞くのは、王朝時代の人々のプライドだった。
確かに堀川内大臣の返事は、全く無難なもの。
しかし、某大納言の返事も、実は古歌を引き、教養にあふれたもの。
からかい好きだけれど、実は軽薄にして、古歌の知識などない女房たちだったのだろう。
某大納言は、その女房たちの軽薄さを知っていて、仲良くなる気分にはならず、故意にそんな答えをしたのかもしれない。
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